恋する乙女(ボク)が君の愛(こころ)に気づくまで

夜兎

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ボクと充?

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「兎川 はるかさんですか? そういえば、昨日転入してきた女生徒が確か、そんな名前でしたね」

 兎川さんと充のことがあって翌日、今日は凪くんと帰宅の日。

「君のクラスだったのかい?」

「はい。確かに個性的な方ではありましたが、彼女がどうかしたんですか?」

 まさか凪くんのクラスメイトだったとは。

「どうやら充と知り合いらしくてね。昨日の授業後にいろいろあったんだよ」

「へぇ、進藤先輩と……あれ? お二人は幼馴染でしたよね?」

「そうさ。でも、お互いに知らないことも少しはあるものさ。ボクも昔、彼女と会ったことはあるらしいけれど、あまり覚えていないんだ」

 一度あった人を忘れるなんて、自分が情けないよ……。

「まあ、幼い頃であれば仕方ないですよね……確かに可愛らしい人でしたから、もしかして進藤先輩も興味を持たれていたりするんですか?」

「どうだろうね。昨日見てた感じじゃ、鬱陶しがってるようには見えたけど……かといって、それほど嫌そうにしてるようにも見えなかったんだ」

 凪くんがなんだかつまらなそうにしている……やっぱり話題を変えた方が良いのかな?

「進藤先輩が兎川さんと仲良くなってくれれば、気も楽なんですけどね……」

「凪くん、どういうことだい?」

「あ、いえ。こちらの話です。気にしないでください」

 不思議な凪くんだ。
 実際のところ、充は彼女のことをどう思っているんだろう。カナメのことだって本当のところはわからないままだし、なんだかもやもやしてしまうよ。

 下校路もまだ半ば、話題のせいでなんだか話しづらい雰囲気に……やっぱり話題を変えた方がいいよね。

「そ、そういえば凪くん。この間はありがとうね。遊園地デート、とても楽しかったよ!」

「誘ってくれたのは先輩じゃないですか。自分の方こそ、ありがとうございます。是非また行きたいですよね」

「うん。どのアトラクションも楽しかったし、凪くんとより近づけた気がして、とても楽しかったし、嬉しかったよ」

 実際、今は下校路でもこうして手を繋げている。確実に近づいたはずさ。

「……はい。ただ、観覧車でのことは本当にすいません。自分でも、まさかあれほど感情的に動いてしまうとは思いませんでした」

 観覧車のこと……思わず自分の唇に触れてしまう。彼の目の前で、当時のことを思い出せば顔が沸騰しそうになるよ。
 ……でも、嫌な感じじゃなくて、もっとこう、ドキドキするような、ソワソワするような、そんな感じなんだ。

「ううん。ボクの方こそごめんよ。君の積極的な行動に面食らってしまっただけで、嫌だった訳じゃないんだ。むしろとても嬉しかった。君があんなことをするなんて、よほどボクのことを好きでいてくれるんだと、君の心が伝わってくるようだったんだ」

 正直、とても恥ずかしいセリフだ。まともに彼の顔も見てられない。今凪くんがどんな表情かも分からない。

「そんな風に思ってくれていたんですね。あんなことをして、嫌われていたらどうしようだなんて思っていましたが、杞憂きゆうだったみたいで本当に良かったです」

 チラッと視線を向ければ、とてもいい笑顔で微笑みかけてくれるじゃないか。君は本当に憎いやつだよ。

「……そんな心配はいらないさ。なんなら、確認してみるかい?」

「確認、ですか?」

 触れれば火傷しそうなほど火照った顔、絶対見せたくないはずの顔だけれど、出来る限りの微笑みで凪くんの瞳を見つめる。
 少しだけ口元を開き、少しでもましにみえるよう、目は出来るだけ丸くする。

