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山の端さっど

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-19℃ 天使のうずまき

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『明日の夜会おう』

 中年の刑事は「手本」を見て文字を書く。

「……おかしい」

 デートの誘いの文章を推敲しているわけではない。そもそもこの文章、ほぼ間違いなく、デートの誘いのために作られてはいない。
 付箋ふせんに書かれた罠。
 元上司を、殺害場所へ呼び出し殺害するために使われたもの――だと刑事は確信している。念のため、これが元上司が使っていないタイプの付箋なのを確認した。彼女の字ではない。

(……とはいえ、ここからどうしたもんか)

 刑事は机の裏から偶然見つけた証拠品を、まだ誰にも知らせていない。当然、指紋や筆跡の鑑定もしていない。

 理由は二つある。

 まず、鑑定するまでもなく特徴的な字をしているから。
 難なく刑事が読めたのが不思議なほどの丸っこい独自の崩し字だ。我流だろう、書き順が所々おかしいし、「明日の」などもはや4つの渦。どことなく天使の翼のような形にも見える。刑事は何となく筆跡を真似してみたがとても書きづらい。
 内容だけなら男性からの誘いのように思えるが、このグルグル筆跡を加味すると女性からの誘いに見える……ただ、そこは今や些事だ。

 もう一つの理由。汚れもシワも劣化もないこの綺麗な付箋が見つかったのが、だということだ。

 付箋を貰い、机の裏に貼ったのは女上司。そしてその後、最初に付箋に気付いたのは刑事だ。ここまでは多分間違いない。しかし、なぜこうなったのか刑事には分からない。
 なぜ付箋でメッセージを渡されたのか。
 なぜ机の裏に貼ったのか。
 そもそもなぜ、ここなのか。

 女上司の性格をろくに知らない刑事にも分かる。彼女はプライベートな誘いを受けた付箋などというものを丁寧に取っておく性格ではない。まして、いつ落ちるか分からない机の裏になど貼っておかない。

 だから、一つの嫌な想像がずっと頭を駆け巡っている。

「おかしいんだよ……」

 そもそも、付箋で「明日の夜」なんて直近の用事を一方的に連絡するのがおかしいのだ。しかも、多少なり役職があり忙しい女上司に向けて。



 例えば、オフの連絡先を知らず直接話す機会もない。人目を気にし、資料を渡すときなどにさりげなく付箋に貼ったメッセージを添えるくらいしかできない。しかし彼女のオフタイムを知っており、おそらくこの部屋に入れる……そんな人物にしかできない所業。



「犯人が、警察……捜査一課の中に居るってのか……?」

 誰にも言えないまま、刑事はただ字を模写する。
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