暖をとる。

山の端さっど

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-72℃ 潜むモルデント

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「はぁ、ふうっ、は、はぁ、ぁっ」

 さざ波のような空気が耳をつつく。どうして気を失っていたんだろう。座らされている全身が絶え間なく揺れる。機械音がうるさい。ほんのり油の香り。

 体が動かない。

 腕が後ろに回されて縛られてる。首から腰にかけても太いベルトの感触。顔には何もされていないけど、声が出ない。
 ああ、そうだ、私は、また巻き込まれたんだ。
 声が出なくなって、何もできないまま、あの女の殺人犯に捕まって、気を失って……車に乗せられている。誰かと一緒に。

 悪夢に遭ったように小さなうめき声、あえぎ声をあげている貴女は誰だろう。
 シートベルトを付けられているみたいだけど、私の方に頭が倒れてくれていたら顔のすぐ近くに寄れるはず。ぼんやりとした頭で吐息の方へ顔を伸ばしたら、柔らかく熱いものが吐息と一緒に鼻に触れた。

(きゃっ)

 声が出ないことをここまで感謝したのは初めてかもしれない。少し物音も立ててしまったけれど、運転席までは聞こえていないはずだ。

 そ、それより、この香りは、……友達のもの。はっきりしないけれど、たぶん声色もそうだ。

 そうだった、私があの時、助けを呼んだんだった。
 来てくれたんだ。それで、私のせいで貴女も……

「うう……」

 怪我をしているんだろうか。縛られた所が痛いんだろうか。苦しそうな声が止まない。
 車が揺れて、顎が顔に巻かれた布に触れた。

 ああ、目隠しの布だ。少し濡れている。

「はぁ、あぁ、は、はっ……」

 怖い?

「や……いや……」

 私はどうしたら良いか分からなくなって、頭をこつんと友達の頭に当てる。熱がほんのり伝わってくる。

(助けに来てくれてありがとう)

 やっぱり声は出ない。どうやら携帯も奪われているし、現在地も分からない。この状況を脱する手段も分からない。
 でも、貴女が居てくれることが嬉しい。

(ごめんなさい)

 一度だけ。
 私はそっと唇を当てた。
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