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Smallest Q.1 王都・ラスティケーキ
011_狂魔女ドロシー&魔法戦②
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「じゃ、第1ラウンドと行こうか」
それを合図にしたかのように、2人の魔法使いはひざまずき、同時に詠唱を始める。
「地神よ加護を……」
「水神よ加護を……」
ドロシーはアレンの事など眼中にないし、アレンからしても、先ほどのような素早い水攻撃を受けながら、かつ詠唱中で丸腰のライズを守りながら近づいて攻撃を仕掛けるのは難しい。投げナイフを使おうにも、体を液化させて無効化してしまうだろう。それに、アレンはやはり人間の女に攻撃することにためらいを捨てきれなかった。結局、ライズの不利を補い、ドロシーの不意打ちから完璧に守るために近くで控えるしかない。
魔法の詠唱は長いほど高度になる。得意の水魔法を唱えるドロシーに対し、ライズがどこまで唱え続けられるかが勝負になる……がしかし、驚くほど早く、先に詠唱を止めたのは、ドロシーだった。
「へへっ……へっへへへへ……苦しまぎれの地魔法とはね! 初級の魔法じゃ効かないと言ったじゃあないか」
ライズの足元に描かれていく黄金色の魔法陣を見て、ドロシーは思わず笑ったのだ。当然詠唱は中断してしまい、ドロシーの足元には初級の魔法陣しか描かれていない。
「まあいいさ。さて、得意でもない地魔法、どこまで力が持つかな? 中級まで詠めたら褒めながら殺してやろうかなぁぁぁ」
「……地神よ水切りの加護を、我の全てをもって、加護を受けるべき価値に変わりなしと誓う……」
ライズは無視して唱え続ける。次々に模様が描き足されていく。
「ほらほら詠め詠め、まだ効かないよぉ!」
「……偉大なる仮名において、この身のまま我、硬くあれども肥やし、拒むが受け入れもし、呑み込んでは繋がる……」
「……っ?! おいおい、どこまで……」
余裕そうに煽っていたはずのドロシーの顔色が段々と変わった。どこまでも唱え続けるその様は圧巻で、気圧されたドロシーは途中で攻撃を仕掛ける事すら忘れてしまう。
「……我、神に伝うる事叶おうか。我、偉大なる仮名神に誓う事叶おうか。伝われ、偉大なる仮名において、地神よ水切りの加護をっ!」
橙の魔法陣が煌めき、地面からせり出した巨大な岩壁が、砂煙を上げながらライズの前にせり出した。キラキラと光る宝石が壁面には彩られ、美しさまで備えている。
「そんな……これほどの魔法が、火魔法使い風情に……」
「初めからこうすれば良かったか。それとも、初めからこうしてたら変な事言い出して余計に面倒だったかな。君みたいな言い訳ばっかりの奴には逃げ材を与えないに限る」
ライズは岩壁から宝石を飛ばして、ドロシーを攻撃した。半端に組まれた水魔法の陣は簡単に、地に吸い込まれるように消えた。帽子が飛ばされて、長い髪が舞い上がる。
「自分の得意な属性じゃなくても時間掛ければ上級魔法放てる魔法使いなんていくらでもいるよ。ほら、杖さえあれば最強なんでしょ? さっさと来なよ。土魔法は気魔法で消せるよ?」
第1ラウンド、終了。挑発するように、ライズは指をくいっと曲げた。
「っ……ばぁぁああああかにしやがっってぇーっ!!! 気神よ加護を、我は神に乞うて飛ぶ、気神よ加護を、気神よ風化の加護を!」
「……美しくないね」
怒りで震えるドロシーの足元に浮き出た紫の気魔法陣は、勢いをもって組み上がっていく。が、せいぜい中級魔法程度で、ライズの地陣ほどの繊細さはない。
「はっ、美しさなんて関係無い! あたしは勝つ! 気神よ!」
岩壁に向かって鋭い風が吹く。岩の構造を削り取り、粉にして風化させていく。中級魔法なのにここまで対抗し、飛んできた宝石も風の力でなんとか弾き飛ばすのは、自負するだけ魔法に長けている証拠らしかった。しかし足りない。いくら削っても、荒い魔法では表面を引っ掻くばかりで削りきれない。第2ラウンドなんてするまでもなく、勝敗は明確だった。
