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Smallest Q.1 王都・ラスティケーキ
016_*怪人オペラ③&???
しおりを挟む突然だが、魔菓子はほとんどが、実在する動植物や物に似ている。
牛型キャラメル、砂糖スライム、タルト蜘蛛、クリオネ型プラリネ……。それらは元々、普通の動植物だったものが、綿あめ雲から降る飴水の汚染で変化してしまったものだからだ。500年もの間に変化して生物の面影がなくなっているものもあるが、鳴き声を上げたり何かしらの生態を持つところに名残がある。
しかし、汚染されても人間は魔菓子にならない。糖病や脂肪病で死んでしまうだけだ。死体が汚染されたとしても、魔菓子にはならない。身体の抵抗力が強いからだ。
だから、人間の形をした魔菓子ーー魔菓人は、特別な存在だ。汚染によって生物が変化して生まれたのではなく、汚染をこの星にもたらすために宇宙からやってきた存在そのもの。綿あめ雲の上に普通は棲み、勇者を倒し、時に気まぐれのように地上に降りては人間を殺す。そういう存在。人間のように個体ごとに名前や個性を持つ、いわゆる「唯一個体」だ。
……とはいえ、高脅威度の魔菓子の中には人間に近い形をしたり人間と同じ言葉を喋る、いわゆる変異種も多いので、人間に近い形をしているというだけで魔菓人だと決めつける事はできない。いや、ほぼほぼ間違いないのだが。
「怪人……か」
というわけで、慎重派のライズは、実は、男が「怪人」と名乗った事でやっと、魔菓人なのだと認識を確定させていた。それまでは、最悪の事態を想定しつつも実は弱い魔菓子とかいう期待も抱いたりしていた。それからもう一つ、ライズには気になることがあったのだが……。
(……ま、今やる事は変わんないけど)
一方、アレンは迷いなく舞台上の男ーー「オペラ座の怪人」に、駆け寄りつつ、投げナイフを投擲していた。
「やっと本体晒したなっ!」
だいぶ距離がある以上、当たる事は想定していない。ただ、どう避けるのかなど動きを見て、ホログラムでは見つけられなかった弱点を炙り出すための攻撃だった。ナイフだけで戦うアレンにとって、投げナイフは重要な斥候だ。
「グレイト! 素晴らしい反射神経だ」
男はーー「怪人」は、投げナイフを片手で受け止めるとクルリと指で回した。
「質も良い。ここまで良いナイフを投げて使い捨てるのは勿体無いんじゃあないかい?」
「うるせえ、関係ないだろ」
「なら、ありがたく僕のコレクションに加えようかな。それと……その大きなナイフ剣も。舞台には煌めくカトラリーが似合うからね」
「『幻鏡剣』は渡さねえしお前はここで倒す!」
アレンはシルエットミラーの間合いより少し距離を取ったところで立ち止まり、柄に手を掛けたまま様子を伺う。アレン一人ならこのまま切り込むくらいの気合でいたのだが、ライズに先ほど釘を刺されたせいで様子を伺うことにしたのだ。
(……気に入らねえけど、さっきは魔法で世話になったし)
ドロシーとの戦闘中、アレンは自分がライズの護衛ばかりで直接ドロシーを倒してない事を少し気にかけていた。ライズはアレンに助けられたと思っているのだが、アレンとしては自分に出来ないやり方でライズにばかり戦わせてしまったと思っている。お互いソロでやってきたので、連携プレイの感覚が掴めていないのだった。
「なるほど、『シルエットミラー』と言うのか。お気に入りの食器に名前をつける習慣は残っていて良かった。名入りをコレクションに加えるのは気持ちが良いからね」
怪人はというと、本当にアレンの投げナイフを折り畳んでポケットに収めた。
「気持ち悪いな」
「そうかい? 君たちが魔菓子を倒した時だって、ドロップ品とやらを持ち帰るだろう?」
「そうだけど……」
「同じ事だよ」
「っ、そーかよ!」
と、そこでアレンは、ライズがさっきから全然動かず喋りもしないのに気づいた。
「おいライズ、どうした? ビビってんのか?」
「別に。呑気に魔菓人と話してる君の方が不思議だよ」
「あっちが喋ってくるんだからしょうがないだろうが」
「……まあ情報収集にもなるし、悪いとは言わないけど、ぶっちゃけ変人だよね」
「あ?」
頭に血が上ったアレンは、こんな時だというのに完全にオペラ座の怪人から目を離して振り返り、ライズを睨みつけた。
……実のところ、アレンの怒気を伝えるには表情を見せるより声だけ聞いていた方が良かったりする。元々が可愛らしいアレンの顔立ちでは、どう頑張っても可愛さに気を取られてしまい怒りを十分に表現できないのだ。それはさておき、ライズは怒りの表情(恐れさせるつもり)のアレンに説教の一つでも言ってやろうと口を開く。
「魔菓人は人間じゃない。魔菓子が動植物とは別物なのと同じ。人間扱いしたくなるのも分かるけど……」
「いや、そこは混同してない。魔菓子は魔菓子だろ」
「じゃあ呑気に話さないでくれる? てか、魔菓人初めて見た奴のしかるべき反応じゃないんだよ君。本当に魔菓子だって分かってる? 人間みたいに喋って知能もあるけど、あれ人間じゃないんだからね?」
納得がいかない風でやけにしつこく言ってくるライズに、アレンは首を傾げる。
