暖をとる。

山の端さっど

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-85℃ 幻覚のおとがめ

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 何もかもが揺れる。痛みよりも不安定さが気持ち悪くて、壁で肩を支えながらのろのろと、わたしは廃墟の中を進んだ。

(二階、に、いる気がする)

 幻聴がひどい。絶え間ない雪嵐の音に混ざって銃声まで聞こえる気がする。長い時間をかけて階段を上っていたのに、足がもつれて踊り場まで滑り落ちる。

(あれ……これ、幻聴じゃなくて、本当に足音……?)
「バランさん! 逃げて!」

 いきなりのクライの声にフッと顔を上げたら、目の前に右肩から血を流した男性が立っていた。冴えない感じの殺気立った強面。

「バラン、か。その名前、聞いたことがある」
「え……」
「あの誘拐事件もお前の仕業だったのか」
 
 言葉の半分も耳に入ってこなかった。ただ、揺れる視界の中にぼんやりと、真っ黒な銃が見える。

「あんたが、誘拐犯バランで、……スターラー」

 今、何と言われたんだろう。わたしは確かに『バラン』だけど、本名は、

「何故あの人を殺したんだ……!」

 なぜ、わたしはあの人を、殺したんだっけ。

「あんたは……ごきゅ」

 喉から可愛い音がした。首が折れる、内側からの音。



 彼に焦点が合った。



 彼はぽいっとヒトを放り投げて、わたしへ手を伸ばす。

「立てない、から、置い……」

 彼は最後まで聞かずにわたしの隣に伏せた。と思えば、わたしの右腕を掴み、脚を絡ませてくる。

「え、あ……きゃっ!」

 こんな時に何を、なんて恥じらう暇もほとんどなく、わたしの体は背負い投げのようにぐるりと回転する。気づけば、右脚と腕を彼の体の前で重ねるようにして背に抱えられていた。
 ライフセービングの知識でだけは知っている。ファイヤーマンズキャリーだ。素早く持ち上げられるのと片手が空くのが利点、だとは聞いていたけれど。

「ひゃ……」

 肩と力強い腕に押しつけられるわたしの方はたまったものじゃない。それは、だって、背中側から抱きついたことなんてなかったんだもの。

「っ……!」

 空いた左手に、彼はサバイバルナイフを持っている。そのことに気づいて、わたしの喉ははしたなく鳴いた。

 もし今、誰かが襲ってきたら。彼は楽々と誰かを切り、刺し、殺すだろう。その肉体の動きを、私は全身で感じることになる。
 ああ、きっと狂うほど気持ち良い感覚だろう。濡れてしまうかも。こんな時にこんな妄想をしてしまうなんて、わたしははしたない殺人鬼だ。

(……好きだなぁ)

 静かに拳銃を拾って、クライが神妙そうに息つくのがぼんやり見える。
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