百一本目の蝋燭様と

山の端さっど

文字の大きさ
上 下
1 / 18

一夜一本

しおりを挟む

 ゆぅらゆら、やけに今日はが揺れやすねえ。ま、それも当たりめぇだが。
 お外は台風注意報、少し前にはコロッケが飛ぶように売れたそうですが、もうみんなお家の中に居るべきでしょう? 今外を歩くのはあっしでもごめんですねぇ。とてもとても。そんなことしちゃ着流しの裾がはためいちまうし、頭の蝋燭の焔は消えちまう。

 頭に蝋燭載せてるんじゃあねえですぜ。頭が蝋燭なんですよ。
 夜も深まった深夜の百物語。そこで、障子越しに、無人のはずのお社の中にふぅっと火が灯る。いつもは赤とか橙ですが、今日この時は真っ青にしてゆぅらゆら。雰囲気出るでござんしょう? 怖ぁいでしょう?

 …………いくらお外が雨風の踊るような台風で、
 まさかその中で廃れた神社の敷地に堂々と居座って、
 きゃあきゃあ叫んでるお馬鹿さんたちが居たって、
 多少は。
 ほんの少しは。

 一筋の線香の香りくらいの趣は出ると信じたいところですがねぇ。この人ら、蝋燭の形したLEDライト百本並べて次から次へと電源切ってくんですよ。あぁ嫌だ。

「出てこないんですか?」

 出ませんよ。

「その社殿から出てこないと、私しかあなたの存在に気づかないと思いますけど」

 言ってるでしょうが、さっきっからね。あっしは外に出るのなんてごめんだって。

「でも障子越しのブルーライトじゃ、大して怖くもないですし」

 嫌ぁな事言う御仁だねぇ、あぁた。どんな妖怪にだって得手不得手、不得意分野ってのがあんですよ。こんな命知らずのぱりぴ集団が大して怖くもないふわふわした怪談と嵐で盛り上がって、おまけにそれを牛耳ってるかしらの坊ちゃんが平然と話しかけてくるんじゃ、あっしの餌場になりようがねぇや。そろそろ退散するとこですよ。あぁたらは気にせず楽しんでったらいい。

「へえ、じゃあその前に」

 姿を見せてくださいよ……なんて言いながら障子戸を開けても、あっしは居ないんですけどね。中はあっという間に真っ暗な廃屋。やぁ恐ろし、正体暴こうとしてくるような手合いからは逃げるに限りやす。

 どこからどう逃げたかって? 簡単ですよ。
 今まさにあっしの姿を目に入れようとした、このお坊ちゃんの目の中に、ふぅわり、ぱあっ――と、飛び入ったわけです。

 生物ってのは生きてりゃみぃんな色々と灯して生きてますからね。火の中に紛れ込めば見られることもなく、暖かく、守られていて、まあ大抵安全なんですよ。あっしの蝋燭は特別製なんで溶けすぎるってこともない。それに、まさか消えた妖怪が自分の中に入り込んだなんてぁれも考えやしないから、焔を絶やせないあっしがふうっと消えちまうなんていう、ほらぁちっくな演出ができるんです――

「――へえ、蝋燭さんって大胆なんですね」

 だから平然とあっしの位置を見抜いてそういう事笑顔で言うんじゃねえですよ。ああだ嫌だ。

「褒め言葉ですよ。退散なんて言ってましたけど、火が消えないように嵐の中どうやって帰るのかと思ってたので。人の中に入って、火が消えないところまで運んでもらうなんて効率が良い。感心してました。ところでこれはひとつ、疑問なんですけど」

 おぉっと、火が嫌ぁな色に変わりやしたね? あっしの頭のじゃなくって、この坊ちゃんの命の灯の色が。



「もし私が今、この嵐の中で自殺したら、貴方って飛び移る場所を失って死にます?」



 冗談じゃあない。

「だって気になるじゃないですか」

 冗談じゃないよ。

「教えてくださいよ。教えてくれないなら、確かめてみますよ」

 ぱちんっと取りいだしたるはサバイバルナイフねぇ。それも、いかにも騒がしい若人さんらが持ってそうな小じゃれたデザインの。

「冗談だと思ってます?」

 首に切っ先当てるんじゃねえ、せっかち。ってさっきっからちゃんと言ってるでしょうが。
 本気なのは灯の具合で分かってますよ。あぁた、平気で享楽やら酔っ払ったような理想のために死ねる人でしょうが。