「まっっだ、だぁぁあっ! 気神よ……」
「地神よ加護を」
ドロシーの左肩を、宝石柱が貫いた。
「がぁあああああああ、ああああっ!!!」
ドロシーはすぐに全身を液化させるが、液化していなかった時のダメージは消えないのか、大きな悲鳴を上げてのたうち回った。女の悲鳴に、アレンは深く眉をしかめる。
「アレン」
「っ、わーってるよ! 俺たちを襲ってきた以上、容赦する気はねえって。で、でも、殺しはしないだろ。無力化するんだよな?」
「よっぽどのことがなければ」
「よっぽどって……」
「今の悲鳴がダミーの可能性もある。逃げられたら面倒だし容赦はしない」
ライズは水晶の檻を創り出して、その中に液化したドロシーを閉じ込めた。檻といっても球状で、水も抜け出す隙がない。ドロシーは中でバシャバシャと暴れ回るが、簡単には抜け出せそうになかった。
魔法の分からないアレンにしてみれば、あまりにも、あまりにもあっさりと、戦いは終わった。
「っ……」
ギルドにたむろしている中堅冒険者達に尋ねれば、10パーティ中10がライズの行動を「正しい対応だ」と言うだろう。クラレット国王都は治安が良い方だが、それでも冒険者同士の殺し合いなんて年に何度も起きる。襲ってきた相手を殺しても罪には問われない、それがダンジョン内ならなおさらだ。そもそも冒険者の仕事には人殺しーー悪党の討伐なども含まれる。だから、誰でもそのうち慣れてしまうものだ……。
「……君、まさかだけど、人殺した事無いの?」
「!」
アレンは肩を跳ね上げた。
「わ、悪いかよ。別にそういう仕事しなくたって勇者にはなれるだろ。それに、ソロのパーティで盗賊のアジト殲滅の仕事とか回ってくるわけもねえし」
「君、それでよく……はあ、いいや今は。このまま檻引きずってくわけにもいかないし、一度ギルドに連絡取ろうか」
ライズは認定試験用の腕輪に触れる。この腕輪はおおまかな位置を発信している他、緊急時にダンジョンから脱出する機能、ギルドと連絡を取ることができる機能が付いているのだ。腕輪に指を当て、魔力を流して少し待つと連絡が取れる。
「これ、連絡取ったら認定試験落第とかなったりしないよな?」
「流石にないでしょ。それに、まだアレ、完全に無力化した訳じゃないからね。内側から風魔法とか掛け続ければ、そのうち壊れるから。さっさと済ませた方がいい」
「そんなもんなのか……まあ、じゃあ任せた」
「ハイハイ、君は魔力無いみたいだしね」
薄ら笑いを浮かべながらライズが腕輪に触れ、アレンが頬を膨らませた、その時。
「へへへへ……へへへへへっへ、へ」
空気を切り裂くような鋭い水塊が、醜い笑い声と共にライズを襲った。ライズはなんとか避けるが、手首から、切れた腕輪が落ちて転がる。
瓶に取った血というものは、ちゃんと魔法で処理して保存すれば数日で大きく変質しない。しかし、ごくまれに、瓶の中の血が大きく変質してしまう事があるという。それも、血を抜かれた人の体の変化に合わせるように変化するのだ。
魔法のない世界ならばさぞ不思議だっただろうこの現象は、この世界では魔力の共鳴……水魔法に長けた一握りの人だけに起きる、体液を媒介とした分身化、と理解されている。完璧な分身を作り出した前例は無いが、水魔法はそれに近い、意思を共有した別個体を分裂によって作り出すポテンシャルを秘めているのかもしれない……。
と、いうのが、ライズが知っている限りの事で。
もしかしたら、今、ここに居るのが初めての例になるのかもしれなかった。
「へへへへへ……へへ……」
ユラユラとゼリーのように揺れる水の塊は、ドロシーの形をして、ドロシーのように笑い、手を掲げた。そこにはもう一本、ドロシーが持っていたのとは違うピックの杖を構えている。
「くっ……」
ライズは焦り声をあげた。落ちた腕輪を拾いもせずに、じっとドロシーの形をした水塊……おそらくは、分身と向き合う。
「な、何なんだよあれ! あいつ無力化したんじゃないのか?!」
「こんな事……想定外だよ」
「で、でもお前強いんだよな?」
「……」
「どうしたんだ?」