 彼が目を背けないよう手を握っていない右手で、その頬に触れてこちらに向かせるんだ。
 ……ボクは、何をやっているんだろう。

「先輩……」

 多分、察してくれたんだと思う。彼の吐息からは熱が感じられる。互いに、思わず喉を鳴らしてしまう。
 恥ずかしいのに、今にも目を背けたいのに、彼から目を離すことができない。
 彼の目の前まで足を運び、少しずつ顔を近づけていく……凪くん、ボクは君のことが大好きなんだ。

「朱思先輩」

「凪くん」

 こういう時は目を閉じた方がいいのかな? すぐ近くで瞳を見つめるのはドキドキするけれど、なんだか恥ずかしくなっちゃうよね。
 彼の吐息がボクの肌に触れる距離で目を閉じる。凪くんがどんな表情をしているかは分からない。

 暗闇の中でも、彼の息遣いや、二人分の心音や体温を感じられるんだ。

「朱思先輩! 急ぎましょう!」

 焦る凪くんの声と共に、何故か体が引っ張られ……?

「な、凪くん、どうしたんだい!」

 もうボクはそのつもりでいたのに、唇がとても寂しそうにしているよ!
 何も話さず、ただひたすらにボクの手を引いて早歩きな凪くん。
 何かおかしいと周囲に視線を巡らせ、ボクの頭は爆発しそうになったんだ。

 道ゆく子供や老人、果ては同い年くらいの学生からも、視線がボクらに集中していたんだ。
 何でもない下校路……そんなところで立ち止まって顔を近づけていれば、気になって見てしまうよね……何をやっているんだボクは。

「ごめんよ凪くん。もう大丈夫だから。自分で歩くから!」

 それでも止まらず、いつもの下校路から少しずつ離れていく。
 
「な、凪くん? どこへ──」

 下校路を少し外れた裏道、滅多に人の通らないような暗がりに来てしまった。あまりの恥ずかしさに人混みを離れたのかな……。

「凪くんごめんよ! もう人はいないから、少し落ち着いておくれ!」

 ボクの言葉でやっと、早足だった彼の足は止まり、ほっとため息を漏らし──たのも束の間、今度は体が引っ張られて、コンクリートの壁に背が当たる。

「凪く──」

 そのままの勢いで、握っていた手は壁に押し当てられ、彼の顔がすぐそばまで来ていた。

「愛理先輩は卑怯です」

 とても艶のある表情と声を投げかけ、そのまま彼の顔が近づいてきて──今度こそ、唇が重なった。
 目を閉じた彼の表情に、思わずボクも目を閉じ受け入れてしまう。

 耳には、彼の吐息と心音、ボクの心音や吐息だけが聞こえる。
 遠くから聞こえる喧騒は一切気にならないほどに、今の一瞬が心に刻み込まれていく。

 ……いきなり名前で呼ぶなんて、どっちが卑怯なんだよ、凪くん。──ううん。違うよね。

 ほんの数秒。その時間は相変わらず永遠にも等しい時間で、ボクの顔は火照り、唇はとろけ、心臓は聞き取れない程に早く鼓動している。
 彼の唇が離れていくのがとても、寂しくて辛くて……無意識にその顔を抱きしめそうになったけれど、その手は彼に押さえられていて、実行はできなかった。……もどかしいよ。

「また、強引にすみません」

「いやいや! 今回はボクから誘ったようなものじゃないか! それに……とても良かったよ、くん。すっごい、ドキドキしたんだ」

「今、自分のことを名前で……?」

 君がボクのことを名前で呼ぶように、ボクも君を名前で呼ぶべきじゃないかな? 仕返しだよ。

「ふふ。これからもよろしくお願いするよ、修平くん」

「……はい。お願いします、愛理先輩」

 まだ先輩は消えないか。仕方ないな。

「うん、とりあえずはよしとしよう。今日はさよならだ。また明日」

「? はい。また明日お会いしましょう」

 見えなくなるまで手を振ってくれる彼を横目に、一人自宅への帰路につく。
 ……なんだかお腹のあたりが締め付けられるようで、全身が火照っていて、身体がすごい切ない……ボクはいやらしい女なのかな?
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