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ナナフシギ喫茶@廃高等学校B
ななきつ⑹
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あたし、どぉ~しても言いたいことがあるのよね。
……多機能トイレの位置を知らせるアナウンス、「滝のおトイレ」って言ってるように聞こえない?
はい。なんか出だしを完全にミスったなって思ってる屋城蓮子だよ。うっ、絶対滑ったよね今の。架空のリスナーの冷たい視線が突き刺さる。ちなみに少し前を今歩いてる虚宮なにがし君にさっき話して一敗してる。なぜそこで諦めなかった、あたし。だって、言いたかったんだもん(女の子なんだもんの言い方で)。
「それより突っ込むところあるよな」
「そう、そっちをさっきに言うべきだったよね……」
Q, ツッコミどころってなーに?
A, さて虚宮さんみなさん一緒にどうぞっ、
「「トイレで飲食店開くなっ!!」」
あ、乗ってくれてありがとダウナー少年虚宮君。
あたし達が今向かってるのは一階にある多機能トイレです。マジで? マジで言ってる? トイレの花子さん的な怪異が待ってるんでしょ知ってますよどうして喫茶店にした! 企画者にグーパンだねこれは。最初の理科室にいた人体模型とか骨格標本が首謀者ならいっぺんバラけて出直して、って気分。
「あのさ、個室内でなんか出てきたらあたし拒否してもいい……?」
「……一応、この時代のは知らないが世間一般のトイレは清掃されていれば清潔度に問題はない……多分」
「そもそもトイレでカフェる方が馬鹿じゃない? あたし達悪くなくない?」
なくなくなくない? なく↑なく↓なく↑なく↓なく→なく→なく↓ない?
「……まあ」
流石の虚宮君も嫌そうじゃん。ほらトイレの幽霊だか化け物、この嫌オーラを感じ取るんだ! 自重して!
「……と、あそこだな」
「何かドアに貼ってあるね」
あたしはドアの前に小走りで行ってみる。と、?
「……なんか、多機能トイレのマークの上に女子トイレマークが書かれてるんだけど」
「そうみたいだな」
「男子禁制って事?」
「……そうかもな」
じゃあなんで多機能トイレにしたの?! ただの滝の音流す機械を中に入れてる女子トイレ、略して滝の音入れだとでも?!
「……これ、あたし1人で行かなきゃダメ? 嫌なんだけど」
「これがこの場所のルールなんだろ。従っておいた方がいいと思うぜ」
「えー、やだー」
「……」
虚宮は無言でカイロをまた2つ取り出した。そのポッケの中、ラノベファンタジーで流行りの異次元無限収納かな? 無言の圧力がめっちゃGかけてくる、うん分かった行きますよ行くって。あたしはカイロを受け取って、もう背中とかに付けておく。
「絶対前で待っててよ!」
「おう」
「助けてって言ったら助けてよ!」
「分かった」
ボタン式じゃないから取っ手をスライドさせて中を見る。少し旧型な気がするけど、ちゃんと多機能トイレだ。異常は見えないし、清潔そうでもある。
「……行ってきまーす」
無表情で手を振ってくれる虚宮に見送られて、あたしはドアを閉めた。……と、その途端に、ゾッとするような寒気が背中に広がる。あああああ冷凍庫かよ!
……はい。中は、古めの駅にある多機能トイレって感じ。赤ちゃんのおむつ替えシートとか手すりとか無い、車椅子が入る事くらいしか気が利いてない感じ。そう、中に何もライトアップとか飾り付けとか無い、マジでトイレ。
「もしかして場所間違えた?」
なんだーそっかーうんそうだよね、流石にトイレがカフェ巡りの順路内にあるわけないよねー。安心した!
「……って訳にはいかないことくらい知ってるよ知ってるけど!」
はい、ド ア が 開 か な い ! 内鍵かけてないのにピクリとも動かない! いや鍵掛けててもスライド式のドアなら少しは動かせるって。ホラー物で出てくるご都合主義の「空間にドアが固定されている」って奴だよ、これ!
