暖をとる。

山の端さっど

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-10℃ 冬の第一話「痒み」

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「無念を抱える幽霊の話をする為に百物語の会を開くのですよ。冬にもね。自分は冬が好きです。夏に恋うものではなく、今まさに凍える生々しい冬が。今から語る幽霊譚は冬の話ではありません。しかしつい先日に出会ってから耳当ての中にまで囁いてくるのです、『私の無念を語れ』とね。



 かの女性にょしょう牡丹ぼたんと呼びましょう。牡丹は己が一番といった性格でした。己の為に仲間、家族、恋人まで犠牲にし、とうとう、呪われて古寺の怪しい和尚のもとへ駆け込みました。鬼に右腕をもがれたのです。

『あんたにゃ鬼が二匹憑いてる』

 そう和尚は言いました。

『幸い一匹は追いついちゃいない、幸い一匹は殺せやしない。まずは追っ手を騙くらかしてやれ。なぁに、鬼があんたの臭いを忘れるまで一晩ってところさ』

 そこで牡丹は全身に朱の墨を塗られ香を焚かれ、一言で何万にもなるお経を長々唱えられて破れ寺の中では綺麗な一室に閉じこもりました。

『とり憑いた方の鬼はあんたの目や耳やを狂わせるだろう。外が明るく見えたって、あっしが開けるまで出ちゃいけない。寝ちまうこった』

 疲れきっていた牡丹はその言葉に従い、すぐに眠りにつきました。

 ところが季節は夏。そう、夏だったのですが、牡丹は蒸し暑さに我慢がならず数時間で起きてしまいます。無理を知らない肌は蒸れて痒くなっており、全身を掻きむしりました。
 ところが肌から朱墨が取れ、血が出てまた赤くなっても痒みは止まりません。牡丹はようやく気づきます。

『ああまさか、これが鬼の仕業!』

 耳目を狂わせるなら肌を狂わせてもおかしくありません。まさに牡丹は痒みに狂っていました。左腕は掻き続けたせいで疲れきり、爪の間には肉と血とが詰まっては溢れ、また詰まり、それでも腕を休める事はできません。無理に掻けない左の肩を掻こうとして、ばきり、音がしました。とうとう脱臼してしまったのです。痛みに顔を歪めた牡丹はしかし、部屋の端の柱へと向かい、そこに体を擦り付けました。痒みが勝ったのです。もはや痛みも感じず左腕も使いました。

 その時ふと、猛烈な痒みが右腕を襲いました。牡丹はもう止まれません。右腕へと手を伸ばします。

 今はなき右腕のあっただろう空間へと。
 
 血まみれの左手、牡丹の臭いがたっぷりとついた爪は、嗚呼、障子紙を破ったのです――



 その後に牡丹の身に起きた事を、あえて自分は語る気が起きません」
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