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03*傷つけられやしませんわ -2

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 ウィザヴォード辺境伯家はラトナラジュ国で、いや周辺諸国も含めた中でも最も特別な御三家の一つとされる。
 御三家の当主は代々、家督を早々に子に譲り、「占主」として主に神事を行う。占主は大鏡の前で神占術の儀式を行うことで、神と直接交信し、神託を頂くことができるのだ。

 細かい話は置いておくにしても、神とはなんぞや、という話だけは欠かせないだろう。
 この世界におわす神は「ジュナイン」とお名乗りになっている。ただしこれはの話。神は九つの「顔」をお持ちである。ディサド、ノスティ、トラスタ、ズィルハ、ラトゥカ、プラクト、カーミル、アルバン、ハドォス。それぞれに異なるお姿と性格をお持ちで、まあ分身のようなものらしい。
 そして、第三の顔トラスタ神は、ウィザヴォード家をお気に召していつも神託を下さる、陽気にして実に軽やかなお方でいらっしゃる。



『ん? もっかい言う? いいよー。んーと「」って奴? を治さないと、お前の孫、数年以内にさっくりザックリ死ぬから。いやー、久しぶりにオハナシしに来てくれたと思ったら面白い運命と良い表情してんねー、ガルガル。やっぱウィザって飽きないなー』



 偉大なるトラスタ神はウィザヴォード家を「ウィザ」占主ガルードを「ガルガル」とお呼びになるが、それも些事として置いておこう。今重要なのは、孫娘カメリアの異変を知った占主ガルードが儀式を行い、神に救いを求めた結果、得られた返答がとんでもないものだったことだ。

「トトト、トッ、トラスタ様! それはどういう……いえ、な、何がカメリアに起きるのですか?!」
『んー、ガルガルに理解出来るかなー。のろいについて詳しい? お前』
「呪い……呪術、というと、響玉ゆらたま国を中心とした魔術で、我々の占術と根本は似たものだと理解しておりますが……」
『あー違う。じゃなくて、扱える?』
「それは……いいえ」
『じゃ言っても無理かなー。終わり! 俺帰るけど、またいつでも呼びなよ。というか暇だし、毎日でもいいぜ』

 そして交信は途切れ、慌てふためいたガルードは皆の元へと駆け出した。

「大変じゃ!」

 そして時は一族が揃った場面へ戻る。





「呪術……ねえガル、あなた、たしか若いころに一度、響玉国の近くに行った事がありましたわよね」
「おお、流石はエレン、よく覚えとるのう。あれはほとんど予言による護衛と人数合わせ程度の仕事じゃったから、使節団の随行に必要な程度の知識しかワシは持たなんだ。確か、あの時の使節団にいた通訳の男が諸国の風習に詳しくて……そうだ! 奴なら呪術について何か知っているやもしれん!」

 妻の言葉に答えていたガルードは、ハッとして膝を打つ。

「決まりじゃ! 先触れを出せ。なんとしても今日のうちに話を聞くぞ」
「お父さん! どうか、カメリアの事は内密にお願いします」
「ほう。つまりそれは……」
「はい、決めました。皆も聞いてくれ」

 ダヴラスはあまり高くない背を張った。

「ウィザヴォード家当主として宣言する。これから我々はカメリアの為に、『憑き児病』について調べ、治療法を何としても見つけ出す。その為には、何をしてくれるかも分からない修道院にキャメルをやるわけにはいかない!」
「「じゃあ、父上……」」
「憑き児の事は我が家だけの秘密だ。キャメルは別の、流行り病に罹って療養中ということにする」
「若旦那様あ~!」
「よく言ってくれましたわ、ダヴ」

 拍手と魔法でできた光の粒が巻き起こり、活発な対策会議が始まった。
 このギラついた熱狂の光景を目撃すれば、世のデザイナーは翠緑ウィザグリーンを穏和な色のイメージとして扱うのを止めるかもしれない。

 それって神殿にウソつく大罪じゃん、とか野暮なことを言う人はここにはいなかった。神から直接お告げを受ける家が神殿をあまり信用していないって、何かこの国変だよなあ、とか、そういう事を言う人もいない。それから勿論、長年治療法が見つかっていない病を数年以内に治せるようにするというハードモードな状況に落ち込む人も、不思議といなかった。ただ誰もが自分にできる事を考え、口にしていく。
 その理由は明白で……

「それでは各々、秘密裏に、そして全力でかかるぞ! 全てはカメリアのために!」
「「「「「「カメリアのために!」」」」」」

 ウィザヴォード家は末娘カメリア誕生の瞬間から、いやその前から彼女が可愛くて可愛くて仕方がない者たちの集まりなのだ。



 ところでウィザヴォードの領地は国の最北に位置し、その北には未開の樹海も広がる、冬にはたいそう寒さの堪える地域だ。外からの寒気を断つため、どの家も壁や窓や扉を分厚く作る。
 それはこの地に住まう彼らにとって思いもかけない幸運をもたらした。
 極秘会議のはずがたいそう盛り上がってしまった騒ぎ声は、屋敷の壁と分厚いガラスに遮られ、不意に門の前に停まった馬車から降り立った耳ざとい少年には、一切聞こえなかったのだ。

「ごきげんよう、急な訪問になってしまい申しわけありません。どうか占主さまか当主さま、できれば、お嬢さまにも、お目通りを願いたいのですが」

 中の熱狂ぶりなど知らず、少年はやけに大人びた声色と仕草で門の外から声をかけた。

「名乗るのがおくれてしまいました。わたくしは、クリサンセム=ゾーゼラーと申します。覚えておいでですか?」

 カメリア嬢のことを考えて気もそぞろだった玄関番のメイドは、その名を聞いて、少年を見て、思わず卒倒しそうになった。

 サラサラの黄金髪に、鮮やかな紅色の宝石のような巻き角が二つ。隣国ラプスプールの貴族で、神占術御三家の一つ、ゾーゼラー辺境伯の血を引く者に間違いない。その上、この糸目で不気味なほど落ち着いた少年にメイドはかつて会っていた。

「ク、クリサンセム様! なぜ、この国に……?!」
「亡命です」

 思わず聞いたメイドに対し、少年はニコリと笑ってみせた。
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