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四㫪四本
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眠らずの街だの暗闇を克服だの言ったってねぇ、あぁたらの望みをあっしらは良ぉく知ってやすぜ。人間は、夢を見たいし見て生きてる。でしょう?
お天道さんの下で生きる生物の宿命だ。陽が落ち始める頃から、夢の世界はじんわりあぁたらを侵食し始める。人間に影響受けてる存在のあっしらもまた然りーーこれからはあっしらの本領の時間だ。ほぅら、ほら、下駄擦り鳴らす蝋燭頭と桶帽子した髪長女が往来の真ん中歩いたって、今や日没ってときの夢見る目では見抜けねぇのさ。さて、さっさと終わらせやしょう、お山が陽を飲み込むうちにね。
いやぁ楽しみだ。新興宗教ご神仏、だいだら様とやらの壁みてぇな面に嵌まった窓ガラスの眼の奥にゃ、どんな炎が燃え盛っておいでかねぇ。
『……妖怪の目に、人みたいな火は、灯らない。神ならもっと、そう』
当然あっしはそれを知ってて、それで言ってるわけですよ。
『……正体が人間だと、思ってる、の』
見てみなけりゃあ分かりゃせんがね。おっと、姫さんは電柱にぶつかっちまわないように目の前を見てくだせぇ。
さぁて確認いたしやしょう。姫御のご信者が数人、だいだら様とやらに連れて行かれた、ってえ話でしたが。
『……そう。いつも遮那の実や葉や枝を届けてくれる人たち』
あぁ、あの妙ちきりんな霊樹とやらの落としたもんを出不精な姫御のために運んで来る人らですかぃ。
『……食べると、陽、浴びなくても元気になる』
そのせいでますます不健康になっちまってますねぇ。吸血鬼の鬼っ子らと性格取り違えたんじゃないかい。あぁ、ちょいっとこちらにお寄りになって。流石に車を壊したら騒ぎになりますぜ。
『……人里、邪魔多い……』
分かった分かった、髪長姫様。あっしにお手繋ぎと姫様をえすこおとする許しを下さいやせえな。やましい思いは一切ございません、さあ。
『……うん。……だから、帰ってきてほしいの、困る、から』
うんうん、出不精の姫御さんがお出ましになるたぁ本気に決まってるでしょうよ。
……街ぶっ壊れる前に済ませねぇと。姫御の髪は、木桶以外の人造物に対しては刃物と鈍器の殺傷力足していくつも掛け算したような代物ですからねぇ。あっしの服と蝋燭が人の作ったもんじゃなくて良かった良かった。
さぁてさて。遮那の樹にはお日様の力詰め込んだみてぇなぎらぎらした霊気が含まれてましてねぇ、それをあっしは辿るんですよ。難しいこたぁない、生物は生気、妖怪とかは妖気、よく分からねぇ奴らは霊気、冷蔵庫は冷気を吐くのさ。
あぁ跡が残ってますねぇ。普段っから遮那を扱ってるやつの体に染み付いた霊気の跡だ。姫さん、ちょいと屋根を通って楽しましょうや。妖気の塊踏み台にして、そうら。掴まっててくだせぇよ、とんとんとんっと。ようし、ここだ。降りますようっと、そら。この家ん中ですぜ。
『……早いの』
日没前に終えるって言ったでしょう? さぁてさっさと取り返しやしょう……おや。
おっと。
ややや。
こいつぁ。
『……どうしたの』
……いやね。
……なぁんだか。
……ごく最近に覚えのある嫌ぁな生気が、気のせいとも思えねぇ濃さで、べったり残ってやがるなぁ、と……
「蝋燭さん!!!」
あああぁあぁあっと。何てこった。
「ああ、会えた! 来て本当に良かった! どんな小さな手がかりでも追いかけてみるものですね」
胴に蛭みてぇに引っ付かれながら頭に掌底をどすん。黙れぇいな。こちとらさっさとここを制圧したいんですから。
「制圧? 何故ですか?」
しつっこいねぇ、あっしに引っ付きてぇのか抱き壊してぇのかどっちなんだい。何故って探し人が居るからさ。
「へぇ、それは貴方にとってどのくらい大事な人ですか」
そういう話じゃあねえだろう。
「どのくらい、ですか?」
……分ぁったよ、五年越しの生意気坊主。
ほら、姫さんとあっしの手が離れた。そんで探し人ってのは、この、ただの依頼人の姫さんから言われて探してるだけの顔も名前も知らねえ数人よ。満足したかい?
