暖をとる。

山の端さっど

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-30℃ 冬の第三話「夢迷宮」

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「皆さまのご地元では雪が降りましたか? 雪は穢れをすすぐものと言われますが、実際、いくらかの悪霊は雪を恐れます。自分の同業者には、緊急避難用にかまくらを毎冬こさえる人もおります。ところが、拠り所ない幽霊が中で静かに暖をとっていた事もあるとか。驚いてつい浄め塩を投げたら、かまくらごと溶けて消えたそうです。

 冬に怪談を百物語る言い訳も板についてきたところで、ひとつ夢の話をいたしましょう。


 彼を胡蝶こちょうと呼ぶことにします。胡蝶は知識を得ることばかり考えている幽霊でした。自分は図書館で出会いましたが、普段はインターネットの中に居ついて、日がな一日、脳にあたる幽霊の器官へ情報を詰め込む暮らしを数年続けていました。幽霊にはそのパターンが非常に多いのですが、胡蝶もまた、生前より同じような生活を送っていたそうです。否応もなく。

 物心ついた頃から胡蝶は夢で迷宮を彷徨っていました。
 夢診断をするまでもなく悪夢です。目が覚めるまでに謎を解き出口へ着かなければ翌日、必ず酷い苦しみが胡蝶の胸を襲いました。

 その『迷宮』の詳細は正直なところ、自分には理解が及びません。中学の時にはもう、二次方程式の解の公式や漢検準2級相当の漢字の知識を用いなければ抜け出せないエリアが発生していたそうですから。

 そうです。迷宮は日々膨れて、胡蝶に次々と知識を要求し、胡蝶は迷宮へ追いつくために新しい知識を絶え間なく蓄え続けなければならなかったのです……死後も。



 胡蝶は、幽霊の話を聞き百物語る自分の噂を聞いて、ぜひ会いたいと尋ねてこられました。さすがは全知へ迫る博識者、生者にも劣らぬ完璧なマナーの訪問でした。お茶までどうにか零さずに召し上がった後に、彼が自分に告げた要件は、仏にしてほしい、というものでした。どことなく疲れやつれた様子でした。

『成仏をお望みなのですね』

 思わず自分は言いましたが、胡蝶は首を振りました。

『己がどうなるか知りたいのです』

 なるほど、クマに囲まれた瞳はぎらついておりました。そういうことでしたら自分にはもう是も非もありません。ただ供養をするばかりです。
 ほんの少しでも正統なやり方からずれれば気づかれるだろうと一挙手一投足に気を遣いながらではありましたが……滞りなく終えたとき、胡蝶はすでにその場に居ませんでした。

 彼が成仏したのか、新たな迷宮の鍵を手に入れて夢へと還ったのか、今でも自分は時折考えます」
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