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二明二本
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『百鬼夜行もそろそろ終いだな、焔先生』
そろそろじゃねぇ、すっかり終いだよ。空が東雲の曙の明け方って奴だ。ゆぅらゆら引き上げるぞ、鷹っ子。
『うん、乗ってくのか?』
行き帰りに楽できなきゃこんな遠くの祭りにまでわざわざ足伸ばしたりしねえや。
『そういうもんか』
そういうもんなんだよ、あぁたと違ってこちとら、ただふぅわりとぱっと過ごしていたい弱々っしい木っ端妖怪だからねぇ。
『それは嘘だと思うぞ!』
ま、そういう話は後だ。ほら、あんまりくっ喋ってるから他の奴らがうずうずしてやがる。あぁつら皆、普段は群れらんない妖怪だの神だからねぇ。舌と耳に飢えてんのさ。
『分かった!』
鷹っ子の目に潜り込んで、ふう、これで良し。さぁて、お遊びといこうぜ。
まずは上、右、もっと上げな。そうそ、翼を流して。風を捉えて。五つ数えたら羽を畳むんだぜ、……そぉらっ!
どーうだい、これが帰り際の輪入道の焔の輪くぐりだ。頼んでも通らせちゃくれねぇからねぇ。通り過ぎる瞬間にちょいとあっしの妖気を輪入道に吹き込んで、焔を紫に染めたら、いたずらの大成功だ。
『やったなあああ、蝋燭の小僧! 待あてえええええ!』
おお、怖。さっさと逃げようぜ。お、飛び方がちっとは上手くなったんじゃねえか。ようし鷹っ子、ここは任せた。輪のやつが飛ばしてくる火を避けながら巣まで帰ってみせな。
『やるだけやって後始末を全部弟子に任せるのは悪いと思うぞ、先生!』
なぁに、余裕でできると思って任せてんだよ。近づいてくんのが分かりやすいように妖気で目印も付けといたし、それにだ。あっしの身も任せてるんだ、許せって。
『先生、なんだか急にやる気が出てきたぞ! なんでだ?』
そいつぁ良いじゃないか。
さぁて、ごろっと寝っ転がって鷹っ子の目ん玉をゆりかご代わりにしますかねぇ。目の中に居るときゃあっしの形はちょいとあやふやになるんだが、楽な姿勢と嫌な姿勢くらいの差はあるんですよ。
……おや、せっかくひとが寝入りかけたところだってのに。やけに騒がしいねぇ。
『先生、人間だ。なんだか百鬼夜行の奴らともめてるみたいだぞ!』
やれやれ、厄介ごとはごめんだぜ。大きく避けていきな、鷹っ……いや待ちな!
『先生?』
はぁあぁ、厄介な奴がいやがるぜ。道理であぁつらも無視できないでまごついてるわけだ。
見ろ鷹っ子、あの黒い雲が赤舌だ。空翔けんなら少なくっとも何度かは出会う奴だ、よぉく雲の様子やら、突き出た顔やら舌やらを覚えときな。
獅子みてえな口をかっ開いてるだろ。奴が舌ぁ剥き出しにしてるときは、誰も見えてる災難から逃れられねぇのさ。逃げようとすりゃあ、もうっと酷い目に遭うし、結局戻ってくることになる。ったく。あれ自体はただの雨雲だからな、追い払えねぇのが厄介。
『じゃあ、どうすれば良いんだ?』
そりゃ決まってる。こっちに来たのが運の尽きだと思って、あっしらも降りてみるしかねぇのよ。鷹っ子よぉ、あっしが大体話つけっから、合図した時以外は後ろに控えて黙ってろよ。
『? 分かったぞ!』
よぉ、やぁ、これはこれは、見事な顔ぶれの皆々様方。十鬼と化と妖ばかしで朝行でもなさるおつもりで? そういう面白いのにはあっしも混ぜてくださらないとねぇ。
『げえっ、一番嫌なのが来た』
おやおや、どなたか分かりやせんでしたが、つれないことを言うじゃあねぇですか。ねえ、おとろおどろしい姉御。
『分かってるならそういう嫌味はやめとくれ。鷹の目で見てたんだろう、これを』
十に二つか三つ足したくらいの歳っ子男子。横倒しに寝てやすが、ははぁ、身体の具合が悪いとみえる。
うーん、なるほど、なぁるほど。今は放っといても死にゃしないでしょうが、あと数十分もすりゃここはあの気難っしい龍さまの通り道になるんですよねぇ。人間嫌いの大の死嫌い、穢れた地には雨もくれやしなくなるときた。そうなると赤舌の雲すら欲しくなっちまいますからねぇ。んな事願うようになったら終いだ。
夜行であらかた妖気使い尽くしたこの顔ぶれじゃ麓まで化かして連れてくのも大変だが、厄介に巻き込まれてまで他の化け共が力貸してくれるとも思えない。さぁて、砂かけのお嬢様、お力お貸し願えやせんかね?
