暖をとる。

山の端さっど

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-75℃ 薄白む空際

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 全てが白くコーティングされた世界が少しだけ、スマホのライトに浮かび上がる。

「スターラーさん」

 時間はまだ未明。クライが凍る声で呼びかけると、静かに影が動いた。暗がりに猫か鷲でもいるように目が光る。

(怖……)

 クライは登山用リュックを前に抱えて車の助手席に乗り込んだ。
 車はまずゆっくりと、滑らかに速度を上げて走り出す。

「……バランさんは居ないんっすね」
「いるけど?」
「えっ」

 振り返ると、不機嫌そうな女性が後部のシート全体に寝転がっていた。

「聞いてよ、若造。彼、わたしの事置いていこうとしたんだよ」
「え、あー、その」
「こういう時は黙って『酷いですね』って言っときゃいいの」

 黙りながら言うのは難しいのではないかとクライは思ったが、ここで言葉を重ねる無意味さも感じていた。

「『酷いですね』」
「そうでしょ?」

 一人芝居に近いやり取りを終えて、後部座席の「バラン」は小さく欠伸をする。

「……」
「……」
「……」
(気まずい)

 クライはゆっくり息を吐いた。

 隣には殺そうとして大失敗した男。

 クライが今生きていられるのは、この男、スターラーにとってクライが殺す価値もないからだ。ただの偶然で、うっかり手がぶつかってコップの水をこぼすよりもあっさりと、クライを殺すだろう。

 多分車の先には、危険な目に遭わせた女の子たち。
 それと、正体不明の危険がどうやら2

(いや、現実感無いよなあ)

 男はスピード超過以外は丁寧な運転をする。しかしそれ以上に天候が悪い。荒れた雪道が車とぶつかって酷い音を立てる。クライは背中をシートに打たれて眉をしかめた。

(……見られてそう)

 後ろにはつい昨夜、強引に迫って反撃された女。

 さっきは何もなかったかのように会話したが、女性のこういう態度は腹の内を見せない技術というだけだ。一度許されたような気になって余計な事をし、次こそ酷い目に遭った男性陣をクライはよく知っている。
 ……ただ、知っているだけだ。

 何人もの女子と付き合ってきたくせに、クライは、女性に告白したことが一度しかない。初恋の女性と1ミリも距離を詰めずにストーカー化するのも当然。振られるのは怖いし、人を自分から好きになったことだって――

(今が2度目だし)

 クライはリュックを強く抱えて歯を噛み締めた。
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