「話が早くて良かった」

 死ななくて済んで安心したなんざ要りませんぜ。あぁたの感情はぜぇんぶ、ぐらぐら燃えるあぁたの命の灯が揺らいで教えてくれるんだ。
 こんなふざけた百物語の会を嵐の中で開いたのも、どうやらたまたまじゃあない。最初っから百物語につられて人を化かそうと潜り込んでくるあっしみたいな妖怪やら霊を捕まえようと狙ってたわけだ。
 何が目的です?

「貴方に逢ってみたくって。逢って話してみたかったんです」

 はぁ、はぁ、なぁる。
 この灯、よくよぉっくと思い出してみれば、覚えがありましたねぇ。この馬鹿にも程のある激しい燃え方、色、温度、匂い、何よりその芯。あの時は、今よりざっと五年分命が燃え残ってたっけ。

「そう、4年と11ヶ月3日。あの日から、貴方とゆっくり話をしてみたかったんですよ」

 そいつぁどうも、あっしはそろそろ我慢の限界ですよ。あぁたの事はさして覚えがよろしくないし、特に話したくなるような事した覚えもねぇんですがね、こちとら。

「だって面白いじゃないですか。貴方みたいな妖怪がまだこの世に残っているなんて」

 そんな事ですか? 居やがりますよ、あっしみたいなのはいくらでも。

 いくら人がさかしらになったって暗闇も目を潰す光も消えないし消せない。物理的にってだけじゃありやせんぜ、心が大きな「隙間」と共に有るんだ。あっしなんかはむしろ、こんな世界になって生きやすくしてもらったと思ってる方でね。
 その隙間から、いくらだってあっしらは湧き出してくる。噴き出して吹きこぼれて、ほんの少しあぁたの狭い視界に滴が降り掛かっただけですよ、あの百鬼夜行はね。いちいち覚えてるような大事じゃない。

 だから、つまらねぇって灯で死ぬんじゃねえよ。

「ははっ」

 うわ、笑いやがった、この坊。ひとがせっかくあれこれ言ってんのに。

「いや、だって、何を言うのかと思ったら、はははっ、こんなの、命乞いというより、ただ私の命を案じてくれてるみたいじゃないですか」

 何言ってんですかねこの人間様は。
 そりゃ案じもしますよ。案じるわ。五年前といい今といい、ろくな事に灯の熱を使いやしねぇ生物だ。もうちょいまともに燃え切ってから死んでくだせぇよ。

「……」

 今度は笑わねぇのかい。

「……え? やはり私の幻覚ですか? 貴方。こんな真っ当に善人みたいな性格した妖怪がこの現代を生き残れるわけないじゃないですか」

 褒めてんのか貶してんのかただ驚いてんのか分かりやせんねぇ。ってのは言葉の綾で、実際には灯の具合で分かるわけだが。ろくな事考えてねぇってわけだ。

「失礼ですね。どうやって貴方に首輪をつけようか考えているだけですよ」

 まぁ、どんな幽霊にも妖怪にも神にも縛る方法ってのはあるもんだ。あっしの事をよく知ればその手段も見つかっちまうかもしれないが、そんな事される気はさらさら無えってお分かりでしょうに。

「なら、その方法が見つかるまで貴方が逃げる気にならないように、しばらく台風を追いかけて生活でもしてみましょうか? それとも海の中? あぁ、頑張ればいけそうですよね。資材は沈めて貰えば良いですし」

 海中探索ゲームの見過ぎじゃねぇですかい? そうそううまく、あっしが逃げられる隙間を塞げるもんですかねぇ。

「しょうがないじゃありませんか。まさか、貴方がここで来てくれて、私の中にまで入ってきてくれるなんて思わなかったんですから。準備不足ですよ」

 あっしは今、あぁたの中に入ったのをとてっつもなく後悔してやすよ。代わりに鼠の一匹でも捕まえときゃ良かった。

「それは気をつけないと。鼠に奪われたくは無いですからね」

 なぁ、あぁた、本当の本当のとこ、どうしてあっしを捕まえたかったんです? いくら灯を見てたって信じられねぇですよ、どういうわけであぁたがあっしに対してそこまで小躍りしてるのか。
 何が面白い?
 こら、愛しい子供にでも向けるような手つきで瞼をなぞるんじゃねえ。