ライズは、顔はドロシーの分身に向けたまま、フードの奥で深いため息をついて腕をまくった。チョコ色のやや細腕の肌には、先ほどドロシーを見つけるために唱えた魔法、感熱魔法の赤い魔法陣がまだ刺青のように貼り付いている。
「感熱魔法って知っての通り上級魔法なんだよね。その効果が近くの人を熱で感じられるだけってショボいと思わない?」
「おう?」
「魔法を使うのにはエネルギーを使う。そして、エネルギーを使うなら熱が生じる。感熱魔法は、人体が発するかすかな熱や動き出す直前の熱生産も感じられる……つまり、一瞬早く攻撃を予測できる」
「それが?」
「……だから……」
言いにくそうにしていたライズは、急にアレンに振り向いて声を張り上げた。
「……その魔法のお陰で、今までは攻撃を全部避けれてたわけ!」
「えっ、そうなのか?!」
「そうだよ、君みたいな近接向きじゃないんだよ僕は! どうせ迷宮の罠すら感知できないし、あの大量のプラリオネに絡まれて全部捌ける反射神経も無いんだよ! 僕は普通の人間だから!」
わずかにフードに光が差し込み、ライズの目が見えた。燃えるチェリーのような、朱色と紅色が混ざったような鮮やかな赤だ。その目は、怒りというより、羞恥に満ちていた。
それは何というか、初めて見たライズの若者らしい要素だった。ライズの歳なんて外見も知らないアレンには分からないが、張りのある声や背丈、体型から、若いのだろうとは思っていた。もしかしたらアレンとそう変わらないくらい。しかし、精神年齢ではどうも負けているような気がしていた。いつもニヒルな様子で、口を開けば皮肉ばかり、アレンはほとんど言い込められてばかりだ。だからこんな風に、キレて取り乱して声を張り上げて、アレンに対して卑屈ささえ見せるとは思いもしなかったのだ。だって、初めて酒場で出会った時からずっと、自信満々にして、2つ冒険者等級が上のアレンにも堂々として、何も怖がる様子を見せずに……。
(……もしかして、こいつ、結構ギリギリなのに、ずっと虚勢張ってたのか……?)
呆気にとられたアレンは、とっさに声が出ない。臨戦態勢だからというのもあるのかもしれないが、今は不思議と、ライズに張り合ったり嫌味を言う気にならなかった。
それを合図にしたかのように、2人の魔法使いはひざまずき、同時に詠唱を始める。
「地神よ加護を……」
「水神よ加護を……」
ドロシーはアレンの事など眼中にないし、アレンからしても、先ほどのような素早い水攻撃を受けながら、かつ詠唱中で丸腰のライズを守りながら近づいて攻撃を仕掛けるのは難しい。投げナイフを使おうにも、体を液化させて無効化してしまうだろう。それに、アレンはやはり人間の女に攻撃することにためらいを捨てきれなかった。結局、ライズの不利を補い、ドロシーの不意打ちから完璧に守るために近くで控えるしかない。
魔法の詠唱は長いほど高度になる。得意の水魔法を唱えるドロシーに対し、ライズがどこまで唱え続けられるかが勝負になる……がしかし、驚くほど早く、先に詠唱を止めたのは、ドロシーだった。
「へへっ……へっへへへへ……苦しまぎれの地魔法とはね! 初級の魔法じゃ効かないと言ったじゃあないか」
ライズの足元に描かれていく黄金色の魔法陣を見て、ドロシーは思わず笑ったのだ。当然詠唱は中断してしまい、ドロシーの足元には初級の魔法陣しか描かれていない。
「まあいいさ。さて、得意でもない地魔法、どこまで力が持つかな? 中級まで詠めたら褒めながら殺してやろうかなぁぁぁ」
「……地神よ水切りの加護を、我の全てをもって、加護を受けるべき価値に変わりなしと誓う……」
ライズは無視して唱え続ける。次々に模様が描き足されていく。
「ほらほら詠め詠め、まだ効かないよぉ!」
「……偉大なる仮名において、この身のまま我、硬くあれども肥やし、拒むが受け入れもし、呑み込んでは繋がる……」
「……っ?! おいおい、どこまで……」
余裕そうに煽っていたはずのドロシーの顔色が段々と変わった。どこまでも唱え続けるその様は圧巻で、気圧されたドロシーは途中で攻撃を仕掛ける事すら忘れてしまう。