「ううう……誰か中にいるの……?」
おっと、情けない声が出た。だって寒いし正直怖いんだもん。怖いよ? 赤い紙青い紙って知ってる? よく考えてもあれ怖いよ?
と、現実逃避モードで架空のリスナーに喧嘩腰になるやべー奴と化したあたしの目がようやく異変を見つけた。トイレの隅に黒いモヤがある。なんか、人間っぽいような形を取ってる気がする。人間が……こう、三角座りしてる感じの形。
「うわ汚っ」
つい口からぽろっと言葉が出た。だって、オンザフロアだよ? フロアオブトイレットだよ? ネイチャーがコールズミーしてる場所の床の上だよ?
「……いや、いやいやいや流石に幽霊でも無理かな……」
あたしは黒いモヤからスススッと離れた。
〈……ちょっと! 聞きなさいよ。あのね、別にドアの向こうから色々酷い言い様が聞こえたからって訳じゃないけど、全然そんなの気にしてないけど、まあ初めに言っときたいんだけど。あなたの知ってる喫茶店にはトイレ併設されてないわけ? なんで順路の中にトイレがあっちゃいけないわけ?〉
あ、何か話しかけられてる気がするけどキンキン声で聞こえないタイプだこれ!
「え?」
〈何でもないわよ……どうせ、どうせそうやって聞こえないふりとかしてハブるんでしょ、私のこと……〉
何言ってるか聞こえないけど対応マズったっぽい。めっちゃ湿り気ある感じになったよ空気が。分かる? 冷+湿、つまり体温にダメージ入りまくりの予感だよ。あたしはももっと暗いモヤから離れる。
〈わ、私が嫌いだからってそんな露骨に離れるわけね!! 酷い……生きてるくせに人でなしなんて……からかって馬鹿にして踏み潰して……私みたいな人のことアリか何かだと思ってるんでしょう! それとも死んでるから何してもいいとでもブツブツブツ……〉
ううっ、離れてもきっついなこれ。さっき放送室で倒れかけた分のダメージも入ってんの忘れてたわ。繊細なあたしはもう疲労困憊。
これ、お化けちゃん(多分女だよね?)の声聞けないと話進まないねうん。やっぱ1人じゃ無理だった。辛たん無理たん苦たん冷たん不可能譚。
「ねえ虚宮、助けてー?! 話通じないー!」
〈……まさか、女子がいるトイレに男子連れ込むつもり? 乱れきってる、最っ低……させない、の〉
ドアが、ミシッと音を立てた。あれあレアレ、これラップ音って奴? なんか、さらに気温が下がった気もするし、ちょっと鳥肌が止まんない。
〈良いよね……こんな時に気安く呼べる友達がいるなんて。どうせ誰の前でもヘラヘラ上っ面の付き合いとかして生きてきたんでしょ。そうやって、誰でも器用に生きてけるなら苦労なんてしないわよ……〉
「お、おーい?! 聞こえてる? ねえ、もしかしてドア開かなくなってたりする? ヘルプミー!」
ドアを叩いてみるけどさっぱり反応がない。え、何、どうしたの。カイロがなきゃ凍死してるってこれ。うわあ、半袖着てる自分が恨めしい。待って待って待って、キンキン声はどんどん意味分かんないままヒステリックになってくし、ラップ音もうるさいし耳が痛い、もう、
「うるさい!」
あたしは怒鳴った。
「あのさ、あたしの声聞こえてるか分かんないけど、あたしにはあんたの声聞こえてないの! 人間とお化けなんだから仕方ないじゃん! 赤ちゃんの泣き声聞かされてんのと同じなの、こっちは。分かる?! 赤ちゃん相手なら我慢するけどさ、まあ中学生くらいはいってそうな背の子に泣き喚かれても困るの。大人になれよ! 今はあんたが何言おうが話通じないの。分かったら黙ってて!!!」
……そう言うと、トイレの中は静かになった。また煩くなる前に、とあたしはトイレを調べてみる。いつの間にかアナログな鍵が勝手に掛かっていたからとりあえず解除したところで、
〈うっ……ひっく……うぅ……赤ちゃんなんて……酷いこと言わなくてもいいじゃない……霊感強い子なんだから……聞こえると思うじゃない……そん、そんな、怒鳴らないで……よ……〉
小さめなキンキン声が聞こえた。あー……と、これは、言ってることは相変わらず分かんないけど、これ、泣かせたなあたし?
