暖をとる。

山の端さっど

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-59℃ 約束の感触

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 ああ、冷たい。
 凍えるのはからだの芯が冷えるときだ。雪がふっていようといまいと同じ。動かなければいずれ動けなくなるだけだ。
 それでよかったはずだっただろう?

「だがもう、君ではだめだよ」

 通話を切ったばかりの手でペンを握りこむ。反対の手ではつきつけられていたナイフの腹をはじいて取り落とさせた。
 分かっていたよ。刃物の扱いに慣れていない君は詰めが甘すぎる。君の名前は知らなくたってそういうことはもうずっとまえから、分かるようになっている。それでもよかったから招いた。

「だが、もうだめになった」

 ペン先を首にあてただけで身がすくんで動けなくなる君に殺されるのでは、だめらしい。
 ならばもうおしまいにしよう。

「……何故なんだ」

 分かるよ。私の気がかわったとすぐに気づいて、もう復讐できないしこれから死ぬとすぐに気づいて、すぐに覚悟をきめられる聡い君なら聞くだろう。私が答えるまえに叫ぶように問いたいだろう?

「彼女がお前に何をした?! お前もストーカーだったのか? 逆恨みでもしてたのか? それとも誰でも良かったのか? いや、いや、嫌、だ、そんな訳ないだろう! 何があったとしても、そんなことで、あの明るくて優しい人を、殺す理由になるものか!!!」

 私は彼の激情を妨げないよう静かに後ろのポケットから剃刀をゆっくりと抜く。本当にペン先でというのはあまり快適ではない。

「あの人は誰からも恨まれるような人じゃなかった! もしささやかな事で恨まれたって、殺されていい人じゃなかった! 事故だとしても信じられない。あの人は、俺の彼女は、ただ生きているだけで――」
「たとえば君は本当なら殺す必要もない」
「っ?!」
「君には私は追いつめられない。凍りついた君では動けない。君は私にいかるといい。君はけじめをつけて、約束を守るためだけの死。それだけのための、私の死だ」
「何言って」
「何も言わなくていい。分かるからね。もうひとつ怒るといい。私の『理由』は、君には分からない。だから何も言わなくていい。君はもうひとつ、私が火を奪って生きながらえたことを怒るといい。死を奪った」

 ほら、何も分からない。それでも答えを聞いたことは、殺される前のけじめになるだろうか。
 せめて一瞬でおわりにしよう。長ければ冷たい刃にも凍えてしまう。それにあと45分で、息を切らした彼女が来る。こんなものは見せられない。

 さようならだなぁ、希望。
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