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-63℃ 一筋の血色
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鍵は開いていた。
言葉が思いつかず、わたしは無言で胸に飛び込む。少しも体幹をぶらさずに片腕で彼は受け止めてくれる。荒い息を何度も吐いて、吸って、ようやくわたしは涙をゆっくりとこぼせるようになる。
「わたし――こんな、安い熱愛をするような女じゃ、ないんですよ、ほんとは」
「分かっているよ」
「明日、仕事無くてよかった」
「ああ」
「貴方も?」
「ああ」
「あぁ……」
上半を全ては抱きしめられないから、背中に爪を立ててしまう。服がもどかしい。筋肉と皮膚とが邪魔だ。貴方をそのまま抱きしめたいのに。
「わたし――わたしの物です、貴方は」
それだけ言ったら、全身から力が抜けた。
「風邪を引くな」
狭い玄関で器用にわたしを支えた彼は、コートを脱がせてわたしを抱える。感激する余裕もないお姫様抱っこだ。
「貴方は、まだ――死のうとなんて――」
ゆらゆらと意識が揺れる。どうやらわたしは本当に、風邪を引きかけている。
「約束をする。君の認めない死は拒もう」
彼はわたしを静かにベッドに横たえて、布団を掛けた。
「じゃ、あ、わたしの――勝ち?」
「いいや」
彼は確かにそう言って、わたしは勝手に閉じるまぶたをそれ以上開いていられなかった。だからその後の彼の顔をわたしは知らない。
わたしが知っているのは、糸のような細い傷がひとすじ彼の首についていた事だけ。
彼がクライとの連絡手段をもっていたことも、わたしを寝かしつけた後で連絡先を消そうとしていたことも、消そうとしたその瞬間、泣きすがるようなクライからの連絡が入っていたことも、知らなかった。
言葉が思いつかず、わたしは無言で胸に飛び込む。少しも体幹をぶらさずに片腕で彼は受け止めてくれる。荒い息を何度も吐いて、吸って、ようやくわたしは涙をゆっくりとこぼせるようになる。
「わたし――こんな、安い熱愛をするような女じゃ、ないんですよ、ほんとは」
「分かっているよ」
「明日、仕事無くてよかった」
「ああ」
「貴方も?」
「ああ」
「あぁ……」
上半を全ては抱きしめられないから、背中に爪を立ててしまう。服がもどかしい。筋肉と皮膚とが邪魔だ。貴方をそのまま抱きしめたいのに。
「わたし――わたしの物です、貴方は」
それだけ言ったら、全身から力が抜けた。
「風邪を引くな」
狭い玄関で器用にわたしを支えた彼は、コートを脱がせてわたしを抱える。感激する余裕もないお姫様抱っこだ。
「貴方は、まだ――死のうとなんて――」
ゆらゆらと意識が揺れる。どうやらわたしは本当に、風邪を引きかけている。
「約束をする。君の認めない死は拒もう」
彼はわたしを静かにベッドに横たえて、布団を掛けた。
「じゃ、あ、わたしの――勝ち?」
「いいや」
彼は確かにそう言って、わたしは勝手に閉じるまぶたをそれ以上開いていられなかった。だからその後の彼の顔をわたしは知らない。
わたしが知っているのは、糸のような細い傷がひとすじ彼の首についていた事だけ。
彼がクライとの連絡手段をもっていたことも、わたしを寝かしつけた後で連絡先を消そうとしていたことも、消そうとしたその瞬間、泣きすがるようなクライからの連絡が入っていたことも、知らなかった。
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