「な、泣くことないじゃない」
〈か、勝手に涙が出ただけ……だもの……泣けば許されるとか思ってるんじゃ、な、ないし……子供じゃない……〉
「あーあーそんな鼻すするような音出さないでよ、もう……あたしが悪者みたいじゃん……ほら」
あたしはトイレットペーパーをくるくるっと丸めてティッシュ代わりに黒いモヤに差し出した。ハンカチの1枚もなぜか持ってなかったんだからしょうがない。一応何巻きか外側の部分は除いたから綺麗だとは思うんだけど。
トイレットペーパーはもやに飲み込まれて、金切り声は本格的に泣き始めちゃった。
〈グスッ、グスッ、うわぁあああああん……〉
あぁあぁ、どうしてこうなったかなー? とりあえずあたしは、隣にちょっと屈んでお化けの様子見ておくことにした。子供いじめたみたいじゃんね、あたし。頭撫でてあげようかと思ったけど通り抜けたら嫌だから見てるだけ。
「……そろそろ落ち着いたか?」
トイレのドアを開けて虚宮君が入ってきたのは、お化けちゃんがなんとか泣き止んだ時だった。
「もっと早く助けに来てよ!」
「まあまあ。あー、非常事態だから中に入るぞ。男子禁制とか言うなよ」
中腰を続けていたあたしはもう限界で、いったん便座を椅子代わりに座らざるをえなかった。中腰ってスクワットじゃん。なんであたしは廃墟で筋トレなんてしてんの?
「うーん、これは……なんというか」
泣き止んだばかりの、ぼうっと立ってるお化けちゃんを無視して虚宮はトイレ全体をざっと見回して難しい顔をした。
「まあ適当に調べさせてもらう。…………ん」
『ブス子さんブス子さん、出られるもんなら出てみやがれ!』
『ここ ブス子が入った汚いトイレ!』
『あいつトイレの床に尻餅ついたぞ! お似合いだな!』
「……ふーん」
虚宮が何やらトイレの壁面を長いこと見てる。その間に、脚の痛みが少しは治まったあたしはトイレの水を流してみた。トイレしてないけど、調べてない所って事でね?
「……うっ」
あ、赤い水が流れましたー。えっとえっとこういう時って何言えば良かったんだっけ。赤巻き髪青巻き髪黄巻き髪? 違う? そうだ赤い紙青い紙じゃん。唱えたら助かるとかいうパターンじゃなかった。
「タンクに何か入ってるのか」
いつの間にか隣にいた虚宮がトイレのタンクの蓋を持ち上げた。……と思ったら、中に手を突っ込んで何かを取り出した。うわ、カッターじゃん。
「きゃっ! 趣味悪……」
なんでカッターなんてトイレに入ってるの? 訳わかんない。
「……」
な、何なんで黙るの虚宮、そこで。沈黙が怖いよー?
無言のまま虚宮君はカッターの刃を出す。そしたら裏面に、「プールにおいで」と赤い字で書いてあるのが見えた。
「これが次の場所って事?」
「だろうな」
ネクスト・カァフェズ・ヒント、プール。やれやれ、これでやっとトイレ出られる。
……方針も決まったところで、あたしは虚宮にどうしても言いたい事を言うことにする。
「あのさ、さっき何で早く助けてくれなかったの?!」
滅っ茶苦茶怖かったんだからね!
