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18*だいじょうぶって言ったでしょ?
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「わ、私には、今、あなたのお嬢様を、カメリア様を傷つける意志は、ありません」
自らを「憑き物」の「占守椿」と名乗った少女は、カメリアの体を震わせた。
「そ、それで、その、私は、わた、わたし、は――」
「キャメル、ごめんなさい。約束したばかりで悪いけれど、お母さん少し話を止めちゃうわね」
そう言ってマレシェルビアは……少女の体を思いっきり抱きしめた。
「! あ、あ、あの、」
「初めに言わせてちょうだい。……初めまして、椿さん。大変だったわね。貴女も辛かったわね。苦しかったわね。何を言われて何をされるかと怖かったでしょう。今でも怖くて仕方がないでしょう。それでも今、こうして私に会いたいと言ってくれてありがとう。話したいと言ってくれてありがとう。ありがとうね」
「わ、わた――私――」
背中をポンポンと優しくさすられて、少女の声がにじむ。言葉にならない音が流れて、次第に悲鳴のような泣き声に変わってゆくのを、母は静かに聞き続けた。
「――偉大なる大九つ神が第三の顔、虎頭陀様にお知恵をいただきました。私は今、カメリアお嬢様のお体になじんでしまった、意思のある魔力の欠片だそうです」
「響玉ではトラスタ様のことをそうお呼びするのね……いえ、置いておきましょう。キャメルと貴女に起きたことは、呪術のせいだと思って良いのね?」
「はい。呪術では意思あるものを二つ以上に分けることができると考えられているので、おそらく。ただ、何故私がこのような状態になってしまったのかは、分かりません」
「そう……貴女のことを教えてくれる? 辛いかもしれないけれど、占守家について」
「はい」
少女の体に緊張が走るのをマレシェルビアは感じ取る。
「私は、占守家の人形です。お館様方との血の繋がりはありません。あの、人形というのは、呪術を用いる際の術者様の体の負担を代わりにお受けするお役目です。人形の適性がある者には、どんな生まれの子どもでも、呪術家の名字をいただく名誉が与えられるのです」
「それは……」
「私はとても幸運でした。人形に適しているだけでなく、自らも呪術を使うことができました。占守を頂けるなんて、これほど嬉しいことはないのです」
「そう……そうだったのね……」
「お、お気に障りましたら申し訳ありません」
マレシェルビアの表情を見て、少女は怯えを見せる。
「いいえ。違うのよ」
もう何度目になるだろう、マレシェルビアは頭を撫でた。
「キャメルの中で目覚める前のこと、もう少し聞かせて?」
「はい。といっても、ほとんど覚えていないのです。占守のお屋敷が何者かの襲撃に遭いました。私はお館様の身代わり――姿を変える呪術でお館様を狙う者を引きつけたのですが、逃げきれずに、喰らう蛇神様のお力を使いました」
「蛇神?」
「その時私にできる中で最も強力な呪術でした。いざというとき、捕まりそうになったら使うようにとお館様からいただいた術です。――はだのかみ、やとのぅかみ――とお呼びする小神様です」
「ヤトノ、ね」
「それで私は死んだはずだったのですが――気がつけば、カメリアお嬢様のお体と同化していました――」
その時のことを思い出したのか、少女は胸を押さえた。
「大丈夫よ。少し深く息をなさい」
「――ありがとうございます。お嬢様と同じことを仰るのですね」
「カメリアと同じ?」
「カメリアお嬢様もずっと、『だいじょうぶ』『ゆっくり息をして』と言ってくれました。『おちつくまでそばにいてあげるわ』とも。角持ちの人々のことを知らず、自分の体が鬼になってしまったのだと思って暴れてしまった私に、何度も、何度も、私が落ち着けるまで、話し合えるようになるまで、何日も何日もかけて。私がいきなり入ってきて、恐ろしかったのはお嬢様も同じだったでしょうに――私がこうして状況を理解し、お嬢様と話し合い、お母上に全てを打ち明けようと思えたのは、全て、私と話し合おうとし続けてくださったカメリアお嬢様のおかげです!」
また泣き出しそうになった少女の口から、ふいに、「ちょっと、つばき!」と早口が漏れる。
「はなしがちがうわよ! あたしのこと、おじょうさまってよばないってやくそくしたじゃない! よそよそしいのよ! そ、それに、あたしのことそんなふうにつげ口するの、よくないわよ」
恥じらう少女の頬に、母はそっとキスをした。
「貴女も頑張ったのね、キャメル。お母さんは貴女のことをとても誇りに思うわ」
