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13*どうなっていくと思う? -4
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【経験者『アリス』】
「私は……ウィザヴォード領からもヴィトガーズ領からも遠い地で生まれ育ちました。家から憑き児病が出たと知られれば一族まとめて追い出されるような古い古い田舎町だとご理解ください。罹ったのは学堂に通い始めた頃です。後から神官様にお聞きした話では、私ほど高い年齢で発症したのは記録上初めてだったとか……だから、なのかもしれません。私は他の発症者とは違う病の終え方をしたようです」
「病の終え方?」
「憑き児病には明確な『終わり』があります。年齢が高かったため、私は、自分に何が起きたのか、ハッキリと覚えています……失礼ながら、ヴィトガーズ辺境伯占主様。そちらのメイドさんと呼吸のタイミングを合わせてみてください」
ものすごく気まずそうに、ヒドラジアとラディアは向き合って互いの口を見、呼吸を聞いて合わせようとする。
「……はい、ありがとうございます。……お二人で協力したとしても、息が合うまでに少し、時間がかかりました。……もし、お二人の体、喉、口、肺がつながっていたとしましょう。先程のように息を合わせるのを、打合せも協力もなしにやったらどうなると思います?」
「は? そんなこと……」
「とても難しいんです。私が息を吸おうとするのに、『もう一人』は息を吐こうとしていたりする。スピードも違う。そんな事になれば息が乱れてますます合わなくなります。なんとか呼吸ができても、勝手に動こうとする不気味な体を自分も動かそうとすれば、立つことも話すこともままならない。……私が、いえ憑き児病の子どもたちが手始めに味わうのは、そういう地獄です」
しん、と静まり返った部屋に、ヒドラジア伯の袖からテーブルにしたたり落ちる雫の音だけが響く。ラディアは話のムードを壊さないよう、バレないように、そっと背後から魔術をかけて乾かし始めた。
「……手始めに、と言ったな、『アリス』嬢」
「ええ。体を動かそうとするもう一つの存在。それが『憑き物』ということなのでしょうね。その存在にハッキリと気づいてからが次の地獄です。なんせその存在は……『彼』は、私の体を乗っ取り、私の心を殺そうとしてくるのですから」
「な……」
「相手を殺そうとしたのは私も同じです。だって、私の体の中にいて、勝手に体を動かしてくるような恐ろしいものですよ? 追い出したい、元のように私一人だけの体に戻りたい……そう思ったとき、『心の形』のようなものを感じるようになりました。エレジニア様より教えていただいた情報をもとに考えると、それは私の中に入り込んだ『彼』の魔力の形だったのでしょうね」
「それで、貴女は戦ったのね……」
「ええ。自分の体を傷つけながら、体の主導権を奪い合いながら『彼』と戦いました。占術も使いましたし、ただただ罵り合って吠えもしました。『彼』にも何か魔術を使われたような気がします。あの時は、自分の体が死ぬくらい傷ついても構わない、とにかく『彼』を殺してやる……そう思っていましたわ」
「では、ヴィルは、ヴィラーレは今……」
「大層苦しんで、戦っていらっしゃるはずです。自分の心を、殺されないために……必死で……でも……どうしたら良かったのでしょうね」
「『アリス』嬢?」
ヴェールの下からぽろりと涙が落ちた。
「「がぁ、ヴぇ、り、ぁ……」」
暗闇の中でもがきながら、少年は一つの言葉をときおり口にしていた。なぜ言ってしまうのか、自分でも分からないまま。
「「がぁ……か…………ぎゃ、べ、る……」」
「よんだ?」
真っ白なうねる髪、緑の大角、海のように深く青い青い目、えくぼが可愛い大きな口……それがすぐ目の前から話しかけてくるかのような錯覚に、少年は息をのむ。そのとたん痛みは何も感じなくなり、自分の周りに陽が差している気さえした。
「ね、なんであたしのこと、よんだの?」
「……ぞれ、ばぁ……」
やはり幻覚だ。そうに違いない。ならば、何を言っても構わないはずだ。
「……おばえ、が、いっ、だ、が、らぁ……」
幼い頃、親に連れられ、初めて御三家の子たちが揃って顔を合わせたそのときに。出会ってすぐに、勝手に友達にされたあの日に。
『あたしあなたの友だちなんだから、なんでも言っていいわよ。だってあたしたちがみんな力をあわせたら、できないことなんてないんじゃない?』
あの時の彼女の煌めく言葉を、とうに忘れていたはずの言葉を思い出した。だからつい彼女の名を呼んだ。そういうことらしいのだ。ヴィラーレは自分でも不思議な気持ちになった。
「……よくできました。じゃあ、力をあわせるから、すこしだけまつのよ!」
「あばせ、る……」
「あなたもがんばりつづけるのよ! だってあたしがいるんだもの、あきらめるりゆうなんて無いでしょ?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、また、あとでね! ぜったいよ!」
……幸せな幻想の声がフッと止んで、そこには鏡の破片が転がっているだけだった。ヴィラーレは頭を抱える。