「いや、あの状況で俺が入った方が死ぬだろ」
「なんで?! いや、それにしたってノーリアクションだったよね?!」
というか、中の様子どのくらい分かってたんですかね? 全部分かっててボーカンしてたとかある? こちとらお守りで大変だったんだけど。見てよ中腰で鍛えられてプルプルになったこの脚。産まれたての子鹿だよ? 何度諦めて膝着いちゃおうかと思ったわ。
「上手くいくって信じてたんだよ」
「とかなんとか言っちゃって!」
突っかかるあたしの様子を、何か言いたそうに黒いモヤが見てた。
〈……仲、良いんだね〉
「良いっていうか、こいつが距離感近いんだよ。ずっと居るとナレーションで耳埋まるぞ」
なんか虚宮、失礼な事言い出した。
〈私もその子と話せたら、楽しいかな〉
「やめとけ」
〈……邪魔するの?〉
「今の君じゃ何したって手に入らないものだ」
〈なんで?〉
「幽霊でいるうちは、無理だよ」
〈なんで? 私、ともだち作れるよ。そうだ、今から見せてあげようか。あなたも、なる?〉
「はっ、それは難しいだろうな。試してみるか?」
〈……何なの、生きてるくせに、その余裕〉
「生きてるからこそだろ」
〈……?〉
おおっと、なんか虚宮君の言ってることとかキンキンの雰囲気とか不穏じゃない?
「ねえ、なんて言ってるの?」
「……成仏して輪廻転生したら、君と友達になりたいって」
「なんでそんな話に?!」
え、あたし何もしてないよね?
〈ちょっと、何言って……〉
「え、マジで言ってる? 嘘ついてない?」
「嬉しくないのか?」
「うーん……別に嫌じゃないけど、話が早すぎてね?」
うん、ね?
「ま、良いんじゃないか、別にゆっくり考えれば。俺の知る限りでは成仏も輪廻も時間が掛かる事だし、生まれ変わったら『あの時の幽霊です』なんて名乗るわけもないし」
「は、はぁ……まあ、なら、いいかな」
そもそも生粋の仏教徒じゃないあたしには詳しい話がさっぱりだよ。生まれ変わったら記憶とか消えるんじゃないの?
〈ちょ、ちょっと、勝手に話進めないでよ……〉
「って事だから、頑張って転生しろよ。そしたらご褒美があるからな」
〈馬鹿にしないでよ。呪ってやる!〉
「出 来 る と 思 う か ?」
何か2人で話してるなー、と思っていたら、静電気が走ったような音がした。
「えっなになに?」
でもそれだけ。見回しても何もない。なんだろ、ラップ音?
〈……っ?! な……なんで……あなた、何者……?〉
「ただの巻き込まれた傍観者の普通の高校生だよ」
〈嘘でしょう……〉
「ただ、生きてる。君の生前の事は気の毒としか言いようがないが、まだ、転生試せる程度には、希望残ってるだろ」
〈……本当にそれしか、ないの〉
「ああ。……呪い憑くのは、友達のやる事じゃない」
〈……〉
「それに、トイレに地縛してちゃ友達はできない。それも、分かってた事だろ」
〈……そうかも、ね〉
ん、今なんて話してた? ラップ音に気取られてて全然聞いてなかった。
「別に何も。……じゃ、行こうぜ。たかがトイレに時間取られ過ぎだ」
「えっ、いいのこれで? ミステリーとか何も無かった気がするけど」
「ああ。だってトイレに寄っただけだろ」
「……まあ、そうなの……かな?」
「一応、次の場所のヒントは見つけたしな」
「うーん?」
えっこれ消化不良なんだけど本当に大丈夫だよね? おっと、「トイレだけに消化不良?」って言ったやつ後でヘドバンの刑ね。反吐BANじゃなくて便座ブロックでもないのは感謝して。
〈……愛されてるのね〉
キンキン声が聞こえた気がして、一応振り返って手を振っておいたよ、うん。離れすぎてて、黒いモヤが手を振り返してくれたかは見えなかったけど。
〈1F多機能トイレ 暗闇のぶす子 巡〉
……多機能トイレの位置を知らせるアナウンス、「滝のおトイレ」って言ってるように聞こえない?
