暖をとる。

山の端さっど

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-15℃ くらく明らか

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 ソファーに腰かけてテレビを見る彼女は今日も美しい。

「今日も素敵だね」

 泣きぼくろの男、クライは金曜夜から月曜朝まで彼女だけが楽しみだ。
 ただし、彼女を「盗撮で観るのが」。
 ストーカー歴1年、クライは無音の高画質カメラを愛しの彼女の部屋に仕掛けることに成功していた。気づかれない絶対の自信もある。

「……ん?」

 そのとき、彼女の顔が恐怖に固まった。それでも美しい。完璧な恐怖の顔だ――陶酔していたクライは、恐怖の元凶に考えが及ぶのが遅れた。
 彼女が、青ざめたままソファーからふらりと立ち上がった。リモコンを取り落とす。衝撃で電池カバーが外れたが目をやりもせず、両手を、上げた。

(強盗?!)

 クライはとっさにスマホを取り出して――110を押せなかった。
 通報すれば怪しまれる。盗撮カメラからクライの部屋への送信システムがバレれば、彼女の顔はもう見られなくなる。
 それよりも彼女に直接電話して、着信音で犯人をためらわせる方が良いのかもしれない。だがやはり、履歴が残ることをクライは恐れてしまう。

 一瞬の迷いが命取りだった。
 彼女の胸に深々と、刺身包丁のようなすらりとした刃が突き刺さる。

「そんな!!」

 迷ったばかりに、その表情を永遠に失ってしまう。クライの目の前は真っ暗になった。

「きゅ、救急を……」

 そこでクライはぞっとして固まった。

 暗いのは目の前ではなく、画面だ。

 かすかに赤い光がこぼれる。赤い液体をまとった誰かの手が、カメラを掴んでいる。
 誰か? 誰か、って、彼女を殺した犯人に決まっている。

 かっとなって部屋を飛び出していた。隣人が五月蝿いと扉の前まで来ていたが、押しのけて走り出す。
 彼女の部屋までは電車で一本。
 タイミングが良かった。ちょうど来た電車に飛び乗って、殺気立ったまま着くのを待つ。
 早く――早く――――

「彼女の顔に傷一つでもつけてみろ、赦さない……!」







「君の考えることなどすぐにわかるよ。くるといい、同類――おっと」

 言葉の途中で欠伸がこぼれる。

「造花の影。この高さにカメラを仕かけるなら観るのは顔か」

 女の腹はぱっくりと裂けて、大きく開かれている。
 退屈そうな男は、血まみれの両手をもう一度、女の腹に差し込んだ。内臓の押しのけられる音が部屋に静かに反響する。そこに今からやってくるだろうストーカーへの恐れは無い。

 美学なき犯罪者には美人もストーカーの存在も関係ない。男が求めたのはただ一つ、眠気を誘うほどの――

「温かい」
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