「……はい!」
めらめら灯燃やしてにこにこしやがって。あっしにそんな引っ付くとそのうち動悸がしてくるぜ、離れな。
「嫌です」
だから邪魔すんなって。
「大丈夫ですよ。邪魔する人は居ませんから」
ああ、既に蕩けた顔しやがって。いくら家の中に動ける奴がいないからって、油断し過ぎじゃあねえかこの人間。
『……どういうこと? ここには、あの子たちさらった人がいて、襲ってくるって』
姫さん、こんな長いこと騒いでて見に来ない連中がぴんぴんしてるわけないでしょう。ほら、ドア開けて見てみなせえ。あと、この坊主っ子の血まみれの服と刃物もね。あぁあぁ、全部気絶か、経緯は知らんがざまぁねぇや。だいだら様なんて名前の神さん作って担ぎ上げたとこが運の尽きかい。
『……どういうこと』
ほらあれですよ姫さん。この坊主っ子の頭ん中じゃ間違った図式が完成してるって事はご存知でしょう。
『……ああ。百一本は、だいだらぼっちの、手下?』
そ。自惚れかしれませんがね、そういう事だ。
あぁた、あっしに会いたくて、だいだら様とやらの本拠地と目されるここに乗り込んで来たんじゃあないかい。
「正解です。スカウトされたんですよ、『だいだら様にお会いしてみればその素晴らしさが分かるはずだ』って。都合良いと思って行ってみたんですけど、貴方は居ないし、だいだら様なんてものも居ない。ただ儀式の生贄を連れてくるだけの場所だったみたいです」
ほぅ、にしたって常人が一人でぶっ倒す量にしちゃ度越してんだろ。死んでねぇのが奇跡だな。この街もあぁたも物騒なこって。
「ねえ、ひゃくいつ。ひゃくいつと言うんですね、貴方の名前は」
……そうですよ。
「良い名前だと思います! ああ、私は、し」
姫さーん、探し人は全員見つかりやしたか?
『……いた』
「私の話を聞いてくださいよ!」
はいはい、聞いてやるから後だ。今はこの奴らを運び出さねぇと――ははぁ、こいつか。
『……?』
この男ですよ。
姫さんのご信者をこの数まとめて連れ去るなんて簡単にできる事じゃねぇ。やりようはありますよ、例えば、身内に裏切り者作って連れて来させる、とかねぇ。この坊主の攻撃対象だったって事ぁ、こいつがだいだら側についてたって事だ。寝てるだけだがどうします?
『……困る、の』
……あー。坊主、離れてな。いや、あっしごと離れれば済む話か。口噤んどきな。
『……いてくれないと、困る。遮那を運んでくれないと、髪を梳いてくれないと、死ぬまで側にいてくれないと、わたしが困るの』
ばきばきばき、って音がするだろ。
こいつは、ただ姫さんが結んだ髪解いて流してるだけで出てる音さ。姫さんの、いや、麻桶比売髪は響くからねぇ。細やかで鋭く重い二十万の斬り合い、二十万の砕き合う音さ。坊主、身ぃ乗り出すなよ。
「汐封です。導汐封」
そうかい人間、黙って見てな。あっちが目覚ますところだ。
「……あ、あれ……なんでオレ、寝て……」
『……やっと見てくれた』
「ひっ!!! あ、あああ、麻桶様、ど、どうして……」
『……どうして。それはわたしの言葉。肉があるうちは、共にいてくれると、言ったのに。ずっと隣にいてくれるって、言った』
ばきばきばきばき。
「だっ、あ、あれは違う、あれは、親父に言わされた、だけで、」
『……言ってくれた。約束してくれた』
「だからあんなの、あんなの、皆ただ唱えてるだけの、そうだ、念仏みたいな、そう、ただの祝詞で」
『……? 何が、違うの』
ばきばきばきばきばき。
『……約束してくれた、から、置いておくの。守るの。共にいたいの』
髪がはらりと床にかかって。流れる髪の軌跡に合わせて、ばきりと床が斬れて砕けて。
髪がはらりと体にかかって。流れる髪の軌跡に合わせて、ざきりと服が斬れて圧されて。
「ひっ! あぁ、あっ……」