はい。なんか出だしを完全にミスったなって思ってる屋城蓮子だよ。うっ、絶対滑ったよね今の。架空のリスナーの冷たい視線が突き刺さる。ちなみに少し前を今歩いてる虚宮なにがし君にさっき話して一敗してる。なぜそこで諦めなかった、あたし。だって、言いたかったんだもん(女の子なんだもんの言い方で)。
「それより突っ込むところあるよな」
「そう、そっちをさっきに言うべきだったよね……」
Q, ツッコミどころってなーに?
A, さて虚宮さんみなさん一緒にどうぞっ、
「「トイレで飲食店開くなっ!!」」
あ、乗ってくれてありがとダウナー少年虚宮君。
あたし達が今向かってるのは一階にある多機能トイレです。マジで? マジで言ってる? トイレの花子さん的な怪異が待ってるんでしょ知ってますよどうして喫茶店にした! 企画者にグーパンだねこれは。最初の理科室にいた人体模型とか骨格標本が首謀者ならいっぺんバラけて出直して、って気分。
「あのさ、個室内でなんか出てきたらあたし拒否してもいい……?」
「……一応、この時代のは知らないが世間一般のトイレは清掃されていれば清潔度に問題はない……多分」
「そもそもトイレでカフェる方が馬鹿じゃない? あたし達悪くなくない?」
なくなくなくない? なく↑なく↓なく↑なく↓なく→なく→なく↓ない?
「……まあ」
流石の虚宮君も嫌そうじゃん。ほらトイレの幽霊だか化け物、この嫌オーラを感じ取るんだ! 自重して!
「……と、あそこだな」
「何かドアに貼ってあるね」
あたしはドアの前に小走りで行ってみる。と、?
「……なんか、多機能トイレのマークの上に女子トイレマークが書かれてるんだけど」
「そうみたいだな」
「男子禁制って事?」
「……そうかもな」
じゃあなんで多機能トイレにしたの?! ただの滝の音流す機械を中に入れてる女子トイレ、略して滝の音入れだとでも?!
「……これ、あたし1人で行かなきゃダメ? 嫌なんだけど」
「これがこの場所のルールなんだろ。従っておいた方がいいと思うぜ」
「えー、やだー」
「……」
虚宮は無言でカイロをまた2つ取り出した。そのポッケの中、ラノベファンタジーで流行りの異次元無限収納かな? 無言の圧力がめっちゃGかけてくる、うん分かった行きますよ行くって。あたしはカイロを受け取って、もう背中とかに付けておく。
「絶対前で待っててよ!」
「おう」
「助けてって言ったら助けてよ!」
「分かった」
ボタン式じゃないから取っ手をスライドさせて中を見る。少し旧型な気がするけど、ちゃんと多機能トイレだ。異常は見えないし、清潔そうでもある。
「……行ってきまーす」
無表情で手を振ってくれる虚宮に見送られて、あたしはドアを閉めた。……と、その途端に、ゾッとするような寒気が背中に広がる。あああああ冷凍庫かよ!
……はい。中は、古めの駅にある多機能トイレって感じ。赤ちゃんのおむつ替えシートとか手すりとか無い、車椅子が入る事くらいしか気が利いてない感じ。そう、中に何もライトアップとか飾り付けとか無い、マジでトイレ。
「もしかして場所間違えた?」
なんだーそっかーうんそうだよね、流石にトイレがカフェ巡りの順路内にあるわけないよねー。安心した!
「……って訳にはいかないことくらい知ってるよ知ってるけど!」
はい、ド ア が 開 か な い ! 内鍵かけてないのにピクリとも動かない! いや鍵掛けててもスライド式のドアなら少しは動かせるって。ホラー物で出てくるご都合主義の「空間にドアが固定されている」って奴だよ、これ!