「本当のところ、ですか。正直、純粋な貴方の見た目と行動だけでここまで惚れ込んでると言ったら嘘になりますね」

 ……聞かなきゃ良かった。

「聞いてくださいよ、聞いたんですから。言わせてくださいよ、言いたいんです。ねえ、――貴方からとてつもない妖気、みたいなものを感じるんですよ。上質で心地良くて甘くて、それだけで首から下が男の姿でも関係なく惹かれてしまったくらいに」

 なんだ、それが分かるんなら、仕方ねぇや。
 あっしはしがない雨風にも負けるただの雑魚妖怪な焔ですがね、力、えねるぎぃ、人が言うところの「妖気」って奴はいくらでも溜め込める体質なんですよ。空気みたいな妖気が集まりすぎて固まって、いつか火種の蝋燭になっちまうくらいにね。ろくに外には漏れやしないし、同じ妖怪にだってほとんどばれる事ぁないんだが。どうやら、あぁた、随分こっちの世界に馴染み深くて滅法に感覚が鋭いらしい。妖気が心地良いたぁ恐ろしい坊だねぇ。

「そうです。だから、もう逃がしません」

 うんうん、よぉし、こうなっちまったらね。あっしも本気が出せるってもんだ。
 ところであぁた、鼠は嫌いかい?

「え? いえ、ただの鼠に対しては特に何も」

 それじゃあ鷹は?

「え――」

 っと! 返事は不要、代わりにちょっとした離れ業を見せてやろうじゃあないの。
 低く降りてきた鷹が羽ばたいて作る雨粒のない風に、ちょいと溶かした妖気を混ぜて、さぁ、雨の中を五尺……ざっと一めえとる半も飛び上がれる、あっし専用の道の出来上がりだ。
 一瞬の活路って奴ですがね、まぁ、ふわっとぱっと、光の速さで飛び込むには十分ですよ。羽毛の中に滑るように入って、毛が燃え上がる前に瞳ん中までたどり着くのも訳ない事さ。そのまま、こいつと一緒におさらばしやすぜ。

「蝋燭さん!」



 あぁー、聞こえない聞こえやしない。
 あっしとしたことが、怖がらせに行って怖がらせられてちゃ世話無いねぇ。嫌がらせと脅かしもあったか。

ほのお先生、災難だったな』

 おう、ありがとよ鷹っ子。すぐ駆けつけてくれて助かったぜ。
 ずいぶん生きやすい、どらいな世界になってきたと思ってやしたがねえ。あんな湿っぽい、言っちまえば陰湿な奴がたくさん生まれるようになったのも最近だ。くわばらくわばら。

『あいつ、どうするんだ』

 あの坊ちゃん? どうもしないよ。
 うまく逃げてりゃもう捕まらんでしょう。
 なぁに、どうせ長くても百年後にはあの灯も芯も考えてることまで全部灰になるんだ。その塵をいつか掃除するかもしれないがそこまでは知らねえよ。

『先生にやっと浮いた話ができたのかと思ったのに』

 そんな言い方するんじゃあねぇや、ぶるぶる。あぁたらくらいの歳のはすぐに恋だ愛だの話をしたがるねえ。どう見てもあの坊ちゃん、そんな灯じゃあ無かったって。

『あんなに燃えてたのに?』

 そこなんだよ鷹っ子。どんな体質だか知らねぇが、妖気に酔って盛った獣みたいになっちまうんなら、妖気なんざ浴びないようにしてもっとずうっとましな人生ってのを歩くべきなんだよ。

『先生の言葉は難しくて全然分からないぞ!』

 はぁ~あ、鷹っ子はこれだから先生の所から旅立てねぇんだよ。帰ったらお勉強だ。
しおりを挟む

処理中です...