暖をとる。

山の端さっど

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-26℃ 穴掘りびとの唯

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 穴を掘る。
 曲げ続けている腰が痛い。手袋越しでも擦られ続けている手のひらが痛い。汗が絶え間なくぼたぼた落ちてくる。腕が関節人形みたいにバキッと外れて落ちる寸前だ。

「この日のこと、墓穴とか掘るときに思い出すでしょうね」

 予定もないのに冗談めかしく言うと、彼は息だけで、ほんの少し、ほんの少しだけ笑いに近い感情のこもった白い煙をこぼした。

「今がその時だろう」
「そっか」

 わたしは目に入った汗に変な顔をした。誰も見てないからセーフ。ん? 若造、見てた?

「み、見てませんなんも」

 セーフ。

「……暑い」

 今度は返事がない。わたしはスコップを突き立てて、目を閉じて大きく腰を伸ばした。後ろの地面に着くまでそり返らせたい気分だ。乱れた髪を整えて、なんとか前に戻ってくる。またスコップを動かす。
 心の中で唱える。



 これはヒトの腹をえぐる一撃。

 石に弾かれたのは、間違ってあばらを刺した一撃。

 飛び出す内臓のように土を跳ね上げる。

 指先ごと土を突き刺して神経も骨も細切れに。

 この勢いなら、きっと、頭蓋骨も叩き割れる。



「あはは……」

 やっぱり静かな声しか出なかった。







 綺麗に腹をほふって小分けにしたヒトを、あちこちの深い穴に横たえる。薬品を全体にかける。冷え切った森の中で動くのはわたしたちだけだ。先ほどまで暑かった体もすぐに冷えてきて、わたしは再びコートに身を包む。白い息が生き物みたいに吐き出た。

「このヒトは隠すんですね」
「見せる意味もない」

「スターラー」は猟奇死体を見せびらかすのが目的じゃない。これまでだって、可能なら処理していたんだろう。その時は、この背中ひとつで。目の前で少し穴へとかがみ込む男の背骨に、わたしは手を置いた。

「突き落とすなら全身をつかえ」
「違います」
「そうか」

 ……誤解を生む行動だった。彼は、わたしにそんな気はないと分かっていただろうけれど。
 少し手のひらに力をかけてみる。びくともしない。もう少し、と力を強めたくなるけれど、手は勝手に引いていく。

 ああ、この感覚が、もしかして、彼の言う。わたしは背中に顔をぐりぐりと押しつけた。

「凍えそうです」

 返事はあったかもしれないけど、わたしの耳には届かなかった。
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