暖をとる。

山の端さっど

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-03℃ 新発売野菜ジュース

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「強い寒気が数日続く見通しです。一瞬暖かくなったと思っても、上着を忘れないようにしてください」

 カメラに向かって話す気象予報士を街頭で見た。寒い中ご苦労な事だ。隣のデカい着ぐるみは逆に暑そうに見える。暑苦しい身振り手振りのせいだろう。ご苦労。僕は街に溶け込むように走る。悪目立ちした姿をニュースで流されるなんてガキじゃないか。ジャージ姿でランニングする小市民に完璧に擬態する方がよほど天才らしい。いつでも人を押しのけて特別になることばかり考えるクラスの奴らには分からないだろう。
 路地裏に駆け込んで最短経路で雑居ビルの裏口からエレベーターで上に上がる。目的地は探偵事務所だ。

「おいコラ言者不智げんしゃふち。若者は階段使えって言っただろ」
格物致知かくぶつちちに無駄な筋肉疲労は不要だろう」
「筋肉の問題でも知能の問題でもねえ、ビルのオーナーの方針だ」
「オーナーがエレベーター利用者を逐一確認するような性格なら僕だって荒波を立てはしない」
「ハッ、要領のいいこって」

 悪目立ちしないことに意外にも長けているのがこの探偵だ。残念ながらこの僕と唯一話が通じなくもない大人でもある。何より僕をガキと呼ばない。

「今日は何しに来た」
「暖を取りに来た」
「嘘つけ、いい具合にあったまってるだろうが」

 そう言いつつ野菜ジュースの一杯でも出してくるところなど実にそつがない。おまけにわざわざ小さい紙パックをコップに空けている。寒日だろうが運動の直後は速やかな体温低下と水分摂取が必要だという簡単な論理にも至らない愚者がこの世には多すぎる。

「僕が来た理由を理解していないのなら馬鹿だ」
「……お前なあ」
「『スターラー』の手口が戻った。やはり模倣犯だ」
「お前なあ」

 探偵はわざとらしいため息をついて無駄な時間稼ぎをする。ならば僕も腕組みをして客用ソファーに横になるまでだ。
 この冴えない探偵も僕が来ることは分かっていたはずだ。冷やすのが間に合わないとみて冷たい野菜ジュースを慌てて買ってきた痕跡がある。ご苦労だがゴミ箱にレシートがあるし今日発売の新商品なのがバレバレだ。
 昼のニュース速報を見て心動かないわけがない。僕と探偵は猟奇殺人鬼スターラーを幾度も分析しているのだから。

「それでいま手に入っている情報は?」

 とは言わない。優位を取りつつ探偵から話させるのが僕の最近の趣味だ。
 さあ今日もよろしく。
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