「……そう? ほんとに?」
「ええ。ゆっくり話をしましょう、これから……皆と、貴女たち二人とで」
自らを「憑き物」の「占守椿」と名乗った少女は、カメリアの体を震わせた。
「そ、それで、その、私は、わた、わたし、は――」
「キャメル、ごめんなさい。約束したばかりで悪いけれど、お母さん少し話を止めちゃうわね」
そう言ってマレシェルビアは……少女の体を思いっきり抱きしめた。
「! あ、あ、あの、」
「初めに言わせてちょうだい。……初めまして、椿さん。大変だったわね。貴女も辛かったわね。苦しかったわね。何を言われて何をされるかと怖かったでしょう。今でも怖くて仕方がないでしょう。それでも今、こうして私に会いたいと言ってくれてありがとう。話したいと言ってくれてありがとう。ありがとうね」
「わ、わた――私――」
背中をポンポンと優しくさすられて、少女の声がにじむ。言葉にならない音が流れて、次第に悲鳴のような泣き声に変わってゆくのを、母は静かに聞き続けた。
「――偉大なる大九つ神が第三の顔、虎頭陀様にお知恵をいただきました。私は今、カメリアお嬢様のお体になじんでしまった、意思のある魔力の欠片だそうです」
「響玉ではトラスタ様のことをそうお呼びするのね……いえ、置いておきましょう。キャメルと貴女に起きたことは、呪術のせいだと思って良いのね?」
「はい。呪術では意思あるものを二つ以上に分けることができると考えられているので、おそらく。ただ、何故私がこのような状態になってしまったのかは、分かりません」
「そう……貴女のことを教えてくれる? 辛いかもしれないけれど、占守家について」
「はい」
少女の体に緊張が走るのをマレシェルビアは感じ取る。
「私は、占守家の人形です。お館様方との血の繋がりはありません。あの、人形というのは、呪術を用いる際の術者様の体の負担を代わりにお受けするお役目です。人形の適性がある者には、どんな生まれの子どもでも、呪術家の名字をいただく名誉が与えられるのです」
「それは……」
「私はとても幸運でした。人形に適しているだけでなく、自らも呪術を使うことができました。占守を頂けるなんて、これほど嬉しいことはないのです」
「そう……そうだったのね……」
「お、お気に障りましたら申し訳ありません」
マレシェルビアの表情を見て、少女は怯えを見せる。
「いいえ。違うのよ」
もう何度目になるだろう、マレシェルビアは頭を撫でた。
「キャメルの中で目覚める前のこと、もう少し聞かせて?」
「はい。といっても、ほとんど覚えていないのです。占守のお屋敷が何者かの襲撃に遭いました。私はお館様の身代わり――姿を変える呪術でお館様を狙う者を引きつけたのですが、逃げきれずに、喰らう蛇神様のお力を使いました」
「蛇神?」
「その時私にできる中で最も強力な呪術でした。いざというとき、捕まりそうになったら使うようにとお館様からいただいた術です。――はだのかみ、やとのぅかみ――とお呼びする小神様です」
「ヤトノ、ね」
「それで私は死んだはずだったのですが――気がつけば、カメリアお嬢様のお体と同化していました――」
その時のことを思い出したのか、少女は胸を押さえた。
「大丈夫よ。少し深く息をなさい」
「――ありがとうございます。お嬢様と同じことを仰るのですね」
「カメリアと同じ?」
「カメリアお嬢様もずっと、『だいじょうぶ』『ゆっくり息をして』と言ってくれました。『おちつくまでそばにいてあげるわ』とも。角持ちの人々のことを知らず、自分の体が鬼になってしまったのだと思って暴れてしまった私に、何度も、何度も、私が落ち着けるまで、話し合えるようになるまで、何日も何日もかけて。私がいきなり入ってきて、恐ろしかったのはお嬢様も同じだったでしょうに――私がこうして状況を理解し、お嬢様と話し合い、お母上に全てを打ち明けようと思えたのは、全て、私と話し合おうとし続けてくださったカメリアお嬢様のおかげです!」
また泣き出しそうになった少女の口から、ふいに、「ちょっと、つばき!」と早口が漏れる。
「はなしがちがうわよ! あたしのこと、おじょうさまってよばないってやくそくしたじゃない! よそよそしいのよ! そ、それに、あたしのことそんなふうにつげ口するの、よくないわよ」
恥じらう少女の頬に、母はそっとキスをした。
「貴女も頑張ったのね、キャメル。お母さんは貴女のことをとても誇りに思うわ」
「……そう? ほんとに?」
「ええ。ゆっくり話をしましょう、これから……皆と、貴女たち二人とで」
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