暖をとる。

山の端さっど

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-11℃ 死神の休日

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「あー……」

 靴にへばりついた「それ」を見て、中年男――職業は刑事だが今はオフ――は顔をしかめた。
 うっかり踏んでしまったとたん、グニャ、と嫌な感触が広がる。靴底にはべったりと目に痛い色彩……カラーボールの残骸だ。
 それが意味するところは一つ。

「ちょっとライター切らしてコンビニ来ただけだってのに……」

 事件だ。



蓋然がいぜん性」という語は、「十月十日は晴れ」のような、パーセンテージや単純な確率によらない見込みの有無を表す。
 別の例を挙げるなら、「この刑事が事件に出くわすかどうか」。
 一介の刑事が普通にプライベートで生活している分には、事件にばったり遭遇する「可能性」はそれほど高くない。しかし某漫画の主人公が連載のたびに事件に遭うように、この中年男が何らかの狂気的な事件に居合わせることは「蓋然性のある」ことなのだった。



「……さて、今回の仏さんは誰かねぇ」

 オフの刑事はいつもの癖でポケットに入れっぱなしの手袋を取り出し、店内に入った。

「あ、け、警察を!」

 カウンターの奥で震えている、いかにもバイトらしい店員に呼びかける。

「死人は?」

 店員は恐怖を一瞬忘れたようにキョトンとした。

「え、あ、あの、強盗、なので……」
「……まさか誰も、死んですらいないのか?」
「あ、あなた誰ですか?!」
「っしゃあっ!」

 警戒心を露わにする店員と引き換えに、オフの刑事は小さく、いややはり傍目から見ると大きく、ガッツポーズをした。

「俺だっていつでも虐殺事件を引き寄せる死神ってわけじゃねえんだ!!」

 自らの存在が事件を引き起こすのではないかと悩み、休日はほとんど部屋にこもって過ごす独り身男の久しぶりの笑顔だった。







 数日後、その平和の代償となるに相応しいほどの事件が起きるのだが、まだこの幸せそうな刑事には聞かせるのも酷な話である。
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