暖をとる。

山の端さっど

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-89.2℃ 第九話「夢想のアクアリウム」

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「冬……いいえ、きっと冬の話ではありません。
 動くものは他に無し。灰と骨が混ざり合った雪上に落ちているのも、二人分の所在なく遠ざかる足跡と、惨劇の残骸と、偶然に燃え残った一枚の付箋だけ。
 そんな廃墟の跡地に、男と女が半ば重なるように横たわっていました。仮に彼女をバラン、彼を――いえ、わざわざ呼び名をつけるのも野暮というものでしょう。



『生きて、いる』
『真っ赤になっちゃった。あはは、すっごくキレイ』

 彼はほとんど潰れた肺で訥々とつとつと言い、彼女は骨折を響かせ静かに笑いました。

『どうしてわたし達、生きてるんですか?』
『さあ。うまくいく、こともある』

 彼は、かろうじて動く首を静かに揺らしました。

『君が、死なないのは、。君を庇って、私はしまうべきだ、と』
『なんですか、それ……』
『賭けだ……抗い、拒んで、最後にサイコロで、決まる、死なら、君に、認められると、思った』
『嫌です。わたしが助かるって知ってたら、貴方が死ぬかもしれない事なんて絶対しなかった』
『そうか』

 もうどける気力もないのか、彼の手は彼女の腹の上に載っていました。

『君は、冷たいな……悪い、心地では、ない』

 彼女は思い出したように彼の方へ顔を向けました。

『冷たさが心地良いってことは、今は、寒くないんじゃありませんか』
『……』
『生き残ったってことは、そういう事ですよ。暖かくなったんです。冬が終わったんです』
『そうか』

 彼は少し、ほんの少しだけ、意外そうな顔と声をしたようでした。

『だからこれからも一緒です』
『「暖かくなるまで」と、言っていた』
『わたしが決めました。賭けに勝ったので。また寒くなった時に、死にたがりに戻らないか見張らないと』
『そうか……』

 彼にしては大層珍しいことに、少しばかり微笑んだように見え、角度の関係でそう見えただけかもしれず――





 おや皆さま、この話のどこが怪談なのか、という顔をされていますね。
 無理もございません。しかし自分にとってこれは、自分を亡きものにした彼女の『未来』というものは、実に怖ろしいものなのでございます――

 さあ、蝋燭の火を消して、今宵はこれで終いです。この星に在るからにはすべからく、皆さまは皆、隣人。いずれかのお方とはまたお会いしましょう。
 どうぞ願わくば、この先の人生、霊死、蝋燭に灯るその熱、冷えて固まる蝋の形、――あなたの芯に、無念の残りませんよう」
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