恋する乙女(ボク)が君の愛(こころ)に気づくまで

夜兎

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ボクへのお電話

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 お母さんの言う男の子というのが、誰かは分からない。
 今目の前で楽しそうにしている、お母さんの持つその受話器を受け取れば、もしかしたら彼とお話が出来るのかもしれない。
 でもなんで電話? 君の声が聞けるなら、ボクは全然嬉しいけど。わざわざ電話なんて、よっぽど大事な用事? もしかして──嫌だよ、そんなの! 

「あなたがそんな表情かおしてるの、お母さん初めてみた。それだけ好きになっちゃったんだね、その子のこと」

「そ、そんなんじゃないよ! ボクは誰かなって思ってるだけで、別に変な気持ちとかそういうのは──」

「はいはい。まあ、あなたが思っているようなことは無いと思うわ。さあほら、待たせないであげなさい」

 お母さんの茶化すような発言は気になるけれど、待たせるのも失礼なのは確かだ。
 なんだか気になる笑みを浮かべるお母さんから、受話器を受け取って深呼吸する。
 
「それじゃ、ご飯が冷めない程度にごゆっくり~」

「お母さん!」

 本当にいい性格をしているよね。声も聞く前から心臓バックバクだよ……。
 お母さんがキッチンに戻るのを確認して、もう一度深呼吸する。
 何を、話せばいいのかな。

「お待たせしてしまってごめんよ。ボクは愛理だけど、どちらさまかな?」

『ああ、悪いな愛理。風呂入ってるとは思わなくてな』

 へ? ちょっと待ってこの声……お母さん?
 キッチンの方に視線を向けると、なんだか楽しそうなお母さんの姿が……騙したね?

「み、充。なんでまた電話なんだい? しかもうちの方に……ボクの連絡先は君も知っているだろう」

『あー、それな。ちょっと今スマホの充電切れてんだよ。うちの電話からじゃ、朱思家の番号しか載ってなくてな。なんか変な誤解招いてたらすまん』

 まったくだよ! さっきまでのボクの心労を返しておくれ! 無駄に寿命が縮んでしまったじゃないか!

「変な誤解って、なんのことかな? それに、君からボクに用事なんて、何があったんだい?」

 基本的に充は、電話みたいな通信機器は使ったりしない。今時珍しい性格だけれど、なんだか好きじゃないらしい。
 話すことがあるなら直接。そういう男なんだ。

『いや、最近なんか話したがってたろ、お前。俺もやっと落ち着いたから、何の用だったのかと思ってな』

「あれはボクを避けてたんじゃないのかい? なんだかよそよそしい感じだったから、ボクはまた君を怒らせてしまったのかと思っていたよ」

『なんで俺がお前を避ける必要があるんだ? 悪いとは思っていたが、お前と話始めると長くなるからな。そんなに時間もとってられなかったんだよ』

 なんだいそれは! ボクが悪いみたいじゃないか。というか、ボクと話し始めると長くなる? そんなクレームは初めて聞いたぞ、充。

「それはどうもすまなかったね。どうやらボクに問題があったようだ、謝っておくよ」

「あー、いや悪い。そんなつもりじゃなかったんだ。誤解しちまったなら、俺も謝るよ」

 ボクのイヤミも綺麗にかわして来るじゃないか。これ以上言い合っても不毛ということだね?

「……もういいよ。それで、凪くんの話をした時の続きの話がしたかったんだ。まるで君は、彼のことを知っているような口ぶりだったろう?」

『……そんな話だったか? イケメンの金持ちは注意しろって話だったと思うが?』

 確かに、君の言葉を要約するならそんな感じだったろうさ。しかし、君の忠告の仕方はあまりにも、彼を批判するようなものに聞こえたんだ。
「君は言ったじゃないか。凪くんのような男の子には、何か裏があると。その話の時の君は要領を得ていなかったけれど、その言葉の重みは決して、冗談やひがみのようなものに感じなかったんだ」

 返事はなく、長い沈黙。
 受話器越しに聞こえる、彼の小さな吐息の音が、ボクの身体を支配していく。

 ──ああ、このゾクゾクした感覚に懐かしさすら感じるな。

 凪くんといる時に感じるそれとは、また違う感覚だ。

『まあ、俺が僻んだりする理由なんて無いからな。そうだな……強いて言うなら、そいつ個人への感情は本当に何もないよ』

「個人に対しては、かい?」

『そ。俺はただ、金持ちが嫌いなだけだ』

 そう吐き捨てる彼の声はどこか、哀愁のようなものを匂わせていたんだ。
 充とは、幼い頃からの友達のつもりだったけど、ボクの知らない所で何があったんだい? 
 ……どうも、ボクは視野が狭いようだ。君のことだと言うのに、どうして何も知らないんだ。

「君とはいつも一緒だったつもりだけど、ボクの預り知らない所で何があったんだい? ボクらの知り合いに、そんなお金持ちなんて呼べる人間はいなかったと思うけれど」

 彼の言う〝お金持ち〟がどの程度かは分からないけれど、少なくともボクは、凪くんのようにお金を使うことに躊躇しない知り合いは見たことがない。
 
『いたさ、一人だけな。鬱陶しいやつだ。まあ確かに、愛理とはほとんどあったことないかもな。一、二回程度か?』

「そんな人がいたかい? ボクの記憶の中には居ないように思うけれど」

『そうか。まあ正直、あいつの話はしたくない。この話はこれまででいいか? そろそろ姉貴にどやされちまう』

 ふむ。彼もどうやら、空いた時間の合間で電話までしてくれたらしい。その、過去のお金持ちとやらは気になる所だが、無理強いしてまで聞きたいことでもないだろう。

「そうか。それは忙しい所をわざわざありがとう。また月曜日、学校で会おうじゃないか」

『おう。中途半端で悪かったな。それじゃ、また明後日』

 そうして、彼の声は離れていき、受話器からはピーピーと耳に障る音が鳴り続けていた。

「……結局、凪くんの声は聞けなかったじゃないか。充のバカ」

 充との会話が終わって、なんだかモヤモヤしてしまったんだ。何にモヤモヤとしたのかは分からないけれどね。

 そうだ。凪くんには後で、こちらからお礼の連絡を送っとけば良いじゃないか。電話はさすがに失礼かもしれないから、声は聞けそうにないけれどね。
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