98 / 105
-97.8℃
-74°F 指切りの甘噛み
しおりを挟む
完璧な美人。
絵画に描かれる女神の顔。
美の黄金比ともいえる目鼻の配置。
整い過ぎていて不気味。
彼女はよくそう呼ばれた。
親族は再従姉妹ですら皆、同じような整い方をしていたが、彼女はその中でも特別だった。
そしてその顔を、俺は特別なものだと思ったことがない。
美しいけど、それが彼女の本質ではないと思っている。
顔ではなく、その顔が作り出す満開の嬉笑とか。
休日、元気に飛び跳ねるその体に焼き付く日焼け模様とか。
暗闇の中、俺を呼ぶ声とか。
そういった、明るくて優しい、一つ一つの煌めくような思い出と触れ合った暖かさが彼女の特別だ。
「分かるよ」
そう言ったのは、皮肉にも彼女を殺した男だけだった。
本心なんだろう。彼女の体は綺麗で無造作で、腹に痛ましい凌辱を受けた以外には何もされた痕跡が無かった。
顔を傷つけるでもなく。
愛撫するでもなく。
放置されれば自然と傷んでゆくだろう状態に手を加えることもなく。
顔に乱れてかかった髪すら動かすことは無かったようだ。
「分かるわけがない……」
ストーカーが居るかもしれない。
事件の直前、俺は彼女にそう相談されていた。電車で妙な視線を感じていたらしい。何度もその美貌のせいで彼女は被害に遭っていたから、勿論、出来るだけの事はするつもりだった。
その正体はこの男だったのかもしれない。しかし気づいたとして、何が出来たのだろう。
スターラー。
連続腹裂き殺人事件。
最新作。
どこか他人事のような事件だった。最期に、俺の知らない場所へ行ってしまった。そう思った。
スターラーに会える、なんて、本当は信じていなかった。会えるなんて、今こうやって刃をスターラーに向けられるなんて……
「どうして彼女を殺したんだ!」
「温かかったからだ」
「何故……」
「冷たかったからだ」
何度も俺は聞いたし、この男は何度も答えた。刃先を首に当てられるまでの間ピクリとも動かず、瞬きすらせずに、ただ俺の疑問に答えた。聞き続ければ俺が理解できる言い方でも答えるのかもしれない。でももう気づいてしまった。何を言われても俺はその答えを理解できない。
「何故なんだ……」
俺は、数センチ押し込んだだけで殺せる距離に居て、いつまでも、刃を動かせずにいた。
「そうだなぁ。彼は冬を越せる」
「……え?」
「熱を知らずに越すべきだ」
「そ……」
その意味を問う前に。
着信音が部屋に鳴り響いた。
絵画に描かれる女神の顔。
美の黄金比ともいえる目鼻の配置。
整い過ぎていて不気味。
彼女はよくそう呼ばれた。
親族は再従姉妹ですら皆、同じような整い方をしていたが、彼女はその中でも特別だった。
そしてその顔を、俺は特別なものだと思ったことがない。
美しいけど、それが彼女の本質ではないと思っている。
顔ではなく、その顔が作り出す満開の嬉笑とか。
休日、元気に飛び跳ねるその体に焼き付く日焼け模様とか。
暗闇の中、俺を呼ぶ声とか。
そういった、明るくて優しい、一つ一つの煌めくような思い出と触れ合った暖かさが彼女の特別だ。
「分かるよ」
そう言ったのは、皮肉にも彼女を殺した男だけだった。
本心なんだろう。彼女の体は綺麗で無造作で、腹に痛ましい凌辱を受けた以外には何もされた痕跡が無かった。
顔を傷つけるでもなく。
愛撫するでもなく。
放置されれば自然と傷んでゆくだろう状態に手を加えることもなく。
顔に乱れてかかった髪すら動かすことは無かったようだ。
「分かるわけがない……」
ストーカーが居るかもしれない。
事件の直前、俺は彼女にそう相談されていた。電車で妙な視線を感じていたらしい。何度もその美貌のせいで彼女は被害に遭っていたから、勿論、出来るだけの事はするつもりだった。
その正体はこの男だったのかもしれない。しかし気づいたとして、何が出来たのだろう。
スターラー。
連続腹裂き殺人事件。
最新作。
どこか他人事のような事件だった。最期に、俺の知らない場所へ行ってしまった。そう思った。
スターラーに会える、なんて、本当は信じていなかった。会えるなんて、今こうやって刃をスターラーに向けられるなんて……
「どうして彼女を殺したんだ!」
「温かかったからだ」
「何故……」
「冷たかったからだ」
何度も俺は聞いたし、この男は何度も答えた。刃先を首に当てられるまでの間ピクリとも動かず、瞬きすらせずに、ただ俺の疑問に答えた。聞き続ければ俺が理解できる言い方でも答えるのかもしれない。でももう気づいてしまった。何を言われても俺はその答えを理解できない。
「何故なんだ……」
俺は、数センチ押し込んだだけで殺せる距離に居て、いつまでも、刃を動かせずにいた。
「そうだなぁ。彼は冬を越せる」
「……え?」
「熱を知らずに越すべきだ」
「そ……」
その意味を問う前に。
着信音が部屋に鳴り響いた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
旧校舎のシミ
宮田 歩
ホラー
中学校の旧校舎の2階と3階の間にある踊り場には、不気味な人の顔をした様なシミが浮き出ていた。それは昔いじめを苦に亡くなった生徒の怨念が浮き出たものだとされていた。いじめられている生徒がそのシミに祈りを捧げると——。


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる