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-89℃ ハラジロカツオブシムシ
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体長1cmほどにしかならない小さな虫が餌を求めて腐った床を這う。
首があらぬ方向へ曲がった男の指へたどり着き、静かにささくれを食い始める。
「来ないのー? こっちから行っちゃおっかなー」
天井からナイフの柄を伝って落ちる血へ向かって呼びかけた女が一歩、踏み出す。
そこへ、少し苦しそうに息を吐いた男が切りかかる。
「君ではだめだよ。どれだけ熱くとも熱を求めつづける者では」
「っちょ、しっつこいなー! 何言ってんの?」
「あーあ、みんなボロボロだね」
壁にもたれかかった女が通信機に向かって呟くように言う。
「準備できそう? クライ」
「まあ、丁度良い感じに痛覚マヒしてきたんで動けます。あとバランさん、愛してます」
青年はフラフラ揺れながら、屋根裏奥にしまわれていたものを引きずり出す。
通信機の向こうから返ってきた返事に、好青年の仮面など脱ぎ捨てて、顔を歪めた。
「今更……何をする気だ……」
腹に刺さった刃を抜きもせず動きもせず少年は虚ろな目で問う。
「撃てるのか? 貴様に」
「撃てないよ、この期に及んで。俺は、人に対してっていうより銃を撃つって行為自体が無理っぽい」
「銃器恐怖症の一種か……ならば何をする」
「最善の次善策ってのはどうだ?」
少年は目を瞬かせる。
「ってか骨返せー!」
「あぁ、そうだな」
男が小さな骨を取り出して、ゆっくりと放る。
その時。
天井扉を蹴破るように、埃と、食い残された服や肉の粉――積年の虫の食いカスの煙が降り注ぐ。
「幼虫期に乾いた獣の肉や毛を食う虫。衣服の虫害の原因でもあり骨格標本を作るのにも使われる虫。湧くべくして湧いた虫か」
続いて放り込まれた高山用ボンベから噴き出した空気が室内全体に煙を広げる。
「……密閉空間内でのある程度の乾燥と十分な酸素に視界を遮るほどの濃度の可燃性の粉末――なるほど素晴らしい条件だ。これならまず失敗しない」
少年が狂ったように笑って銃を構える。
「ああ分かったよ。心中といこうか、探偵」
視界ゼロの中で発射された銃弾が向かう先に、小さな骨片とそれを慌てて掴んだ女の心臓があったのはただの、何ももたらすことのない偶然で――
拳銃から放たれたかすかな火花が近くのチリに燃え移り、一瞬にして空間全体に爆発を広げる。
粉塵爆発。
二階の一部屋と屋根裏は激しい衝撃で吹き飛び、すぐに建物全体が炎に包まれる。
雪の中、二人の少女はぎゅっと身を寄せ合う。
首があらぬ方向へ曲がった男の指へたどり着き、静かにささくれを食い始める。
「来ないのー? こっちから行っちゃおっかなー」
天井からナイフの柄を伝って落ちる血へ向かって呼びかけた女が一歩、踏み出す。
そこへ、少し苦しそうに息を吐いた男が切りかかる。
「君ではだめだよ。どれだけ熱くとも熱を求めつづける者では」
「っちょ、しっつこいなー! 何言ってんの?」
「あーあ、みんなボロボロだね」
壁にもたれかかった女が通信機に向かって呟くように言う。
「準備できそう? クライ」
「まあ、丁度良い感じに痛覚マヒしてきたんで動けます。あとバランさん、愛してます」
青年はフラフラ揺れながら、屋根裏奥にしまわれていたものを引きずり出す。
通信機の向こうから返ってきた返事に、好青年の仮面など脱ぎ捨てて、顔を歪めた。
「今更……何をする気だ……」
腹に刺さった刃を抜きもせず動きもせず少年は虚ろな目で問う。
「撃てるのか? 貴様に」
「撃てないよ、この期に及んで。俺は、人に対してっていうより銃を撃つって行為自体が無理っぽい」
「銃器恐怖症の一種か……ならば何をする」
「最善の次善策ってのはどうだ?」
少年は目を瞬かせる。
「ってか骨返せー!」
「あぁ、そうだな」
男が小さな骨を取り出して、ゆっくりと放る。
その時。
天井扉を蹴破るように、埃と、食い残された服や肉の粉――積年の虫の食いカスの煙が降り注ぐ。
「幼虫期に乾いた獣の肉や毛を食う虫。衣服の虫害の原因でもあり骨格標本を作るのにも使われる虫。湧くべくして湧いた虫か」
続いて放り込まれた高山用ボンベから噴き出した空気が室内全体に煙を広げる。
「……密閉空間内でのある程度の乾燥と十分な酸素に視界を遮るほどの濃度の可燃性の粉末――なるほど素晴らしい条件だ。これならまず失敗しない」
少年が狂ったように笑って銃を構える。
「ああ分かったよ。心中といこうか、探偵」
視界ゼロの中で発射された銃弾が向かう先に、小さな骨片とそれを慌てて掴んだ女の心臓があったのはただの、何ももたらすことのない偶然で――
拳銃から放たれたかすかな火花が近くのチリに燃え移り、一瞬にして空間全体に爆発を広げる。
粉塵爆発。
二階の一部屋と屋根裏は激しい衝撃で吹き飛び、すぐに建物全体が炎に包まれる。
雪の中、二人の少女はぎゅっと身を寄せ合う。
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