2 / 20
黒い蛇
しおりを挟む
「ありがとうございます!」
水のお返しの謝辞を受け取り、オネが笑顔を返してあげています。
兄妹は何度も振り返りながら帰っていきますね。
「いいことをした後は気分がいい。……さて、私も仕事に行くとしようか」
父親はそう言い残すと、一人どこかへ行ってしまいました。
しかし母親は、兄妹の去った先を眺め続けています。どうしたのでしょう?
「どうしたのお母さん」
「あの二人が少し……あなたは気にしなくても大丈夫よ」
首を傾げるオネの姿に笑い返しています。笑顔となると本当にそっくりです。
「でも、妹さんの方は少し──」
「ディゼルー!」
遠くから父親の声が聞こえました。ディゼルと言うのは母親のことでしょうか? 彼女が気づいたように振り向いていますね。
「……どうやら、私の出番みたい。オネ、あなたはここで少し待っていてね」
オネ一人になってしまいましたね。彼女は彼女で何故か小さく微笑んでいます。
「二人ともすごいな。私はまだまだだなぁ」
哀愁漂わせながら、空を見上げて独り言ちている彼女の耳に、声高らかと響き渡る口上が聞こえてきました。
「なんだろう?」
オネは首を傾げ、声の発生源と思しき人混みに目を向けます。
しかし、口上の端々の声は聞こえるのですが、詳しくは聞き取れません。耳を傾けながら引っ張られるようにその人混みへと歩いて行ってしまいました。
「さあさあ、通りを歩く紳士淑女の皆々様、どうぞ近寄りご覧なさい!」
客寄せとしても良く耳に通る気さくな男の声が聞こえてきます。
「本日、お目通し頂くのはこの黒蛇にございます!」
若干ざわつく人混みの中を、オネが掻き分けるように進んでいます。彼らもまた、口上に夢中なのか彼女の行動を気にした風はありません。
「この黒蛇、なんと! 彼の伝説の黒龍の末裔だと言うじゃないですか!」
「こくりゅー?」
感嘆の声で湧き上がる中、オネが首を傾げる。当然誰も応えてはくれませんが、そのまま更に人混みをかき分けていきます。
「しかし皆様も疑問にお思いでしょう? 彼の黒龍は過去の伝承によれば、王都をも埋めるほどの大きさと聞き及んでおります。そんな黒龍の末裔にしては少々小さいのではと……」
「確かに……」「やっぱり偽物か?」と、話を聞く客たちは、おそらく男の思惑通りの反応を見せていますね。
「いえいえ皆さん! 聞いて驚かないで下さいね? この黒蛇なんと! まだ生後三日ほどしか生きておりません!」
彼の言葉に、もう一度歓声が上がります。そんな中、オネがやっとのことで最前列まで顔を出すことに成功しました。
「わあ、大きいなぁ」
彼女の視界に映ったのは、煌びやかな装飾に身を包んだ、少々小太りな商人風の男と、彼の前に置かれた硬そうな材質の石檻。
その中には男の身長ほどの全長を持つ黒蛇が入っていました。
周囲を観察するように首を回し、舌を何度も出し入れする姿は、どこか戸惑っているようにもみられますね。
「でもなんか……辛そうにしてる……?」
オネの発言が聞こえたわけでもないと思いますが、檻の中の黒蛇が彼女の方へと向き直りました。
蛇といえど、首を傾げて人の様子を窺うその姿には、ちょっとした可愛らしさを感じさせられますね。
「さあさあ皆様、どうかご鑑賞くださいませ! ご相談があれば内容いかんによってはお伺い致します!」
男の口上の仕上がりと同時に、観客の喧騒が一層高まります。
蛇の素性を疑う人、蛇の艶やかさを評価する人、黒龍について語る人……とあらゆる会話が成されていますね。
そんな中、オネだけはずーっと蛇のことを見つめていました。
「──? 空気が変わった……?」
周囲の風が徐々に流れを変えていきますが、オネ以外はあまり気づいていない様子。
更に風の流れが彼女たちのいる集団に集まり、砂埃を巻き上げていきました。一体どうしたと言うのでしょうか?
「なんですかこれは? 折角の商売に水を差すとは鬱陶しい砂煙ですね」
男が文句を呟くと更に砂の密度が増していき、視界を奪っていきます。
当然、客からも男からも不満の声は広がり、散り散りになってしまいました。
そんな中、何故かオネと蛇を繋ぐ道だけが開けた状態となっているのです。
「なにこれ……? まさか君の仕業とかじゃ……ないよね?」
オネの問いに応える訳でもなく、黒蛇はただただ彼女のことを見つめていました。
オネが近づくと、彼女が元いた場所には砂煙が流れてくる。そんな不思議も気に留めず、彼女は徐々に石檻へと近づいていきます。
「これ、絶対後でお母さんに怒られるやつだよね……」
誰に聞かせるでもなく、静観を続ける蛇にだけ聞こえるように呟くと、石檻に手をかけました。
まさか、自分よりも大きく丈夫な石でできているこの檻を運ぶつもりでしょうか?
「──でも仕方ないよね」
自分に言い聞かせるように呟くと、少し重そうにはしているものの、石檻を持ち上げてしまうじゃないですか。本当に彼女は何者なのでしょう。
「おっもいなぁ」
そのまま檻を横向きにして脇に抱えると、左に向き直って走り出しました。黒蛇は特に気にした風もなく、横になった檻の中でも重心を取り平然としています。
「君も一緒に謝ってよ?」
独り、黒蛇に話しかけながら疾走する少女の姿は、とても不思議な光景ですね。
水のお返しの謝辞を受け取り、オネが笑顔を返してあげています。
兄妹は何度も振り返りながら帰っていきますね。
「いいことをした後は気分がいい。……さて、私も仕事に行くとしようか」
父親はそう言い残すと、一人どこかへ行ってしまいました。
しかし母親は、兄妹の去った先を眺め続けています。どうしたのでしょう?