「……我、神に伝うる事叶おうか。我、偉大なる仮名神に誓う事叶おうか。伝われ、偉大なる仮名において、地神よ水切りの加護をっ!」
橙の魔法陣が煌めき、地面からせり出した巨大な岩壁が、砂煙を上げながらライズの前にせり出した。キラキラと光る宝石が壁面には彩られ、美しさまで備えている。
「そんな……これほどの魔法が、火魔法使い風情に……」
「初めからこうすれば良かったか。それとも、初めからこうしてたら変な事言い出して余計に面倒だったかな。君みたいな言い訳ばっかりの奴には逃げ材を与えないに限る」
ライズは岩壁から宝石を飛ばして、ドロシーを攻撃した。半端に組まれた水魔法の陣は簡単に、地に吸い込まれるように消えた。帽子が飛ばされて、長い髪が舞い上がる。
「自分の得意な属性じゃなくても時間掛ければ上級魔法放てる魔法使いなんていくらでもいるよ。ほら、杖さえあれば最強なんでしょ? さっさと来なよ。土魔法は気魔法で消せるよ?」
第1ラウンド、終了。挑発するように、ライズは指をくいっと曲げた。
「っ……ばぁぁああああかにしやがっってぇーっ!!! 気神よ加護を、我は神に乞うて飛ぶ、気神よ加護を、気神よ風化の加護を!」
「……美しくないね」
怒りで震えるドロシーの足元に浮き出た紫の気魔法陣は、勢いをもって組み上がっていく。が、せいぜい中級魔法程度で、ライズの地陣ほどの繊細さはない。
「はっ、美しさなんて関係無い! あたしは勝つ! 気神よ!」
岩壁に向かって鋭い風が吹く。岩の構造を削り取り、粉にして風化させていく。中級魔法なのにここまで対抗し、飛んできた宝石も風の力でなんとか弾き飛ばすのは、自負するだけ魔法に長けている証拠らしかった。しかし足りない。いくら削っても、荒い魔法では表面を引っ掻くばかりで削りきれない。第2ラウンドなんてするまでもなく、勝敗は明確だった。
「まっっだ、だぁぁあっ! 気神よ……」
「地神よ加護を」
ドロシーの左肩を、宝石柱が貫いた。
「がぁあああああああ、ああああっ!!!」
ドロシーはすぐに全身を液化させるが、液化していなかった時のダメージは消えないのか、大きな悲鳴を上げてのたうち回った。女の悲鳴に、アレンは深く眉をしかめる。
「アレン」
「っ、わーってるよ! 俺たちを襲ってきた以上、容赦する気はねえって。で、でも、殺しはしないだろ。無力化するんだよな?」
「よっぽどのことがなければ」
「よっぽどって……」
「今の悲鳴がダミーの可能性もある。逃げられたら面倒だし容赦はしない」
ライズは水晶の檻を創り出して、その中に液化したドロシーを閉じ込めた。檻といっても球状で、水も抜け出す隙がない。ドロシーは中でバシャバシャと暴れ回るが、簡単には抜け出せそうになかった。
魔法の分からないアレンにしてみれば、あまりにも、あまりにもあっさりと、戦いは終わった。
「っ……」
ギルドにたむろしている中堅冒険者達に尋ねれば、10パーティ中10がライズの行動を「正しい対応だ」と言うだろう。クラレット国王都は治安が良い方だが、それでも冒険者同士の殺し合いなんて年に何度も起きる。襲ってきた相手を殺しても罪には問われない、それがダンジョン内ならなおさらだ。そもそも冒険者の仕事には人殺しーー悪党の討伐なども含まれる。だから、誰でもそのうち慣れてしまうものだ……。
「……君、まさかだけど、人殺した事無いの?」
「!」
アレンは肩を跳ね上げた。
「わ、悪いかよ。別にそういう仕事しなくたって勇者にはなれるだろ。それに、ソロのパーティで盗賊のアジト殲滅の仕事とか回ってくるわけもねえし」
「君、それでよく……はあ、いいや今は。このまま檻引きずってくわけにもいかないし、一度ギルドに連絡取ろうか」
ライズは認定試験用の腕輪に触れる。この腕輪はおおまかな位置を発信している他、緊急時にダンジョンから脱出する機能、ギルドと連絡を取ることができる機能が付いているのだ。腕輪に指を当て、魔力を流して少し待つと連絡が取れる。
「これ、連絡取ったら認定試験落第とかなったりしないよな?」
「流石にないでしょ。それに、まだアレ、完全に無力化した訳じゃないからね。内側から風魔法とか掛け続ければ、そのうち壊れるから。さっさと済ませた方がいい」