「ううう……誰か中にいるの……?」
おっと、情けない声が出た。だって寒いし正直怖いんだもん。怖いよ? 赤い紙青い紙って知ってる? よく考えてもあれ怖いよ?
と、現実逃避モードで架空のリスナーに喧嘩腰になるやべー奴と化したあたしの目がようやく異変を見つけた。トイレの隅に黒いモヤがある。なんか、人間っぽいような形を取ってる気がする。人間が……こう、三角座りしてる感じの形。
「うわ汚っ」
つい口からぽろっと言葉が出た。だって、オンザフロアだよ? フロアオブトイレットだよ? ネイチャーがコールズミーしてる場所の床の上だよ?
「……いや、いやいやいや流石に幽霊でも無理かな……」
あたしは黒いモヤからスススッと離れた。
〈……ちょっと! 聞きなさいよ。あのね、別にドアの向こうから色々酷い言い様が聞こえたからって訳じゃないけど、全然そんなの気にしてないけど、まあ初めに言っときたいんだけど。あなたの知ってる喫茶店にはトイレ併設されてないわけ? なんで順路の中にトイレがあっちゃいけないわけ?〉
あ、何か話しかけられてる気がするけどキンキン声で聞こえないタイプだこれ!
「え?」
〈何でもないわよ……どうせ、どうせそうやって聞こえないふりとかしてハブるんでしょ、私のこと……〉
何言ってるか聞こえないけど対応マズったっぽい。めっちゃ湿り気ある感じになったよ空気が。分かる? 冷+湿、つまり体温にダメージ入りまくりの予感だよ。あたしはももっと暗いモヤから離れる。
〈わ、私が嫌いだからってそんな露骨に離れるわけね!! 酷い……生きてるくせに人でなしなんて……からかって馬鹿にして踏み潰して……私みたいな人のことアリか何かだと思ってるんでしょう! それとも死んでるから何してもいいとでもブツブツブツ……〉
ううっ、離れてもきっついなこれ。さっき放送室で倒れかけた分のダメージも入ってんの忘れてたわ。繊細なあたしはもう疲労困憊。
これ、お化けちゃん(多分女だよね?)の声聞けないと話進まないねうん。やっぱ1人じゃ無理だった。辛たん無理たん苦たん冷たん不可能譚。
「ねえ虚宮、助けてー?! 話通じないー!」
〈……まさか、女子がいるトイレに男子連れ込むつもり? 乱れきってる、最っ低……させない、の〉
ドアが、ミシッと音を立てた。あれあレアレ、これラップ音って奴? なんか、さらに気温が下がった気もするし、ちょっと鳥肌が止まんない。
〈良いよね……こんな時に気安く呼べる友達がいるなんて。どうせ誰の前でもヘラヘラ上っ面の付き合いとかして生きてきたんでしょ。そうやって、誰でも器用に生きてけるなら苦労なんてしないわよ……〉
「お、おーい?! 聞こえてる? ねえ、もしかしてドア開かなくなってたりする? ヘルプミー!」
ドアを叩いてみるけどさっぱり反応がない。え、何、どうしたの。カイロがなきゃ凍死してるってこれ。うわあ、半袖着てる自分が恨めしい。待って待って待って、キンキン声はどんどん意味分かんないままヒステリックになってくし、ラップ音もうるさいし耳が痛い、もう、
「うるさい!」
あたしは怒鳴った。
「あのさ、あたしの声聞こえてるか分かんないけど、あたしにはあんたの声聞こえてないの! 人間とお化けなんだから仕方ないじゃん! 赤ちゃんの泣き声聞かされてんのと同じなの、こっちは。分かる?! 赤ちゃん相手なら我慢するけどさ、まあ中学生くらいはいってそうな背の子に泣き喚かれても困るの。大人になれよ! 今はあんたが何言おうが話通じないの。分かったら黙ってて!!!」
……そう言うと、トイレの中は静かになった。また煩くなる前に、とあたしはトイレを調べてみる。いつの間にかアナログな鍵が勝手に掛かっていたからとりあえず解除したところで、
〈うっ……ひっく……うぅ……赤ちゃんなんて……酷いこと言わなくてもいいじゃない……霊感強い子なんだから……聞こえると思うじゃない……そん、そんな、怒鳴らないで……よ……〉
小さめなキンキン声が聞こえた。あー……と、これは、言ってることは相変わらず分かんないけど、これ、泣かせたなあたし?