『邪魔なものじゃない、から、居てくれないと困るから、居てくれるから、……邪魔になられたら、困るの』
肌を滑らかに撫でるその髪は、今は凶器として働かない。今は。
「人」が邪魔「物」に化けたその時は――
『……一緒に、帰るの。みんなで。帰ろう』
「……ぁ、あぁ、あ」
ばきり。
「…………はい……」
『……嬉しい』
男を髪の中にすっぽりと抱いて。
闇に呑まれたかのように、髪の中にさらさらとその体が沈み消えて。
他の者たちも全て髪の内に包み込んで――
――さぁ、髪結んで帰りやしょうぜ姫さん、もう陽が沈む。こういう怪談はやたらに広めるもんじゃあねぇ。
『……うん。……ありがとう、百一本』
お礼は、あっしにどれだけ助けられたか、おとろし姐さんに吹き込むってことで。姐御ときたらあっしをいつも疫病神みてぇに……おっと、あぁたはそろそろ離れな。ったく、初めて酒飲んだ餓鬼みてぇに酔っ払って。
「離したら、また消えてしまうでしょう?」
蝋燭の火は消えねぇよ。あっしら妖かしい存在もね。出逢おうと思えばいくらでも嫌になるほど巻き込まれる事はできるだろうさ。
「他はどうでもいい。私は貴方に逢いたいんです」
……あのなぁ、人と化け物はうまく噛み合えねぇんですよ。どうせみぃんな、姫さんの信者みてえな目になっちまう。その目を見てあっしらが喜んでると思ったら大間違いなんですよ。分かるかい?
分かんねぇだろうなぁ、坊ちゃんには。
「そうやってまた子供扱いするんですか。その子供にあんな酷い事をして、責任も取ってくれない大人が言えた事ですか?」
さてね、何したっけなあ。
あれにもあっしらなりの事情があったと言うのは楽だが、それが聞きたい訳じゃあねぇでしょう。
「そうやって煙に巻くのも逃げですよ。五年経ったんです。私は五年前の私じゃない」
そりゃそうだ、中学生なりたてくらいの可愛げがなくなって替わりに小賢っしめな言葉遣いになって、背も随分伸びたみたいだし。知恵もつけたんだろうよ、お、もしかしてあぁた、家が寺か何かやってんのかい? なぁるほどなぁ、道理で勘がやたら良くなってるわけだ。じゃあ暴力は卒業しな。そろそろ本格的に家業に専念する頃だろ。
……おやや? 17、8?
ってえ事は、あぁた、まだ酒飲めねぇ歳か。ますます酔っ払ってる場合じゃねえや。遅くまで外出ってのも頷けないねぇ。さっさと帰んな。ほら早く早く。
「子供じゃない、けど……貴方は変わりませんね。そういうところが好きなんです」
酔っ払って何言われても聞こえねぇなぁ。っておい、何あっしの腕に付けようとしてんですか。
見えねぇ糸があぁたのリストバンドまでずるずる続いてるじゃねえか。でも、こんなものじゃあっしの足跡辿ることすら出来ねぇぜ。あぁたが呪いの反動受けるだけだ、やめとけ。
「そのくらい、どうだっていいじゃないですか」
あー、そうだな。そんなにあっしに会いてえんなら、だいだら様とやらの正体掴んでみせな。だいだら様の噂が壊れた時にゃ、あぁたの目の前にその怪談ひとつ拾いに来てやるよ。
「! 約束ですよ!」
約束なんざしなくたってあっしは絶対に旨い話の前には現れんのさ。
やるよ。この妖気の蝋でこしらえた爪くれぇの小鳥が証だ。
「……やはり貴方は……」
さ、姫さん、あっしに掴まって。話が長い奴は置いといて跳びますよ、そぉらっ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『……百一本は、あの人間が特別? 扱いが違うの』
そうですかい? 妙な事始めそうな奴を放っとくより、さっさと暴走の方向性を定めとくのは良い案だと思ったんですがね。姫さんとしてもだいだらとやらの正体が明らかになるのは良いんじゃないかい。
『……それは、そうなの』
腑に落ちない顔なさってんのが腑に落ちねぇが終いだ終い。ほら、陽も落ちた。夜の街は街の妖怪にのさばっていただこうぜ。