「そんなもんなのか……まあ、じゃあ任せた」
「ハイハイ、君は魔力無いみたいだしね」
薄ら笑いを浮かべながらライズが腕輪に触れ、アレンが頬を膨らませた、その時。
「へへへへ……へへへへへっへ、へ」
空気を切り裂くような鋭い水塊が、醜い笑い声と共にライズを襲った。ライズはなんとか避けるが、手首から、切れた腕輪が落ちて転がる。
瓶に取った血というものは、ちゃんと魔法で処理して保存すれば数日で大きく変質しない。しかし、ごくまれに、瓶の中の血が大きく変質してしまう事があるという。それも、血を抜かれた人の体の変化に合わせるように変化するのだ。
魔法のない世界ならばさぞ不思議だっただろうこの現象は、この世界では魔力の共鳴……水魔法に長けた一握りの人だけに起きる、体液を媒介とした分身化、と理解されている。完璧な分身を作り出した前例は無いが、水魔法はそれに近い、意思を共有した別個体を分裂によって作り出すポテンシャルを秘めているのかもしれない……。
と、いうのが、ライズが知っている限りの事で。
もしかしたら、今、ここに居るのが初めての例になるのかもしれなかった。
「へへへへへ……へへ……」
ユラユラとゼリーのように揺れる水の塊は、ドロシーの形をして、ドロシーのように笑い、手を掲げた。そこにはもう一本、ドロシーが持っていたのとは違うピックの杖を構えている。
「くっ……」
ライズは焦り声をあげた。落ちた腕輪を拾いもせずに、じっとドロシーの形をした水塊……おそらくは、分身と向き合う。
「な、何なんだよあれ! あいつ無力化したんじゃないのか?!」
「こんな事……想定外だよ」
「で、でもお前強いんだよな?」
「……」
「どうしたんだ?」
ライズは、顔はドロシーの分身に向けたまま、フードの奥で深いため息をついて腕をまくった。チョコ色のやや細腕の肌には、先ほどドロシーを見つけるために唱えた魔法、感熱魔法の赤い魔法陣がまだ刺青のように貼り付いている。
「感熱魔法って知っての通り上級魔法なんだよね。その効果が近くの人を熱で感じられるだけってショボいと思わない?」
「おう?」
「魔法を使うのにはエネルギーを使う。そして、エネルギーを使うなら熱が生じる。感熱魔法は、人体が発するかすかな熱や動き出す直前の熱生産も感じられる……つまり、一瞬早く攻撃を予測できる」
「それが?」
「……だから……」
言いにくそうにしていたライズは、急にアレンに振り向いて声を張り上げた。
「……その魔法のお陰で、今までは攻撃を全部避けれてたわけ!」
「えっ、そうなのか?!」
「そうだよ、君みたいな近接向きじゃないんだよ僕は! どうせ迷宮の罠すら感知できないし、あの大量のプラリオネに絡まれて全部捌ける反射神経も無いんだよ! 僕は普通の人間だから!」
わずかにフードに光が差し込み、ライズの目が見えた。燃えるチェリーのような、朱色と紅色が混ざったような鮮やかな赤だ。その目は、怒りというより、羞恥に満ちていた。
それは何というか、初めて見たライズの若者らしい要素だった。ライズの歳なんて外見も知らないアレンには分からないが、張りのある声や背丈、体型から、若いのだろうとは思っていた。もしかしたらアレンとそう変わらないくらい。しかし、精神年齢ではどうも負けているような気がしていた。いつもニヒルな様子で、口を開けば皮肉ばかり、アレンはほとんど言い込められてばかりだ。だからこんな風に、キレて取り乱して声を張り上げて、アレンに対して卑屈ささえ見せるとは思いもしなかったのだ。だって、初めて酒場で出会った時からずっと、自信満々にして、2つ冒険者等級が上のアレンにも堂々として、何も怖がる様子を見せずに……。
(……もしかして、こいつ、結構ギリギリなのに、ずっと虚勢張ってたのか……?)
呆気にとられたアレンは、とっさに声が出ない。臨戦態勢だからというのもあるのかもしれないが、今は不思議と、ライズに張り合ったり嫌味を言う気にならなかった。
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