暖をとる。

山の端さっど

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-77℃ チープ・パープル

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 吹雪が車の窓を叩く。皿達千さらだちでは真冬にだけ鳴る。

 生まれた家の冬の音だ。

 あぁ、そうか。不意に思い出すほどの時は経っていたのか。
 それほどの年月ではない。長さだけならその次の、はるか南の雪の少ない地域の方が上だ。まるでちがう人間の住む町。
 あそこではすべてが違った。私さえも受け入れられた。記憶にも残らないほどの安堵と、「平穏」とでも名のつきそうな時間。そうだろう。ありありとあの温かさを覚えているよ。ああ、あれは陽だまりのような――

(恐ろしい世界だった)

 独り立つと決めたとき、北を指差した私に、出会って初めて泣いてみせたのは誰だったか。もう忘れてしまった。見送りに来たときに手渡されたホッカイロと、熱と、

(殺しそこねてしまったか)

 そう思った日の寒さを思い出しただけだ。



 日の出よりもはやく光り始める雪原に立って動きを止めてみればいい。
 目に入る雪をそのまま溶かしておけばいい。
 凍える筋肉の身震いも止めて雪の音を聞くといい。
 急いで暖を取りにいくよりもずっと、生きていると感じるだろう。
 私はここにいると。



「どうしたんですか?」

 ああ。

「いいや」
「……車、動くようになりました?」
「いいや」

 静かだ。

「もしかして、もう車止めて徒歩で行かなきゃいけません?」
「そうだろう」
「雪ってこれだから嫌! あー、寒い」

 分かるよ。手袋の下の肌の青をよく知っている。

「……カイロ、持ってたんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます。……でも、貴方が使った方が」
「寒くはない」
「寒いの苦手じゃないのは知ってますけど、寒がりじゃないですか」



『あなたは寒がりだから、北になんて行くことないのに』



「あ! じゃあこれは私が貰って、はい。私の持ってきたのを貴方にあげます」
「そうか」
「未開封で取っておくのはなしですよ? はい、今封空けましたから。振ったり揉んだりしなくていいタイプです」
「……そうか」

 ……何も思いだすことはない。必要もない。
 君を誰かに重ねることもないだろう。

「あのー、邪魔はしたくないんっすけど、どういう結論になったんっすか……?」
「わ、びっくりした! 邪魔しないでよ青年君。荷物整理して、ここから歩き!」
「マジかー……雪山用の準備してきて良かったっす……」
「それ良いなー、少し分けてよ」
「勘弁してほしいんすけど……」

 ああ、寒いなぁ。
 静かだ。
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