お天道さんの下で生きる生物の宿命だ。陽が落ち始める頃から、夢の世界はじんわりあぁたらを侵食し始める。人間に影響受けてる存在のあっしらもまた然りーーこれからはあっしらの本領の時間だ。ほぅら、ほら、下駄擦り鳴らす蝋燭頭と桶帽子した髪長女が往来の真ん中歩いたって、今や日没ってときの夢見る目では見抜けねぇのさ。さて、さっさと終わらせやしょう、お山が陽を飲み込むうちにね。
いやぁ楽しみだ。新興宗教ご神仏、だいだら様とやらの壁みてぇな面に嵌まった窓ガラスの眼の奥にゃ、どんな炎が燃え盛っておいでかねぇ。
『……妖怪の目に、人みたいな火は、灯らない。神ならもっと、そう』
当然あっしはそれを知ってて、それで言ってるわけですよ。
『……正体が人間だと、思ってる、の』
見てみなけりゃあ分かりゃせんがね。おっと、姫さんは電柱にぶつかっちまわないように目の前を見てくだせぇ。
さぁて確認いたしやしょう。姫御のご信者が数人、だいだら様とやらに連れて行かれた、ってえ話でしたが。
『……そう。いつも遮那の実や葉や枝を届けてくれる人たち』
あぁ、あの妙ちきりんな霊樹とやらの落としたもんを出不精な姫御のために運んで来る人らですかぃ。
『……食べると、陽、浴びなくても元気になる』
そのせいでますます不健康になっちまってますねぇ。吸血鬼の鬼っ子らと性格取り違えたんじゃないかい。あぁ、ちょいっとこちらにお寄りになって。流石に車を壊したら騒ぎになりますぜ。
『……人里、邪魔多い……』
分かった分かった、髪長姫様。あっしにお手繋ぎと姫様をえすこおとする許しを下さいやせえな。やましい思いは一切ございません、さあ。
『……うん。……だから、帰ってきてほしいの、困る、から』
うんうん、出不精の姫御さんがお出ましになるたぁ本気に決まってるでしょうよ。
……街ぶっ壊れる前に済ませねぇと。姫御の髪は、木桶以外の人造物に対しては刃物と鈍器の殺傷力足していくつも掛け算したような代物ですからねぇ。あっしの服と蝋燭が人の作ったもんじゃなくて良かった良かった。
さぁてさて。遮那の樹にはお日様の力詰め込んだみてぇなぎらぎらした霊気が含まれてましてねぇ、それをあっしは辿るんですよ。難しいこたぁない、生物は生気、妖怪とかは妖気、よく分からねぇ奴らは霊気、冷蔵庫は冷気を吐くのさ。
あぁ跡が残ってますねぇ。普段っから遮那を扱ってるやつの体に染み付いた霊気の跡だ。姫さん、ちょいと屋根を通って楽しましょうや。妖気の塊踏み台にして、そうら。掴まっててくだせぇよ、とんとんとんっと。ようし、ここだ。降りますようっと、そら。この家ん中ですぜ。
『……早いの』
日没前に終えるって言ったでしょう? さぁてさっさと取り返しやしょう……おや。
おっと。
ややや。
こいつぁ。
『……どうしたの』
……いやね。
……なぁんだか。
……ごく最近に覚えのある嫌ぁな生気が、気のせいとも思えねぇ濃さで、べったり残ってやがるなぁ、と……
「蝋燭さん!!!」
あああぁあぁあっと。何てこった。
「ああ、会えた! 来て本当に良かった! どんな小さな手がかりでも追いかけてみるものですね」
胴に蛭みてぇに引っ付かれながら頭に掌底をどすん。黙れぇいな。こちとらさっさとここを制圧したいんですから。
「制圧? 何故ですか?」
しつっこいねぇ、あっしに引っ付きてぇのか抱き壊してぇのかどっちなんだい。何故って探し人が居るからさ。
「へぇ、それは貴方にとってどのくらい大事な人ですか」
そういう話じゃあねえだろう。
「どのくらい、ですか?」
……分ぁったよ、五年越しの生意気坊主。
ほら、姫さんとあっしの手が離れた。そんで探し人ってのは、この、ただの依頼人の姫さんから言われて探してるだけの顔も名前も知らねえ数人よ。満足したかい?
