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ボクと彼と夜空に咲く花
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「ごめんなさい。自分がこんなこと言い出してしまったせいで……」
「何を言っているんだい、凪くん。君が言い出さなければボクが言っていたんだ。君のせいじゃないさ。それにほら──綺麗じゃないか」
行列の中、観覧車の奥手には空を赤く染める花火が上がっていた。間に合わなかったんだ。
始まっておよそ三十分間、花火は上がり続ける予定だから、まだ間に合うとはおもうけれど、観覧車の行列が思っていたより長かった……。
観覧車は一周がおよそ十五分と書かれている。
あと少しで乗れるし、せめててっぺんに行くまでは続いていて欲しいよね。
「お次のお客様、足場に気をつけてご乗車下さい」
「ほら、ボク達の番だよ」
スタッフのお姉さんに促され、凪くんが先に乗り込む。そのあとボクの手を持って引っ張ってくれたんだ。
メリーゴーランドの時のように止まったりはしないよ。……置いてかれちゃうからね。
それに、あの時ほどは恥ずかしくも無いんだ。慣れってすごいなぁ。
二人ゴンドラに乗り込むと、スタッフのお姉さんが戸を閉めてくれて、小さな密室の中に二人だけとなる。
まあ、外からは見えるし、花火の音も少し遠くはなったけれど聞こえてくる。それほどの密室とまでは感じないけどね。
「思っていたよりもゆっくりなんですね、観覧車って」
「君は観覧車も乗ったことが無いのかい?」
ずっと思っていたけれど、凪くんは遊園地の経験が全く無いように思える。
お金持ちの家だと言うし、普通に行ってそうなイメージだったから、ちょっと不思議な気持ちだよね。
「はい。遊園地やテーマパークのような施設は初めて訪れました。想像よりも遥かに楽しい場所でしたね」
「ボクはてっきり、この遊園地が初めてって意味だと思っていたから、ちょっと驚いたよ。……まあ、ボクもそれほど来たことがある訳じゃないんだけどね」
子供の頃は何もかもが新鮮で、とても楽しかった記憶がある。今回も、凪くんと一緒だったこともあって、とても楽しかったんだ。
「花火というものも、これほど近くで見たのは初めてです。この中だと音も小さくて、綺麗な花が落ち着いてみられますね」
「花火はあの音や火薬の臭いなんかも、迫力とか臨場感があって、楽しみの一つだとおもうんだけどね。こういう観賞も悪く無いものだ」
ちょうど真ん中ほどまで登ったところ。
窓の外に見える空の大きな花は、赤に青、黄色や緑と、いろんな色に咲き誇っている。
「綺麗でも、花火というのはどこか、寂しい感じがしますよね」
「そうだね。空に咲く刹那の華。こんな短い時間じゃ、一つ一つに想像を巡らすことすら叶わない」
ボクの言葉に、何故か笑っているね。変なこと言ったかな?
「でもね、ボクはだからこそ綺麗なんだと思ったりしているんだ」
「すぐに消えてしまうからこそ、ですか?」
「そうさ。花は散りゆく瞬間が最も美しい、だなんて評価する人もいるくらいだ。悠然と咲き誇る姿は凛としていて綺麗なのだけど、散りゆく瞬間、生をまっとうしたその一瞬には、想像できないほどの色んな〝こころ〟があるのだと思っているんだよ」
ボクの持論みたいなものだ。でも、自分でも大好きな考え方だと思っている。
「なんだか、朱思先輩らしいですね」
「そう言ってくれると嬉しいね。……もうじき一番上に到達しそうだ」
もう前のゴンドラがほとんど横に見えてきた。
窓をみやっても、花火の激しさは増していき、クライマックスといったところかな。
連続で上がっていた花火は段々と落ち着き、爆音も衝撃も収まってくる。
「愛理さん」
名前? またボクのことを名前で呼んだのかい?
静まりかえった空には、一筋の大きな光が登り始めていた。
「なんだい凪く──」
彼に振り返るボクの言葉と思考は停止してしまう。
大きな音と共に周囲を照らす赤色の光は、観覧車も明るく映し出していた。
その光によってより鮮明に見せられた、見開いてしまうボクの目の前、ほんの数センチも無いような距離。
閉じられた、凪くんの目が見えたんだ。
そして感じられる、唇への柔らかく温かい感触。
花火の爆音よりもさらに大きな音が、ボクの心臓から鳴り響いている。
今、ボク達はどうなっているんだい? なんで凪くんの顔がこんな近くに……唇に触れるこの柔らかいものは? なんでボクの心臓はこんなに早く動いているんだ。体が熱い。いつのまにか握られている手には汗が浮かんできている。足は不思議と力んでいる。状況が──
「な、凪くん! 何をしているんだ、君は!」
無意識のうちに、彼の体を引き離していた。
あまりにも唐突な、あまりにも不可解な、彼の行動にボクの頭は回らなくなっていた。
キス……されたんだよね、今。どうして? いや恋人なんだから、それくらい普通のことだ。でもなんで今、急に?