「どうしたのお母さん」
「あの二人が少し……あなたは気にしなくても大丈夫よ」
首を傾げるオネの姿に笑い返しています。笑顔となると本当にそっくりです。
「でも、妹さんの方は少し──」
「ディゼルー!」
遠くから父親の声が聞こえました。ディゼルと言うのは母親のことでしょうか? 彼女が気づいたように振り向いていますね。
「……どうやら、私の出番みたい。オネ、あなたはここで少し待っていてね」
オネ一人になってしまいましたね。彼女は彼女で何故か小さく微笑んでいます。
「二人ともすごいな。私はまだまだだなぁ」
哀愁漂わせながら、空を見上げて独り言ちている彼女の耳に、声高らかと響き渡る口上が聞こえてきました。
「なんだろう?」
オネは首を傾げ、声の発生源と思しき人混みに目を向けます。
しかし、口上の端々の声は聞こえるのですが、詳しくは聞き取れません。耳を傾けながら引っ張られるようにその人混みへと歩いて行ってしまいました。
「さあさあ、通りを歩く紳士淑女の皆々様、どうぞ近寄りご覧なさい!」
客寄せとしても良く耳に通る気さくな男の声が聞こえてきます。
「本日、お目通し頂くのはこの黒蛇にございます!」
若干ざわつく人混みの中を、オネが掻き分けるように進んでいます。彼らもまた、口上に夢中なのか彼女の行動を気にした風はありません。
「この黒蛇、なんと! 彼の伝説の黒龍の末裔だと言うじゃないですか!」
「こくりゅー?」
感嘆の声で湧き上がる中、オネが首を傾げる。当然誰も応えてはくれませんが、そのまま更に人混みをかき分けていきます。
「しかし皆様も疑問にお思いでしょう? 彼の黒龍は過去の伝承によれば、王都をも埋めるほどの大きさと聞き及んでおります。そんな黒龍の末裔にしては少々小さいのではと……」
「確かに……」「やっぱり偽物か?」と、話を聞く客たちは、おそらく男の思惑通りの反応を見せていますね。
「いえいえ皆さん! 聞いて驚かないで下さいね? この黒蛇なんと! まだ生後三日ほどしか生きておりません!」
彼の言葉に、もう一度歓声が上がります。そんな中、オネがやっとのことで最前列まで顔を出すことに成功しました。
「わあ、大きいなぁ」
彼女の視界に映ったのは、煌びやかな装飾に身を包んだ、少々小太りな商人風の男と、彼の前に置かれた硬そうな材質の石檻。
その中には男の身長ほどの全長を持つ黒蛇が入っていました。
周囲を観察するように首を回し、舌を何度も出し入れする姿は、どこか戸惑っているようにもみられますね。
「でもなんか……辛そうにしてる……?」
オネの発言が聞こえたわけでもないと思いますが、檻の中の黒蛇が彼女の方へと向き直りました。
蛇といえど、首を傾げて人の様子を窺うその姿には、ちょっとした可愛らしさを感じさせられますね。
「さあさあ皆様、どうかご鑑賞くださいませ! ご相談があれば内容いかんによってはお伺い致します!」
男の口上の仕上がりと同時に、観客の喧騒が一層高まります。
蛇の素性を疑う人、蛇の艶やかさを評価する人、黒龍について語る人……とあらゆる会話が成されていますね。
そんな中、オネだけはずーっと蛇のことを見つめていました。
「──? 空気が変わった……?」
周囲の風が徐々に流れを変えていきますが、オネ以外はあまり気づいていない様子。
更に風の流れが彼女たちのいる集団に集まり、砂埃を巻き上げていきました。一体どうしたと言うのでしょうか?
「なんですかこれは? 折角の商売に水を差すとは鬱陶しい砂煙ですね」
男が文句を呟くと更に砂の密度が増していき、視界を奪っていきます。
当然、客からも男からも不満の声は広がり、散り散りになってしまいました。
そんな中、何故かオネと蛇を繋ぐ道だけが開けた状態となっているのです。
「なにこれ……? まさか君の仕業とかじゃ……ないよね?」
オネの問いに応える訳でもなく、黒蛇はただただ彼女のことを見つめていました。
オネが近づくと、彼女が元いた場所には砂煙が流れてくる。そんな不思議も気に留めず、彼女は徐々に石檻へと近づいていきます。
「これ、絶対後でお母さんに怒られるやつだよね……」
誰に聞かせるでもなく、静観を続ける蛇にだけ聞こえるように呟くと、石檻に手をかけました。
まさか、自分よりも大きく丈夫な石でできているこの檻を運ぶつもりでしょうか?
「──でも仕方ないよね」
自分に言い聞かせるように呟くと、少し重そうにはしているものの、石檻を持ち上げてしまうじゃないですか。本当に彼女は何者なのでしょう。
「おっもいなぁ」
そのまま檻を横向きにして脇に抱えると、左に向き直って走り出しました。黒蛇は特に気にした風もなく、横になった檻の中でも重心を取り平然としています。
「君も一緒に謝ってよ?」
独り、黒蛇に話しかけながら疾走する少女の姿は、とても不思議な光景ですね。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる