それは呪いか祝福か

川瀬川獺

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晩酌

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 腹は丁度八分目。肉汁滴る牛挽肉百%のハンバーグは健斗が作る料理の中でもダントツで美味い。俺が良く食べるのを見越して大き目のハンバーグを用意してくれるのはいつもの事だ。
 夕飯を終えて一息つくと、食器を片付けてダイニングテーブルを健斗が布巾で綺麗に拭いて行く。それを合図にした様に椅子から立ち上がってキッチンの食器棚からグラスを二つ取り出して冷蔵庫の製氷室の引き出しを開けてそれぞれに氷を入れてから閉める。
 テーブルを拭き終えた健斗がキッチンに戻ってくると、冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを一本と、既に刺身にし盛り付けてあるアジの皿を取り出してパタンと閉じた。
 リビングにある二人で奮発して買った大型のテレビの前にあるローテーブルと二人掛けのソファー。そのローテーブルにグラスを並べて、続いて健斗が皿と炭酸水のペットボトルを置く。あとは醤油差しと箸と小皿か、とキッチンまで戻りこれらは一人分用意した。
「グラスも一人分で良いんだよ?包」
「気分だけでも味わいてぇだろ」
 一通り晩酌の用意が整うとソファーに座り、リモコンでテレビの電源を入れて適当なバラエティ番組にチャンネルを変えるとリビングには複数の笑い声が木霊した。
 健斗が差し出してくれた安物のウィスキーのボトルのキャップを回して開け、二つのグラスにそれぞれ目分量で注ぎ入れ、キャップを閉めてから横に座った健斗が開けた炭酸水を更に注ぐ。注いだ勢いである程度は混ざる為このままで良い。
「それじゃ乾杯」
「乾杯」
 気分だけでも、という俺の意図を汲んでくれた健斗がグラスを手にする。同じくグラスを掴んでカチリと軽くぶつけ合ってから冷えたハイボールが入ったグラスに口を付けて喉を潤す。口の中でパチパチと弾ける気泡とアルコールの苦みに続けてウィスキーの香りが広がる。
「包はさ、食べるのも酒飲むのも好きだから前は良く飲み会行っちゃって寂しかったなーって」
「何だよ今更。だからこうやってお前と晩酌する様になっただろ?」
「だね。まぁ寂しかったのもあるけど、包はモテるから本当はずっと心配してた」
「モテてねーし」
 突然昔話を始めた健斗を不思議に思いつつ、醤油差しから小皿に中身を注ぎ箸を握って用意してくれたアジの刺身を一切れ摘まんで醤油を付けてから頬張る。健斗の目利き通り脂が乗っていて旨味が口一杯に広がった。
「包はずーっとモテてた。中学の時も高校の時も、大学入ってもラブレター何通も貰ってたし呼び出されもしてたでしょ?全部知ってる」
「お前だってモテてたろ。成績優秀運動神経抜群のバスケ部のエース様?」
「あはは、でも俺は包にモテなきゃ意味が無かったからね。全部必死だったよ」
 またハイボールを一口飲み、横に居る健斗に視線を向ける。何となく意地悪な質問をしたくなって思い付いた事を口にする。
「なら、俺がもしお前じゃない誰かと付き合ったらお前あの頃如何した?」
「死ぬ気で包を寝取ったかも」
「発想がだいぶヤベェ」
 確かに学生の頃、何度も告られたのを覚えている。でも誰かと付き合おうとかまるで考えもしなかった。性欲だってそれなりにあったし発散したいと思わなくは無かったが、多分健斗以外といる自分を想像出来なかったのもある。
 中学高校と二人でバスケ部に入り、大会だって優勝した事もあった。高校二年の夏、健斗は怪我を切欠にバスケをやる事は無くなったが、俺がボールを奪って健斗にパスを回しそのまま逆転シュートを決めるあの瞬間の興奮はいつまでも忘れられない。
 最後までなんやかんやバスケを続けていた俺には大学のスポーツ推薦が幾つも来たが結局健斗と同じ大学を選んで一緒に勉強し、共に合格発表を祈る気持ちで見た。揃って合格が分かった時の安堵感も今は懐かしい。
「俺ね、包じゃないとダメなんだよ。小さい時からずっとずっと包だけを見て来た」
「お前確か俺と結婚する―ってガキの時から騒いでたよな」
「今でも変わらないよ、包と結婚していいのは俺だけだから」
「ほんっと重てぇな」
 そんな願いももう叶わないと分かっている。まだ同性婚は認められていないし、何より役所に出されたのは婚姻届ではなく健斗の死亡届。この先同性婚が認められたとしても、もう叶わない。
「ごめんね包。俺が――」
「それ以上言うな大馬鹿野郎」
「……うん。でも、ごめん」
 カラリとグラスの中で氷が解けてぶつかる音がした。視線を向けたテレビは未だに笑い声が絶えない。横に在る冷たい温度にももう徐々に慣れて来た気がする。ハイボールの残りを一気に飲み干してテーブルに置き、健斗が持つグラスを奪うとそれも一口喉に流し込んだ。合間につまむアジの刺身が本当に美味くて共有出来ない事に腹が立つ。
「お前が目利きしたアジ、美味ぇよ」
「そっか、良かった」
「俺一人で食うの勿体無い位な」
「じゃあキスだけさせて、食べられなくても味覚はあるかもしれないし」
「好きにしろバーカ」
 テーブルにグラスと箸を置き、また健斗の方を向くと頬にひんやりとした手が添えられる。目を閉じるとその後すぐに唇が重なり二度、三度とキスをする。最後にぺろりと唇を舐られ瞼を開けば間近で健斗と視線が絡み合った。
「美味しい、気がする」
「……そうかよ」
「ありがとうね、包」
「何にもしてねぇし」
「俺がちゃんと居ると思わせてくれて、ありがとう」
 そう言った健斗に強く抱き締められる。やっぱり暖かな体温は其処には無い。でも離したらいつか消えてしまいそうな気がしてそっと腕を回して抱き締め返す。背中を優しく撫でてやれば安心した様に健斗が小さく笑ったのが何となく伝わった。
「健斗」
「なぁに?」
「お前の事ちゃんと分かってっから」
「……包は優しいから他の幽霊にまで好かれないか心配になる」
「これ以上憑かれんのは勘弁だわ」
「大丈夫、俺が護るよ」
 いつの間にかテレビのバラエティー番組は終わり合間のニュースが流れている。甘えた様に擦り寄って来る健斗の頭を撫でてやるといつもと変わらなくて何だか少し安心した。
 こいつなら本当にあらゆるものから護ってくれそうで心強い。絶対に本人には言ってやらないが。
「ほら、まだ晩酌中だからそろそろ離れろ」
「じゃあ後でまた抱き締めさせて」
「後でな。先に風呂」
「準備してきます」
 健斗の腕の中から抜け出してハイボールの入ったグラスを再び掴んで中身を飲み込む。名残惜しそうにしつつもソファーから立ち上がって風呂の準備をしに行った健斗を横目にまたアジの刺身を頬張った。
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