暖をとる。

山の端さっど

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-57℃ 響かない楔

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 熱めのお湯がわたしを静かに包みこむ。でも決して静かじゃない。浸かったまま入浴剤をものぐさに放り込んだらもっと寂しさは消えて、全ての産毛の場所を細かい気泡がマーキングした。今度丁寧に剃ろう。

(ビジホでシャワー使わなかったの初めてかも)

 顔まで半分沈めて思う。でもどうせ上がる時には入浴剤を流すためシャワーを使う。わたしは耳の穴が大きいから半分以上は沈めない。少しぬるりとした手首をそっと撫でる。

「怖かった」

 そっか、怖かったんだ。

「怖い」

 わたしは自分にそんな感情が残っている事を、不思議に思っている。



 たっぷり入浴剤が染み込んだ髪を優しくすすいで、軽やかな風の中で乾かしていく。わたしの髪はタオルで包んだまま乾かすのには少し長すぎる。

 一つずつ挙げてみる。

 死体は怖くない。
 冷たい海辺を歩くのも怖くない。
 墓穴は怖くない。
 クライの事、多分怖くはない。
 殺すのは怖くない。
 殺されるのは怖くな……い。たぶん。
 彼となら。彼になら。
 わたしは、好きになったヒトの皮を剥ぐ彼が怖くない。破滅的だとは思わない。

 でもクライは多分、好きなヒトを殺した彼を恐れてる。
 憎んでいるだろうか。でも彼が大丈夫というならそのはずだ。

 ……もし、もしも。



「……殺されるのは、だめ……」

 わたしは仕上げのクールドライをかけていたドライヤーを取りおとした。スイッチが入ったままだけど無視して、スマホを震える指で操作する。
 わたしはもしかして、途方もないバカなのかもしれない。そのバカさ加減のせいで、もしかして、取り返しのつかない事になっているかもしれない。
 つまらないお喋りや穴掘りやセックスなんかで彼と心通わせた気になって。その程度で、もうすぐ死ぬなんて言う彼を、現世につなぎ止めるくさびを打ち込んだ気になっていた。

「……もしもし!」
『ああ』

 彼の落ち着いた、眠たげな声は少しも乱れていない。わたしは肺に張りつめていた息をだらしなく出した。

「どうして死のうとするの」
『そうか』
「やめてよ、こんな事」

 わたしはここまで情緒不安定な人間だっただろうか。性格が変わっていくのは怖くない。でも怖いのは、

「だからクライを助けて、あの日連れてたの……?」

 彼が殺される事だ。

「いつか誰かが殺してくれるのを期待して、色んなところに種を蒔いてたの? クライの他にも? わたしは恨んでくれなくて、期待外れだった?」

 何か言ってよ。

「いや」

 それじゃ何も分からない。
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