「……はい!」
めらめら灯燃やしてにこにこしやがって。あっしにそんな引っ付くとそのうち動悸がしてくるぜ、離れな。
「嫌です」
だから邪魔すんなって。
「大丈夫ですよ。邪魔する人は居ませんから」
ああ、既に蕩けた顔しやがって。いくら家の中に動ける奴がいないからって、油断し過ぎじゃあねえかこの人間。
『……どういうこと? ここには、あの子たちさらった人がいて、襲ってくるって』
姫さん、こんな長いこと騒いでて見に来ない連中がぴんぴんしてるわけないでしょう。ほら、ドア開けて見てみなせえ。あと、この坊主っ子の血まみれの服と刃物もね。あぁあぁ、全部気絶か、経緯は知らんがざまぁねぇや。だいだら様なんて名前の神さん作って担ぎ上げたとこが運の尽きかい。
『……どういうこと』
ほらあれですよ姫さん。この坊主っ子の頭ん中じゃ間違った図式が完成してるって事はご存知でしょう。
『……ああ。百一本は、だいだらぼっちの、手下?』
そ。自惚れかしれませんがね、そういう事だ。
あぁた、あっしに会いたくて、だいだら様とやらの本拠地と目されるここに乗り込んで来たんじゃあないかい。
「正解です。スカウトされたんですよ、『だいだら様にお会いしてみればその素晴らしさが分かるはずだ』って。都合良いと思って行ってみたんですけど、貴方は居ないし、だいだら様なんてものも居ない。ただ儀式の生贄を連れてくるだけの場所だったみたいです」
ほぅ、にしたって常人が一人でぶっ倒す量にしちゃ度越してんだろ。死んでねぇのが奇跡だな。この街もあぁたも物騒なこって。
「ねえ、ひゃくいつ。ひゃくいつと言うんですね、貴方の名前は」
……そうですよ。
「良い名前だと思います! ああ、私は、し」
姫さーん、探し人は全員見つかりやしたか?
『……いた』
「私の話を聞いてくださいよ!」
はいはい、聞いてやるから後だ。今はこの奴らを運び出さねぇと――ははぁ、こいつか。
『……?』
この男ですよ。
姫さんのご信者をこの数まとめて連れ去るなんて簡単にできる事じゃねぇ。やりようはありますよ、例えば、身内に裏切り者作って連れて来させる、とかねぇ。この坊主の攻撃対象だったって事ぁ、こいつがだいだら側についてたって事だ。寝てるだけだがどうします?
『……困る、の』
……あー。坊主、離れてな。いや、あっしごと離れれば済む話か。口噤んどきな。
『……いてくれないと、困る。遮那を運んでくれないと、髪を梳いてくれないと、死ぬまで側にいてくれないと、わたしが困るの』
ばきばきばき、って音がするだろ。
こいつは、ただ姫さんが結んだ髪解いて流してるだけで出てる音さ。姫さんの、いや、麻桶比売髪は響くからねぇ。細やかで鋭く重い二十万の斬り合い、二十万の砕き合う音さ。坊主、身ぃ乗り出すなよ。
「汐封です。導汐封」
そうかい人間、黙って見てな。あっちが目覚ますところだ。
「……あ、あれ……なんでオレ、寝て……」
『……やっと見てくれた』
「ひっ!!! あ、あああ、麻桶様、ど、どうして……」
『……どうして。それはわたしの言葉。肉があるうちは、共にいてくれると、言ったのに。ずっと隣にいてくれるって、言った』
ばきばきばきばき。
「だっ、あ、あれは違う、あれは、親父に言わされた、だけで、」
『……言ってくれた。約束してくれた』
「だからあんなの、あんなの、皆ただ唱えてるだけの、そうだ、念仏みたいな、そう、ただの祝詞で」
『……? 何が、違うの』
ばきばきばきばきばき。
『……約束してくれた、から、置いておくの。守るの。共にいたいの』
髪がはらりと床にかかって。流れる髪の軌跡に合わせて、ばきりと床が斬れて砕けて。
髪がはらりと体にかかって。流れる髪の軌跡に合わせて、ざきりと服が斬れて圧されて。
「ひっ! あぁ、あっ……」