「な、泣くことないじゃない」
〈か、勝手に涙が出ただけ……だもの……泣けば許されるとか思ってるんじゃ、な、ないし……子供じゃない……〉
「あーあーそんな鼻すするような音出さないでよ、もう……あたしが悪者みたいじゃん……ほら」
あたしはトイレットペーパーをくるくるっと丸めてティッシュ代わりに黒いモヤに差し出した。ハンカチの1枚もなぜか持ってなかったんだからしょうがない。一応何巻きか外側の部分は除いたから綺麗だとは思うんだけど。
トイレットペーパーはもやに飲み込まれて、金切り声は本格的に泣き始めちゃった。
〈グスッ、グスッ、うわぁあああああん……〉
あぁあぁ、どうしてこうなったかなー? とりあえずあたしは、隣にちょっと屈んでお化けの様子見ておくことにした。子供いじめたみたいじゃんね、あたし。頭撫でてあげようかと思ったけど通り抜けたら嫌だから見てるだけ。
「……そろそろ落ち着いたか?」
トイレのドアを開けて虚宮君が入ってきたのは、お化けちゃんがなんとか泣き止んだ時だった。
「もっと早く助けに来てよ!」
「まあまあ。あー、非常事態だから中に入るぞ。男子禁制とか言うなよ」
中腰を続けていたあたしはもう限界で、いったん便座を椅子代わりに座らざるをえなかった。中腰ってスクワットじゃん。なんであたしは廃墟で筋トレなんてしてんの?
「うーん、これは……なんというか」
泣き止んだばかりの、ぼうっと立ってるお化けちゃんを無視して虚宮はトイレ全体をざっと見回して難しい顔をした。
「まあ適当に調べさせてもらう。…………ん」
『ブス子さんブス子さん、出られるもんなら出てみやがれ!』
『ここ ブス子が入った汚いトイレ!』
『あいつトイレの床に尻餅ついたぞ! お似合いだな!』
「……ふーん」
虚宮が何やらトイレの壁面を長いこと見てる。その間に、脚の痛みが少しは治まったあたしはトイレの水を流してみた。トイレしてないけど、調べてない所って事でね?
「……うっ」
あ、赤い水が流れましたー。えっとえっとこういう時って何言えば良かったんだっけ。赤巻き髪青巻き髪黄巻き髪? 違う? そうだ赤い紙青い紙じゃん。唱えたら助かるとかいうパターンじゃなかった。
「タンクに何か入ってるのか」
いつの間にか隣にいた虚宮がトイレのタンクの蓋を持ち上げた。……と思ったら、中に手を突っ込んで何かを取り出した。うわ、カッターじゃん。
「きゃっ! 趣味悪……」
なんでカッターなんてトイレに入ってるの? 訳わかんない。
「……」
な、何なんで黙るの虚宮、そこで。沈黙が怖いよー?
無言のまま虚宮君はカッターの刃を出す。そしたら裏面に、「プールにおいで」と赤い字で書いてあるのが見えた。
「これが次の場所って事?」
「だろうな」
ネクスト・カァフェズ・ヒント、プール。やれやれ、これでやっとトイレ出られる。
……方針も決まったところで、あたしは虚宮にどうしても言いたい事を言うことにする。
「あのさ、さっき何で早く助けてくれなかったの?!」
滅っ茶苦茶怖かったんだからね!
