砂姫の冒険記録──白き魔女と黒の使い魔は砂姫のために──

夜兎

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黒い蛇

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「ありがとうございます!」

 水のお返しの謝辞を受け取り、オネが笑顔を返してあげています。
 兄妹は何度も振り返りながら帰っていきますね。

「いいことをした後は気分がいい。……さて、私も仕事に行くとしようか」

 父親はそう言い残すと、一人どこかへ行ってしまいました。 
 しかし母親は、兄妹の去った先を眺め続けています。どうしたのでしょう?

「どうしたのお母さん」
「あの二人が少し……あなたは気にしなくても大丈夫よ」

 首を傾げるオネの姿に笑い返しています。笑顔となると本当にそっくりです。

「でも、妹さんの方は少し──」
「ディゼルー!」

 遠くから父親の声が聞こえました。ディゼルと言うのは母親のことでしょうか? 彼女が気づいたように振り向いていますね。

「……どうやら、私の出番みたい。オネ、あなたはここで少し待っていてね」

 オネ一人になってしまいましたね。彼女は彼女で何故か小さく微笑んでいます。

「二人ともすごいな。私はまだまだだなぁ」

 哀愁漂わせながら、空を見上げて独りちている彼女の耳に、声高らかと響き渡る口上こうじょうが聞こえてきました。

「なんだろう?」

 オネは首を傾げ、声の発生源と思しき人混みに目を向けます。
 しかし、口上の端々の声は聞こえるのですが、詳しくは聞き取れません。耳を傾けながら引っ張られるようにその人混みへと歩いて行ってしまいました。

「さあさあ、通りを歩く紳士淑女の皆々様、どうぞ近寄りご覧なさい!」

 客寄せとしても良く耳に通る気さくな男の声が聞こえてきます。

「本日、お目通し頂くのはこの黒蛇にございます!」

 若干ざわつく人混みの中を、オネが掻き分けるように進んでいます。彼らもまた、口上に夢中なのか彼女の行動を気にした風はありません。

「この黒蛇、なんと! 彼の伝説の黒龍の末裔だと言うじゃないですか!」
「こくりゅー?」

 感嘆の声で湧き上がる中、オネが首を傾げる。当然誰も応えてはくれませんが、そのまま更に人混みをかき分けていきます。

「しかし皆様も疑問にお思いでしょう? 彼の黒龍は過去の伝承によれば、王都をも埋めるほどの大きさと聞き及んでおります。そんな黒龍の末裔にしては少々小さいのではと……」

 「確かに……」「やっぱり偽物か?」と、話を聞く客たちは、おそらく男の思惑通りの反応を見せていますね。

「いえいえ皆さん! 聞いて驚かないで下さいね? この黒蛇なんと! まだ生後三日ほどしか生きておりません!」

 彼の言葉に、もう一度歓声が上がります。そんな中、オネがやっとのことで最前列まで顔を出すことに成功しました。

「わあ、大きいなぁ」

 彼女の視界に映ったのは、煌びやかな装飾に身を包んだ、少々小太りな商人風の男と、彼の前に置かれた硬そうな材質の石檻。
 その中には男の身長ほどの全長を持つ黒蛇が入っていました。
 周囲を観察するように首を回し、舌を何度も出し入れする姿は、どこか戸惑っているようにもみられますね。

「でもなんか……辛そうにしてる……?」

 オネの発言が聞こえたわけでもないと思いますが、檻の中の黒蛇が彼女の方へと向き直りました。
 蛇といえど、首を傾げて人の様子を窺うその姿には、ちょっとした可愛らしさを感じさせられますね。

「さあさあ皆様、どうかご鑑賞くださいませ! ご相談があれば内容いかんによってはお伺い致します!」

 男の口上の仕上がりと同時に、観客の喧騒が一層高まります。
 蛇の素性を疑う人、蛇の艶やかさを評価する人、黒龍について語る人……とあらゆる会話が成されていますね。
 そんな中、オネだけはずーっと蛇のことを見つめていました。

「──? 空気が変わった……?」

 周囲の風が徐々に流れを変えていきますが、オネ以外はあまり気づいていない様子。
 更に風の流れが彼女たちのいる集団に集まり、砂埃を巻き上げていきました。一体どうしたと言うのでしょうか?

「なんですかこれは? 折角の商売に水を差すとは鬱陶しい砂煙ですね」

 男が文句を呟くと更に砂の密度が増していき、視界を奪っていきます。
 当然、客からも男からも不満の声は広がり、散り散りになってしまいました。
 そんな中、何故かオネと蛇を繋ぐ道だけが開けた状態となっているのです。

「なにこれ……? まさか君の仕業とかじゃ……ないよね?」

 オネの問いに応える訳でもなく、黒蛇はただただ彼女のことを見つめていました。
 オネが近づくと、彼女が元いた場所には砂煙が流れてくる。そんな不思議も気に留めず、彼女は徐々に石檻へと近づいていきます。

「これ、絶対後でお母さんに怒られるやつだよね……」

 誰に聞かせるでもなく、静観を続ける蛇にだけ聞こえるように呟くと、石檻に手をかけました。
 まさか、自分よりも大きく丈夫な石でできているこの檻を運ぶつもりでしょうか?

「──でも仕方ないよね」

 自分に言い聞かせるように呟くと、少し重そうにはしているものの、石檻を持ち上げてしまうじゃないですか。本当に彼女は何者なのでしょう。

「おっもいなぁ」

 そのまま檻を横向きにして脇に抱えると、左に向き直って走り出しました。黒蛇は特に気にした風もなく、横になった檻の中でも重心を取り平然としています。

「君も一緒に謝ってよ?」

 独り、黒蛇に話しかけながら疾走する少女の姿は、とても不思議な光景ですね。

 
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