恋する乙女(ボク)が君の愛(こころ)に気づくまで

夜兎

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ボクのお弁当は美味しいかい?

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 結局、メリーゴーランドを終えたボクたちは、大したアトラクションに乗ることもなく、植物園へと足を運んでいた。
 大体ボクのせいだと思うけれど、仕方ないじゃないか。あれから凪くんの顔が全然見れないんだ。

「先輩の調子が悪いようでしたら、どこかで休みましょう」

「大丈夫だよ、凪くん。別に調子が悪いわけじゃあないんだ」

 カナメには、恥ずかしい気持ちや嬉しい気持ちには素直になって、見せつけるくらいでいいと言われたけれど、こんなに動揺している自分は見せられるわけないじゃないか。
 
 たったあれだけの──手が触れ合っただけで顔も見れなくなるような、情けない女だと思われるのは嫌なんだ。

「先輩が良ければ良いのですが……無理だけはしないでくださいね」

「うん。ありがとうね、凪くん」

 植物園は、野外に設置されたエリアと、温室に設置されたエリアに別れている。
 野外のものは、季節ごとの植物が堪能でき、温室では熱帯植物たちを観賞することができるんだ。

 体が熱い今は、温室なんて行きたくないから野外からの観賞を提案した次第。
 綺麗で色んないろどりを見せる花々は、ボクの火照った心も落ち着かせてくれる。
 自然の花木を見て、嗅いで、肌で感じているだけで、穏やかな気持ちが戻ってくるようだ。

「とても優しい雰囲気ですね。イルミネーションなども無さそうなので、自然そのままの美しさと言ったところでしょうか」

 これだけ多くの色が飾る場所だというのに、目が痛くなったりはしない。自然の彩というのは、見る者にも優しいみたいだね。
 
「そうだね。花の匂いは多種多様だけれど、どれも気持ちが安らぐみたいだ。ボクはとても好きだよ」

 さっきまでの緊張もほぐれてきたね。やっと普通に話せるし、彼の顔もまともに見れそうだ。
 そう思い、凪くんの顔に視線を向けると、こちらを見つめているものの、焦点が定まっていないように見える。

「凪くん? どうしたんだい?」

「あ、いえ。なんでもありません。そうですね、ボクも好きですよ。とても」

 凪くんも花の匂いは好きなのか。共通点というものができると、とても嬉しくなってしまうよね。

 植物園を歩き、温室の方も見て回る。
 色んな植物について、不思議な匂いだの、面白い形だの、綺麗な花だのと他愛もない話を続けていく。

 こんな優雅なお休みは初めての経験かもしれないね。
 楽しくて、嬉しくて、気持ちのいい植物観賞だったんだ。

「そろそろお昼になりますね。朱思先輩と一緒だと、時間が経つのがとても早いです」

 くすくすと笑ってくれる凪くんが、とても可愛いんだ。こちらも思わず笑顔になってしまうよね。

 植物園を抜け、利用自由な広い芝地帯がある。お昼を食べる予定の場所だ。
 朝から恥ずかしさいっぱいで、お弁当のことは言えていないけれど、ここで言わなくちゃいけない。ちょっと恥ずかしい……。

「ねぇ凪くん」

 先に行ってしまった彼が、ボクの声に振り返る。振り返ってくれた。

「どうかしましたか?」

 カナメが言っていた。お誘いする時は、直接いうよりも想像させるように言うと、ドキッとさせられるらしい。
 ボクはバッグから、お弁当が包まれた布を取り出し、胸の前まで持ち上げて、彼の視界に入るようにする。

「ここらで休んでいかないかい?」

 笑顔を見せたつもりだったけれど、ちゃんと笑顔になっているだろうか。緊張しすぎて、自分のことがうまくわからない。凪くんはちゃんと理解してくれるかな? 分かってくれたとして、了解してくれるかな? 

「もしかして、お弁当ですか?」

「そうさ。あまり美味しくないかもしれないけれど、それでもよければ……どうかな?」

 ボクはなんて発言を! 美味しくないものなんて、誰も食べたがらないに決まってるじゃないか! 自分で首を絞めてどうするんだ!

「もしかして、先輩の手作りですか……?」

「う、うん。お母さんに手伝ってもらいながら作ってみたんだ。ボクは不器用だから、上手くできているかは分からないんだけど」

「──是非、ご馳走になりたいです!」

 あぁ……君のそんな笑顔が見れただけで、ボクは幸せ者だ。お弁当も気に入ってくれたらいいんだけどな。

 芝は広く、家族連れでピクニックシートを敷いている人も多くいる。
 ボクたちも綺麗な花を咲かせる木の下に、ちょっと小さめのピクニックシートを敷き、お弁当の準備を始めていく。

 大した用意もしていないので、作業はすぐに終わったんだけど、ちょっとした問題が……。

「これじゃ、小さいね」

 ウチから持ってきたピクニックシートが、思いの外小さくて、二人座ってしまえば肩が触れ合うんじゃないかと言う大きさだったんだ。
 
「自分は芝生で大丈夫ですよ」

「そうはいかないさ。なんとか座ってみようじゃないか」

 凪くんだけ芝生の上じゃかわいそうだ。上手く座れば何とか座れるはず。
 できるだけシートを広げて隅っこに座ってみる。隣には何とか人一人座れそうなスペース……。

「ほら、凪くんも座るんだよ!」

 スペースを手でたたいて彼も座るように促してあげると、恥ずかしげにしながらも座ってくれた。少し動けば、どこかしら身体の一部が当たりそうな距離だ。

「やっぱり座れたじゃないか。お弁当を食べようか」

 布をほどき、シートのさらに隅っこにお弁当を広げてみたけれど、ちょっと危なげだ。

「やっぱり、自分は外の方がいいんじゃないでしょうか?」

「大丈夫さ。手に持って食べればこぼすことはないだろう? ほら、君の分だ」

 いくつかに分かれている弁当のうち、一番大きなものを凪くんに渡す。
 彼に開けられるのも恥ずかしいから、自分から開けてやるんだ。

「……これ、本当に先輩が作ってくれたんですか?」

 小さなおにぎりを二つ、卵焼きやウィンナー、サラダも混ぜて、色鮮やかにしたお弁当。
 ……綺麗に飾りつけたりするのは、ボクにはできそうになかったから、とても不格好だと思う。

「そうさ。文句があるならいくらでも言うといい。ボクだって覚悟しているからね!」

 さあ、好き放題言うがいいさ、凪くん!

「とても美味しそうです。頂きます」

 文句の一つもなく、ご飯が待ちきれなかった子供のように、お弁当を頬張ってくれている。……君は本当に可愛いな。

「うん。美味しいです。とても。ありがとうございますね、先輩」

「そ、そうかい? それは良かったよ」

 文句どころか褒められるなんて思ってもいなかった。それは卑怯というやつだよ、凪くん。
 恥ずかしさを紛らわせるため、ボクも自分のお弁当に手をつける。……うん、不味くはないよね。

 カナメには、「あ~ん、はお決まりよね!」と言われていたけれど、今のボクにそんなことをするほど、心の余裕なんてないんだよ。
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