『邪魔なものじゃない、から、居てくれないと困るから、居てくれるから、……邪魔になられたら、困るの』
肌を滑らかに撫でるその髪は、今は凶器として働かない。今は。
「人」が邪魔「物」に化けたその時は――
『……一緒に、帰るの。みんなで。帰ろう』
「……ぁ、あぁ、あ」
ばきり。
「…………はい……」
『……嬉しい』
男を髪の中にすっぽりと抱いて。
闇に呑まれたかのように、髪の中にさらさらとその体が沈み消えて。
他の者たちも全て髪の内に包み込んで――
――さぁ、髪結んで帰りやしょうぜ姫さん、もう陽が沈む。こういう怪談はやたらに広めるもんじゃあねぇ。
『……うん。……ありがとう、百一本』
お礼は、あっしにどれだけ助けられたか、おとろし姐さんに吹き込むってことで。姐御ときたらあっしをいつも疫病神みてぇに……おっと、あぁたはそろそろ離れな。ったく、初めて酒飲んだ餓鬼みてぇに酔っ払って。
「離したら、また消えてしまうでしょう?」
蝋燭の火は消えねぇよ。あっしら妖かしい存在もね。出逢おうと思えばいくらでも嫌になるほど巻き込まれる事はできるだろうさ。
「他はどうでもいい。私は貴方に逢いたいんです」
……あのなぁ、人と化け物はうまく噛み合えねぇんですよ。どうせみぃんな、姫さんの信者みてえな目になっちまう。その目を見てあっしらが喜んでると思ったら大間違いなんですよ。分かるかい?
分かんねぇだろうなぁ、坊ちゃんには。
「そうやってまた子供扱いするんですか。その子供にあんな酷い事をして、責任も取ってくれない大人が言えた事ですか?」
さてね、何したっけなあ。
あれにもあっしらなりの事情があったと言うのは楽だが、それが聞きたい訳じゃあねぇでしょう。
「そうやって煙に巻くのも逃げですよ。五年経ったんです。私は五年前の私じゃない」
そりゃそうだ、中学生なりたてくらいの可愛げがなくなって替わりに小賢っしめな言葉遣いになって、背も随分伸びたみたいだし。知恵もつけたんだろうよ、お、もしかしてあぁた、家が寺か何かやってんのかい? なぁるほどなぁ、道理で勘がやたら良くなってるわけだ。じゃあ暴力は卒業しな。そろそろ本格的に家業に専念する頃だろ。
……おやや? 17、8?
ってえ事は、あぁた、まだ酒飲めねぇ歳か。ますます酔っ払ってる場合じゃねえや。遅くまで外出ってのも頷けないねぇ。さっさと帰んな。ほら早く早く。
「子供じゃない、けど……貴方は変わりませんね。そういうところが好きなんです」
酔っ払って何言われても聞こえねぇなぁ。っておい、何あっしの腕に付けようとしてんですか。
見えねぇ糸があぁたのリストバンドまでずるずる続いてるじゃねえか。でも、こんなものじゃあっしの足跡辿ることすら出来ねぇぜ。あぁたが呪いの反動受けるだけだ、やめとけ。
「そのくらい、どうだっていいじゃないですか」
あー、そうだな。そんなにあっしに会いてえんなら、だいだら様とやらの正体掴んでみせな。だいだら様の噂が壊れた時にゃ、あぁたの目の前にその怪談ひとつ拾いに来てやるよ。
「! 約束ですよ!」
約束なんざしなくたってあっしは絶対に旨い話の前には現れんのさ。
やるよ。この妖気の蝋でこしらえた爪くれぇの小鳥が証だ。
「……やはり貴方は……」
さ、姫さん、あっしに掴まって。話が長い奴は置いといて跳びますよ、そぉらっ。
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『……百一本は、あの人間が特別? 扱いが違うの』
そうですかい? 妙な事始めそうな奴を放っとくより、さっさと暴走の方向性を定めとくのは良い案だと思ったんですがね。姫さんとしてもだいだらとやらの正体が明らかになるのは良いんじゃないかい。
『……それは、そうなの』
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