「「ギャ、メ……ぅああ……だず、け……」」
「私は……ウィザヴォード領からもヴィトガーズ領からも遠い地で生まれ育ちました。家から憑き児病が出たと知られれば一族まとめて追い出されるような古い古い田舎町だとご理解ください。罹ったのは学堂に通い始めた頃です。後から神官様にお聞きした話では、私ほど高い年齢で発症したのは記録上初めてだったとか……だから、なのかもしれません。私は他の発症者とは違う病の終え方をしたようです」
「病の終え方?」
「憑き児病には明確な『終わり』があります。年齢が高かったため、私は、自分に何が起きたのか、ハッキリと覚えています……失礼ながら、ヴィトガーズ辺境伯占主様。そちらのメイドさんと呼吸のタイミングを合わせてみてください」
ものすごく気まずそうに、ヒドラジアとラディアは向き合って互いの口を見、呼吸を聞いて合わせようとする。
「……はい、ありがとうございます。……お二人で協力したとしても、息が合うまでに少し、時間がかかりました。……もし、お二人の体、喉、口、肺がつながっていたとしましょう。先程のように息を合わせるのを、打合せも協力もなしにやったらどうなると思います?」
「は? そんなこと……」
「とても難しいんです。私が息を吸おうとするのに、『もう一人』は息を吐こうとしていたりする。スピードも違う。そんな事になれば息が乱れてますます合わなくなります。なんとか呼吸ができても、勝手に動こうとする不気味な体を自分も動かそうとすれば、立つことも話すこともままならない。……私が、いえ憑き児病の子どもたちが手始めに味わうのは、そういう地獄です」
しん、と静まり返った部屋に、ヒドラジア伯の袖からテーブルにしたたり落ちる雫の音だけが響く。ラディアは話のムードを壊さないよう、バレないように、そっと背後から魔術をかけて乾かし始めた。
「……手始めに、と言ったな、『アリス』嬢」
「ええ。体を動かそうとするもう一つの存在。それが『憑き物』ということなのでしょうね。その存在にハッキリと気づいてからが次の地獄です。なんせその存在は……『彼』は、私の体を乗っ取り、私の心を殺そうとしてくるのですから」
「な……」
「相手を殺そうとしたのは私も同じです。だって、私の体の中にいて、勝手に体を動かしてくるような恐ろしいものですよ? 追い出したい、元のように私一人だけの体に戻りたい……そう思ったとき、『心の形』のようなものを感じるようになりました。エレジニア様より教えていただいた情報をもとに考えると、それは私の中に入り込んだ『彼』の魔力の形だったのでしょうね」
「それで、貴女は戦ったのね……」
「ええ。自分の体を傷つけながら、体の主導権を奪い合いながら『彼』と戦いました。占術も使いましたし、ただただ罵り合って吠えもしました。『彼』にも何か魔術を使われたような気がします。あの時は、自分の体が死ぬくらい傷ついても構わない、とにかく『彼』を殺してやる……そう思っていましたわ」
「では、ヴィルは、ヴィラーレは今……」
「大層苦しんで、戦っていらっしゃるはずです。自分の心を、殺されないために……必死で……でも……どうしたら良かったのでしょうね」
「『アリス』嬢?」
ヴェールの下からぽろりと涙が落ちた。
「「がぁ、ヴぇ、り、ぁ……」」
暗闇の中でもがきながら、少年は一つの言葉をときおり口にしていた。なぜ言ってしまうのか、自分でも分からないまま。
「「がぁ……か…………ぎゃ、べ、る……」」
「よんだ?」
真っ白なうねる髪、緑の大角、海のように深く青い青い目、えくぼが可愛い大きな口……それがすぐ目の前から話しかけてくるかのような錯覚に、少年は息をのむ。そのとたん痛みは何も感じなくなり、自分の周りに陽が差している気さえした。
「ね、なんであたしのこと、よんだの?」
「……ぞれ、ばぁ……」
やはり幻覚だ。そうに違いない。ならば、何を言っても構わないはずだ。
「……おばえ、が、いっ、だ、が、らぁ……」
幼い頃、親に連れられ、初めて御三家の子たちが揃って顔を合わせたそのときに。出会ってすぐに、勝手に友達にされたあの日に。
『あたしあなたの友だちなんだから、なんでも言っていいわよ。だってあたしたちがみんな力をあわせたら、できないことなんてないんじゃない?』
あの時の彼女の煌めく言葉を、とうに忘れていたはずの言葉を思い出した。だからつい彼女の名を呼んだ。そういうことらしいのだ。ヴィラーレは自分でも不思議な気持ちになった。
「……よくできました。じゃあ、力をあわせるから、すこしだけまつのよ!」
「あばせ、る……」
「あなたもがんばりつづけるのよ! だってあたしがいるんだもの、あきらめるりゆうなんて無いでしょ?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、また、あとでね! ぜったいよ!」
……幸せな幻想の声がフッと止んで、そこには鏡の破片が転がっているだけだった。ヴィラーレは頭を抱える。
「「ギャ、メ……ぅああ……だず、け……」」
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