暖をとる。

山の端さっど

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-05℃ 荒波にラジオ

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 その日東京湾は大荒れだった。予報を見ると、これからさらに大きく荒れる。

「ちょうど良かった」

 わたしはチャック付きの袋に入ったスマホをしまって、雨の中振り返った。先ほどこっそりと調べた単語を思い返す。

『バラン』。
 平衡(balanced)と不平衡(unbalanced)の頭を取ってつけられた、なんとも無機質な語だ。ラジオの部品の一つなのは間違いない。

 わたしは精密機械には詳しくないから、その部品とやらが何の役割を果たしているのかはさっぱり知らない。
 ただ、どうやらその部分が壊れているのだと、笑って教えてくれた人の顔は覚えている。

 たまたま行った海辺でたまたま出会った人だった。共通点はたぶん、どちらもこんな日になんとなく砂浜にやって来た変人ってだけ。わたしから話しかけたのも、その人がラジオを弄っているのが物珍しかったからってだけ。
 もともと好きなタイプの好青年だったんだと思う。ラジオ部品から始まって、わたしの知らない面白い話を次々としてくれた。わたしの話題にも乗ってくれて、話すうちに、驚くくらいスッと恋心を自覚してた。



 どこで、「そういう」考えに至ったのか、自分の思考回路がうまく思い出せない。



 気がついた時にはその人に飛びかかってた。
 相手が油断していたとはいえ、まさかわたしが男を絞め殺せたのにはまだ驚いてる。そのくせ、まるで昔からそうしていたみたいに、あたりを見渡して目撃されていないか確認したり、天気予報見てみたり、今後のことを妙に冷静な頭で考えたりしてる。

 わたしはどうしちゃったんだろう。

 捕まるかもしれない、という恐怖はあっても、人殺しをしたことに対しての後悔は、なぜかひとつも浮かんでこなかった。今はまだ気が張りつめているからだろうか? それとも、わたしは実は、こういうヒトだったんだろうか。



 今わたしは、この人の首に海藻を巻き付け、岩礁に死体を置き去りにしようとしている。
 この人は、ラジオが壊れていたから荒れる海に気づけなくて、事故で死んでしまった。そういうことにしたい。

 一番偽装したいのは、誤魔化したいのは、わたし自身の記憶なのに。
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