凪くんの浮かべている真剣な表情が、これは冗談なんかじゃないと告げている。
「どうしてもしたくなったんです。ダメ、でしたか?」
「そ、そんなことは……」
ほんの一瞬のことだ。時間にすれば、一秒も無かったとおもう。
でも、それはものすごく長く感じていて、ボクは何が起こったか分からなくて……。
「ごめんよ。とても嬉しいことなんだけど、心の準備が……」
「すいません。逸った行動をしてしまったみたいです」
花火の喧騒は止み、静かな観覧車が終点に行くまで、ボク達の沈黙は続くこととなった。
その後は特に話すこともなく、遊園地の入り口で解散することとなってしまったんだ。
……ボクはなにをしているんだろうね。
「何を言っているんだい、凪くん。君が言い出さなければボクが言っていたんだ。君のせいじゃないさ。それにほら──綺麗じゃないか」
行列の中、観覧車の奥手には空を赤く染める花火が上がっていた。間に合わなかったんだ。
始まっておよそ三十分間、花火は上がり続ける予定だから、まだ間に合うとはおもうけれど、観覧車の行列が思っていたより長かった……。
観覧車は一周がおよそ十五分と書かれている。
あと少しで乗れるし、せめててっぺんに行くまでは続いていて欲しいよね。
「お次のお客様、足場に気をつけてご乗車下さい」
「ほら、ボク達の番だよ」
スタッフのお姉さんに促され、凪くんが先に乗り込む。そのあとボクの手を持って引っ張ってくれたんだ。
メリーゴーランドの時のように止まったりはしないよ。……置いてかれちゃうからね。
それに、あの時ほどは恥ずかしくも無いんだ。慣れってすごいなぁ。
二人ゴンドラに乗り込むと、スタッフのお姉さんが戸を閉めてくれて、小さな密室の中に二人だけとなる。
まあ、外からは見えるし、花火の音も少し遠くはなったけれど聞こえてくる。それほどの密室とまでは感じないけどね。
「思っていたよりもゆっくりなんですね、観覧車って」
「君は観覧車も乗ったことが無いのかい?」
ずっと思っていたけれど、凪くんは遊園地の経験が全く無いように思える。
お金持ちの家だと言うし、普通に行ってそうなイメージだったから、ちょっと不思議な気持ちだよね。
「はい。遊園地やテーマパークのような施設は初めて訪れました。想像よりも遥かに楽しい場所でしたね」
「ボクはてっきり、この遊園地が初めてって意味だと思っていたから、ちょっと驚いたよ。……まあ、ボクもそれほど来たことがある訳じゃないんだけどね」
子供の頃は何もかもが新鮮で、とても楽しかった記憶がある。今回も、凪くんと一緒だったこともあって、とても楽しかったんだ。
「花火というものも、これほど近くで見たのは初めてです。この中だと音も小さくて、綺麗な花が落ち着いてみられますね」
「花火はあの音や火薬の臭いなんかも、迫力とか臨場感があって、楽しみの一つだとおもうんだけどね。こういう観賞も悪く無いものだ」
ちょうど真ん中ほどまで登ったところ。
窓の外に見える空の大きな花は、赤に青、黄色や緑と、いろんな色に咲き誇っている。
「綺麗でも、花火というのはどこか、寂しい感じがしますよね」
「そうだね。空に咲く刹那の華。こんな短い時間じゃ、一つ一つに想像を巡らすことすら叶わない」
ボクの言葉に、何故か笑っているね。変なこと言ったかな?
「でもね、ボクはだからこそ綺麗なんだと思ったりしているんだ」
「すぐに消えてしまうからこそ、ですか?」
「そうさ。花は散りゆく瞬間が最も美しい、だなんて評価する人もいるくらいだ。悠然と咲き誇る姿は凛としていて綺麗なのだけど、散りゆく瞬間、生をまっとうしたその一瞬には、想像できないほどの色んな〝こころ〟があるのだと思っているんだよ」
ボクの持論みたいなものだ。でも、自分でも大好きな考え方だと思っている。
「なんだか、朱思先輩らしいですね」
「そう言ってくれると嬉しいね。……もうじき一番上に到達しそうだ」
もう前のゴンドラがほとんど横に見えてきた。
窓をみやっても、花火の激しさは増していき、クライマックスといったところかな。
連続で上がっていた花火は段々と落ち着き、爆音も衝撃も収まってくる。
「愛理さん」
名前? またボクのことを名前で呼んだのかい?
静まりかえった空には、一筋の大きな光が登り始めていた。
「なんだい凪く──」
彼に振り返るボクの言葉と思考は停止してしまう。
大きな音と共に周囲を照らす赤色の光は、観覧車も明るく映し出していた。
その光によってより鮮明に見せられた、見開いてしまうボクの目の前、ほんの数センチも無いような距離。
閉じられた、凪くんの目が見えたんだ。
そして感じられる、唇への柔らかく温かい感触。
花火の爆音よりもさらに大きな音が、ボクの心臓から鳴り響いている。
今、ボク達はどうなっているんだい? なんで凪くんの顔がこんな近くに……唇に触れるこの柔らかいものは? なんでボクの心臓はこんなに早く動いているんだ。体が熱い。いつのまにか握られている手には汗が浮かんできている。足は不思議と力んでいる。状況が──
「な、凪くん! 何をしているんだ、君は!」
無意識のうちに、彼の体を引き離していた。
あまりにも唐突な、あまりにも不可解な、彼の行動にボクの頭は回らなくなっていた。
キス……されたんだよね、今。どうして? いや恋人なんだから、それくらい普通のことだ。でもなんで今、急に?
凪くんの浮かべている真剣な表情が、これは冗談なんかじゃないと告げている。
「どうしてもしたくなったんです。ダメ、でしたか?」
「そ、そんなことは……」
ほんの一瞬のことだ。時間にすれば、一秒も無かったとおもう。
でも、それはものすごく長く感じていて、ボクは何が起こったか分からなくて……。
「ごめんよ。とても嬉しいことなんだけど、心の準備が……」
「すいません。逸った行動をしてしまったみたいです」
花火の喧騒は止み、静かな観覧車が終点に行くまで、ボク達の沈黙は続くこととなった。
その後は特に話すこともなく、遊園地の入り口で解散することとなってしまったんだ。
……ボクはなにをしているんだろうね。
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