暖をとる。

山の端さっど

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-74°F 指切りの甘噛み

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 完璧な美人。
 絵画に描かれる女神の顔。
 美の黄金比ともいえる目鼻の配置。
 整い過ぎていて不気味。

 彼女はよくそう呼ばれた。
 親族は再従姉妹はとこですら皆、同じような整い方をしていたが、彼女はその中でも特別だった。



 そしてその顔を、俺は特別なものだと思ったことがない。
 美しいけど、それが彼女の本質ではないと思っている。

 顔ではなく、その顔が作り出す満開の嬉笑とか。
 休日、元気に飛び跳ねるその体に焼き付く日焼け模様とか。
 暗闇の中、俺を呼ぶ声とか。
 そういった、明るくて優しい、一つ一つの煌めくような思い出と触れ合った暖かさが彼女の特別だ。



「分かるよ」



 そう言ったのは、皮肉にも彼女を殺した男だけだった。
 本心なんだろう。彼女の体は綺麗で無造作で、腹に痛ましい凌辱りょうじょくを受けた以外には何もされた痕跡が無かった。
 顔を傷つけるでもなく。
 愛撫するでもなく。
 放置されれば自然と傷んでゆくだろう状態に手を加えることもなく。
 顔に乱れてかかった髪すら動かすことは無かったようだ。

「分かるわけがない……」

 ストーカーが居るかもしれない。
 事件の直前、俺は彼女にそう相談されていた。電車で妙な視線を感じていたらしい。何度もその美貌のせいで彼女は被害に遭っていたから、勿論、出来るだけの事はするつもりだった。
 その正体はこの男だったのかもしれない。しかし気づいたとして、何が出来たのだろう。

 スターラー。
 連続腹裂き殺人事件。
 

 どこか他人事のような事件だった。最期に、俺の知らない場所へ行ってしまった。そう思った。
 スターラーに会える、なんて、本当は信じていなかった。会えるなんて、今こうやって刃をスターラーに向けられるなんて……

「どうして彼女を殺したんだ!」
「温かかったからだ」
「何故……」
「冷たかったからだ」

 何度も俺は聞いたし、この男は何度も答えた。刃先を首に当てられるまでの間ピクリとも動かず、瞬きすらせずに、ただ俺の疑問に答えた。聞き続ければ俺が理解できる言い方でも答えるのかもしれない。でももう気づいてしまった。何を言われても俺はその答えを理解できない。

「何故なんだ……」

 俺は、数センチ押し込んだだけで殺せる距離に居て、いつまでも、刃を動かせずにいた。

「そうだなぁ。彼は冬を越せる」
「……え?」
「熱を知らずに越すべきだ」
「そ……」

 その意味を問う前に。
 着信音が部屋に鳴り響いた。
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