恋する乙女(ボク)が君の愛(こころ)に気づくまで

夜兎

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ボクの恋人

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「今日は来てもらえて良かったです。正直、朱思先輩でなければ来て頂けなかったんじゃないかと思います」

「そんなことはないさ。君のあんな真剣な顔を見て、来ない理由がないからね。ボクはそんな薄情にはならないよ」

 彼のみせてくれる笑顔が、ボクに違和感を与えてくる。
 喜んでいるように見えるのに、どこか他人行儀というか、愛想笑いのようなものに感じる。

「朱思先輩とのこの一ヶ月、とても楽しかったです」

「な、なんの話だい?」

 なんで、懐かしい思い出でも語るかのように、いきなりそんな発言をするんだい? 
 確かに、君と恋仲となってからのこの一ヶ月、ボクもとても楽しかったよ。でも……

「初めてのデートでは、至らぬ発言で傷つけてしまいました。本当にすいませんでした」

「何を今更。あの日だって、その後のフォローが完璧に近かったから、ボクは更に君を好きになってしまったんだよ」

 思い出話にしてはまだ早いよ、凪くん。まだたった一ヶ月じゃないか。

「初めて会った時の進藤先輩は少し恐かったですね……結局、来ていないんですか?」

「ボクが断ったからね。充は怒るととっても恐いんだ。気をつけなきゃね」

 今は充のことなんてどうでもいい。

「遊園地に、先輩から誘われたときはすごく嬉しかったです」

「ボクも、自分から君を誘うことがあるとは思っていなかったよ」

 最初は、自分から誘ったことにすら気づいなかったからね。我ながら思慮不足だったよ。

「先輩のお弁当、美味しかったです。……初めてのキスがあんな形になってしまい、申し訳ありません」

「確かに突然だったけど、ボクもドキドキしたんだ。とても嬉しかったんだよ?」

 あまりに突然すぎて、君を突き放してしまったのは、本当にごめんね。

「翌日の先輩の言動は、理性が保てなくなるところでした」

「……あれは、すごいドキドキしたね」

 いわゆる壁ドンというやつかな。あの時は全然怖くもなかったんだけど、なんでなんだろう。

「そして……昨日は本当に、すみませんでした。怖かった、ですよね」

 結局何かされたわけでもなく、あんな体勢になってしまっただけ。気に病むようなことじゃない。
 それでもボクは、小さく頷くことしかできなかった。

「自分でもなんであんなことをしてしまったのか……嫌われて当然のことをしてしまいました」

「凪くん、ボクは君を嫌ってなんか──」
「はい。わかってますよ」

 ボクには君の気持ちが分からない。
 もし、ボクヘの罪悪感からなら、考えないでほしい。何かの責任を感じているなら、そんな責任負わないでほしい。
 ボクはまだ君と──

「なので……いえ、だからこそ、あなたに伝えなければいけないことがあるんです」

 嫌だ。聞きたくない。
 多分、彼が何を言おうとしているかは分かる。
 ボクはその言葉を、何度となく聞いてきたんだ。
 けれど、今回のような感情は抱いたことがなかった。ボクは今、耳を塞ぎ、回れ右してこの場を離れたい。今すぐ彼の声の届かないところまで行きたい。

 でも、君の側に少しでも居たい。その瞬間までだったとしても、ボクは……

「朱思先輩。今までありがとうございました。お別れです」

「凪くん……」

 予想通りの回答。けれど、その理由が分からない。
 
「ボク達は、仲良くやれていたと思うんだ。こちらこそ、至らないところはあったかもしれない。ボクは君に、何かしてしまったのかい?」

 彼に嫌われるようなことをしてしまったのであれば、謝り改善したい。
 彼の興が覚めてしまったなら、なんとかしてボクヘの関心を引きたい。
 凪くん、教えておくれ。

「いいえ、なにも。今でも自分は、朱思先輩のことを心から好きですよ」

「なら! なんで、なんでそんなことを言うんだい? ボクも君のことが大好きだ! 両想いの男女で恋仲で、なんのしがらみもないボクたちが、なんで別れる必要があるんだい!」

 まだボクのことを好きでいてくれている彼が、とても愛おしい。
 でも、ならなんでお別れなんて言うんだ! ボクは君と別れたくないのに、別れる必要なんかないじゃないか!

「しがらみなら──いえ。自分は、あなたには相応しくない。あなたに好きだと言ってもらえるのはとても嬉しいですが、素直に受け取ることができないのです」

「意味が分からないよ! ボクが君を好きな言葉には、なんの偽りもない。ボクの心からの言葉なんだ!」

 今までも、振られるたびに疑問は浮かんでいた。けれど、それについて考えるだけで、相手の言葉を否定しようなんて思うことはなかった。
 今ボクは、彼の言葉を否定しようとしている。嘘だったらいいと、心から思っている。
 そこの真意を考えることなんて、今のボクにはできないよ!

「はい。それでも、一緒にいる訳にはいかないようです。すみません。今までありがとうございました」

「待ってくれ、凪くん! どうしてかだけでも教えておくれ!」

 どうして、そんな逃げるように離れていくんだい? ボクにやり直すチャンスを!

「──進藤先輩によろしくお願いします」

「充……?」

 走り去る彼の言葉に、ボクの頭はパンクしてしまったんだと思う。
 どんどんと離れていく彼を追いかけようとする、その気概すら残っていなかったんだ。
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