『あらあら、こんな婆におべっか使って』
おべっかだなんてとんでもねぇや、とんでもねぇ。お願いというのはですね、砂をお借りしたいんで。冷たい砂でも掛けて体を冷やしてやらないとね。
『おやおや、本当だね。これは、ひどい熱じゃないか』
そうそ、ですからねぇ。とりあえず鎌ぁ片しな、山鼬。
隠れてるつもりや知れないが、妖気がぼろぼろ溢れてやがるんだ。おとなしく出てこねぇなら、ここの鷹が相手になるぜ。どうだい、試してみるか? そこの弱々っちい鎌じゃ、ひよっ子とはいえ風を神道となさる鷹神様の翼は裂けず、毒の爪からも逃れられねぇだろうなぁ?
そこ、『うわぁ』って言ったの聞こえてやすぜ。顔覚えやしたからね。
……ん、よぉし、出てきたな。良い子じゃねえの。
よぉく聞きな。この人間がくたばっちまっちゃ、暗雲も行き所を失っちまうんだ。分かるだろ? あれがおっかねえ雲だってくらいはさ。だから、持ち帰んならこの人間の肝じゃあなく、柘榴の実にしておきな。ほら、受け取れ。もひとつ。もう一つ。そんでさっさと帰んな!
さぁて、熱はこれで治まるとして。次はどうしてやりゃしょうか……おぉん?
「蝋燭……さん?」
おやや、早速目ぇ覚ましたか。おぉやおやおや、回復のお早いこって。こいつぁ手間が省けた。ちょいと、あぁた、流しの紐を掴むんじゃねぇよ。うっかり解けたら恥ずかしいでしょうが。
「これは何なの」
さぁて何かねぇ。あぁたらの言葉では色んな呼び方してるでしょうが、実質どれが正しいかっていうと難しい話ですよ。そしてどれが間違いって事もありゃしない。一つ言えるのは、あぁたが今まであっしらに出会った事が無かったのは、もの凄い幸運だったって事さ。
妖怪だよ、あっしらはね。
今は百鬼夜行の帰り道。あぁた、そういう領域に迷い込んじまったのさ。
「妖怪! ……です、か」
そうそ。ほぉら、随分服に砂が積もってる。この場所に迷い込んでから、目覚めるまで、いったいどれくらいの時が流れちまったんだろうねぇ。可ぁ哀想になぁ。
さて、不運に巡り合っちまった坊ちゃんよ、このまま付き合ってもらうぜ。その手を寄越しな。
「何を、するんですか」
ほら、繋がった。
もうどんだけ頑張っても取れやしない。
逃げられやしない。
あぁたはこれから、神隠しに遭うのさ。
あっしに攫われるんだ。
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さぁて、歩幅を合わせて歩いて、楽しいぴくにっくですねぇ。
顔色の悪ういお方々も後ろにぞろぞろ居りやすが、まぁ妖怪なんざ八、九割方、血の気の無ぇ連中ばっかりだ。逆に箔がついて見えますねぇ良かった良かった!
『(良かった、じゃあないよ! お前どうするつもりなんだい、この人間のこと)』
何って、神隠し以外の何でもないでしょうよ。
『(帰してやるんじゃなかったのかい)』
そりゃ帰してやりますよ、人里まで追い出してやりますよ。こうやってはぐれないようにお手手まで繋いでるじゃあありやせんか。
『(じゃあ何で、神隠しだなんて)』
おぃおい姉御殿、久しく人間脅かしてねぇからってそこまで寝ぼけちまうのは良くねぇですぜ。
この坊が、ただ帰れって言って適当に驚かして、それで帰るように見えたんですかい?
驚くよりも早く興味津々ってぇ顔であっしを覗きこんできて、「物怖じ」の「も」の字も見せやしないで、首の下ぁどうなってんだか見るために帯を解こうとしやがったこのがき坊主っ子が?
そもそも十二や三なんて昔じゃ大人だったでしょうよ。がきぶってる大人に子供騙しは一番のご法度だぜ、姉さん。
『(……そうかよ)』
お分かりいただけやしたら、後ろで心配してる方々を適当に鎮めといてくだせぇな。朝方だって妖怪はちょぴっと怖いもんだって思い知らせてやる雰囲気作りとかねぇ、仕事はあるんですぜ。
さて、さて、坊の方も放っとくわけにゃいかねぇ。適当な言葉で気ぃ引き続けなきゃならねぇし、さっきまで火照ってた体がそうころっと良くなるとも思えねぇですからね。
「蝋燭さん」
おや、どうしたんだぃ坊ちゃん?
「これからどうするの」
そいつぁまだ、ひぃみつ。段階ってもんを踏まねぇとなぁ。だが、そぅだなぁ、質問なら受け付けようじゃねぇか。せっかちな聞き方はだめだぜ? ゆっくりと話をしよう。なんせ妖怪のあっしと攫われっ子のあぁたにゃ、時間は、まぁだまだあるからねぇ。
「……分かった」
……まだまだ龍の道外れるまでは歩かねぇと。
鷹っ子の爪で引っ掛けて飛びゃ楽だろうが、人間の姿あっちこちに晒していくわけにもいかねぇもんなぁ、ままならねぇ。通る後から匂い消しの砂撒いてくださる婆さまには感謝しかないって事でさぁ、南ぁ無阿弥、お陀仏。
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