「いや、初見の反応期待されてもな。新人を狩場に連れ回すおっちゃん冒険者かよ。そもそも俺、人型の魔菓子見たことあるし」
「は?」
「倒した事もあるし」
「は……?」
ライズは動きを止めた。思考も止まっているかもしれない。
「ほら、ピンククグロフ山でカガミロワール倒したって言っただろ。あいつ人間っぽい形してたし喋ってきたんだよ。あいつも話通じなかったし、倒したけど」
もしここにアレン以外の人間がいれば、フードの中が見えずともライズの表情を当てられただろう。
Lv500魔菓子カガミロワールは、さまざまな鏡の集合体をしたミロワールなのだ。人間の形なんて取らない。
それがもし、人間のように喋る、人間っぽい形の魔菓子だったとすれば、それは……
「……それ魔菓人じゃん! なんで最初から言わなかったわけ?!」
ライズは飛び蹴りをかましそうな勢いでアレンに物理的に突っ込んで襟首を掴んだ。
「いやいや、ピンククグロフ山に魔菓人なんているわけないだろ。多分人間っぽい形に進化したただのミロワールだって」
「だとしても変異種ならLv500超えてる可能性あるでしょ? 報告しろよ!」
「いやいやいや、考えてもみろよ。ただ『ミロワール倒した』っつっただけで、ギルドも信じてくれなかったんだぜ? お前も少し疑ってただろ?」
「それは……まあ」
「最初からミロワールの変異種倒した、人間っぽい形だった、なんて言って、お前信じたか?」
「そ、それは……」
ライズは何も言い返せず黙り込んだ。
一方、仮面の男はというと……特に防御面がら空きの冒険者を攻撃するでもなく、アレン達の話を面白そうに聞いていたが、ふいに、また爆笑し始めた。
「ははははははははっ! まさか、スイート、アイズオブブルーベリー、君達がミロワールの彼を倒したのかい? これは傑作だ! ああ、誰か脚本を書いてくれたまえスポットライトを当ててくれたまえ! そうしたら骨の髄まで見事に滑稽に演じきってみせようじゃないか!」
「え、な……何なんだこいつ」
「君さっきからそればっかり言ってるじゃん……でも僕も同感」
ドン引きした2人を気にもせず、仮面の男はまだ哄笑していた。
「素晴らしい、素晴らしいよアイズオブブルーベリー! こんな喜劇があるだろうか! あのミロワールを、矮小な人間が倒したなんて……彼に、晴れの目もみず矮小な人間ごときにあっさり倒されるという惨めな最期を迎えさせるなんて……ああミロワール、君の言っていた通りだ、くくっ、はははははははっ! "死ぬまでその者の真価は"、くくっ、"分からない"、だったか? くくくくっ、はははっ! その通りだね君はとんでもない最期をもって私に教えてくれた! 今どんな気分だいミロワール? あはははははははははっ!」
「……うわぁ」
「よく分かんないけど……お前の知り合い? の魔菓子? 倒されたって聞いて怒んないのか?」
「まさか! むしろ感謝しているよアイズオブブルーベリー。君のお陰で、あの忌々しいミロワールが死んだんだ! 快晴の空のように清々しい……おっと、雲の晴れないこの世界に快晴という言葉は残っているのかな? はははははっ」
「あー、確かにこいつ、カガミロワールの同類っぽいな。話が、全く、通じねえ……」
「……まあ、魔菓子側も一蓮托生じゃないって事かな?」
「はははははっ……こんな上質な笑いを提供してくれた君たちには、最高の歌劇でもって応えないといけないね?」
それは一瞬だった。
軽口を叩いていてもドン引きしていても、喧嘩腰で言い合っている時だって、ライズが思考停止した瞬間以外、二人は別に気を抜いていたわけではなかった。いつどこから襲われるか分からない迷宮という場所で、適度に気を抜きつつ警戒も続けるのは冒険者に必要な技術だ。
気を抜いていたわけではなかったのに、すぐには対応できなかった。
瞬きをするうちに、アレンが投げ縄に身を捕らえられた。
次の瞬間には、ライズが構えた銃から砂糖菓子の花が飛び出す。
「「っ!」」
次の瞬間、アレンが身をよじって投げ縄を切り、
次の瞬間、ライズが投げたボムが舞台で爆発し、
同時にアレンがナイフを投げ、
次の瞬間、ボムの爆発の中から煙幕が噴き出した。
「何なんだよこいつ、奇術師か?」
「うっ」
「ライズ?!」
嫌な声にアレンは焦るが、煙でよく周りが見えない。
「大丈夫か?!」
臭いだけでなんとかライズのいるらしき方向を目指して走る。
「危ないっ! 下がって!」
天から凛とした、それでいて透き通るような声色が響いたのはその時だった。
「誰ーー」
思う間も無く問う間も無く、天井に飾られていたシャンデリアが落ちてきて、煙幕の中に轟音を立てて落ちた。
その上には、つば帽子をかぶったローブ姿の人間が一人、立っていた。
*****
No.015 オペラ座の怪人(Ghost Opéra)?
*魔菓人・オペラ
Lv???? Cal:???? Bx:????
長い間、ラスティケーキ迷宮の底に住処「オペラ座」を作り潜んでいた魔菓人。高度な知性を持つ。自らを何かの歌劇のキャラクターに例えているようで、敵を「観客」と呼んだりする。「オペラ座」へ招かれるには怪人に「チケット」を所持していると認められる必要がある(条件は不明)。
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