「いや、あの状況で俺が入った方が死ぬだろ」
「なんで?! いや、それにしたってノーリアクションだったよね?!」
というか、中の様子どのくらい分かってたんですかね? 全部分かっててボーカンしてたとかある? こちとらお守りで大変だったんだけど。見てよ中腰で鍛えられてプルプルになったこの脚。産まれたての子鹿だよ? 何度諦めて膝着いちゃおうかと思ったわ。
「上手くいくって信じてたんだよ」
「とかなんとか言っちゃって!」
突っかかるあたしの様子を、何か言いたそうに黒いモヤが見てた。
〈……仲、良いんだね〉
「良いっていうか、こいつが距離感近いんだよ。ずっと居るとナレーションで耳埋まるぞ」
なんか虚宮、失礼な事言い出した。
〈私もその子と話せたら、楽しいかな〉
「やめとけ」
〈……邪魔するの?〉
「今の君じゃ何したって手に入らないものだ」
〈なんで?〉
「幽霊でいるうちは、無理だよ」
〈なんで? 私、ともだち作れるよ。そうだ、今から見せてあげようか。あなたも、なる?〉
「はっ、それは難しいだろうな。試してみるか?」
〈……何なの、生きてるくせに、その余裕〉
「生きてるからこそだろ」
〈……?〉
おおっと、なんか虚宮君の言ってることとかキンキンの雰囲気とか不穏じゃない?
「ねえ、なんて言ってるの?」
「……成仏して輪廻転生したら、君と友達になりたいって」
「なんでそんな話に?!」
え、あたし何もしてないよね?
〈ちょっと、何言って……〉
「え、マジで言ってる? 嘘ついてない?」
「嬉しくないのか?」
「うーん……別に嫌じゃないけど、話が早すぎてね?」
うん、ね?
「ま、良いんじゃないか、別にゆっくり考えれば。俺の知る限りでは成仏も輪廻も時間が掛かる事だし、生まれ変わったら『あの時の幽霊です』なんて名乗るわけもないし」
「は、はぁ……まあ、なら、いいかな」
そもそも生粋の仏教徒じゃないあたしには詳しい話がさっぱりだよ。生まれ変わったら記憶とか消えるんじゃないの?
〈ちょ、ちょっと、勝手に話進めないでよ……〉
「って事だから、頑張って転生しろよ。そしたらご褒美があるからな」
〈馬鹿にしないでよ。呪ってやる!〉
「出 来 る と 思 う か ?」
何か2人で話してるなー、と思っていたら、静電気が走ったような音がした。
「えっなになに?」
でもそれだけ。見回しても何もない。なんだろ、ラップ音?
〈……っ?! な……なんで……あなた、何者……?〉
「ただの巻き込まれた傍観者の普通の高校生だよ」
〈嘘でしょう……〉
「ただ、生きてる。君の生前の事は気の毒としか言いようがないが、まだ、転生試せる程度には、希望残ってるだろ」
〈……本当にそれしか、ないの〉
「ああ。……呪い憑くのは、友達のやる事じゃない」
〈……〉
「それに、トイレに地縛してちゃ友達はできない。それも、分かってた事だろ」
〈……そうかも、ね〉
ん、今なんて話してた? ラップ音に気取られてて全然聞いてなかった。
「別に何も。……じゃ、行こうぜ。たかがトイレに時間取られ過ぎだ」
「えっ、いいのこれで? ミステリーとか何も無かった気がするけど」
「ああ。だってトイレに寄っただけだろ」
「……まあ、そうなの……かな?」
「一応、次の場所のヒントは見つけたしな」
「うーん?」
えっこれ消化不良なんだけど本当に大丈夫だよね? おっと、「トイレだけに消化不良?」って言ったやつ後でヘドバンの刑ね。反吐BANじゃなくて便座ブロックでもないのは感謝して。
〈……愛されてるのね〉
キンキン声が聞こえた気がして、一応振り返って手を振っておいたよ、うん。離れすぎてて、黒いモヤが手を振り返してくれたかは見えなかったけど。
〈1F多機能トイレ 暗闇のぶす子 巡〉
応援ありがとうございます!
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