2 / 105
-02℃ 紅花散る棺桶
しおりを挟む
紅、白、紅、白、紅、白。
バラ、ユリ、チューリップ、スイセン、シクラメン、デイジー。中年男の刑事は、紅白の花が壁まで埋め尽くす病室を見回した。
「マジかよ……」
そのピアニストは、半身にも等しいと普段より語っていたピアノと同じくらいに花をこよなく愛していたそうだ。
ならば、最期にも棺桶の中で花に包まれる自分を想像することで、少しは心を慰められただろうか。
とはいえ、すでにこの部屋が棺桶みたいなものだ。葬式場なら黒白の鯨幕だろうに、と刑事は言いたくもなる。
病室はピアニストの熱狂的なファン達から贈られた様々な種類の花でいつも満ちていた。迷信を信じないピアニストは鉢植えも好んで求め、飾らせた。毎日のように花を替えてもまだ贈り花は余ったという。しかしそんなものは体中に巣食った癌を押しとどめる役にはつゆほども立たなかったらしい。そして病魔はついにピアノさえも彼女から取り上げた。半身を失う。その事実は彼女の精神をどれほど蝕んだだろう。それからの悪化は早かった。
それからだ。ピアニストが、残る半身にすがりつくように、病室を壁までびっしりと花で満たさせるようになったのは。
(真っ白な病室をこんな花で埋め尽くすってのは、そりゃ正気じゃねえな)
精神と肉体は呼応する。ピアニストはみるみる弱っていった。医師の予測よりも迅速に、突然に、命の弦は途切れる。
死因は確実に病死だった。癌による、れっきとした病死。
「なのに、この遺体は何だ……?」
心停止後すぐ、ほんのわずか部屋から人が消えた隙に起きた変化だったという。
布団がいつの間にか剥がされていた。入院着も下着もはだけて、腹も――腹は、ぱっくりと裂かれていた。さらに露わになっていたのは、自然に出たにしては晒されすぎた臓器。中をかき乱されたかのような痕があった。
かき混ぜる者。
出来上がったのは、最近起きている女性ばかりを狙った猟奇殺人事件と同じ状況。
「殺人の方は手段であって目的じゃねえ、ってのか……」
刑事は途方に暮れて部屋をまた見回した。
「白花のピアニスト」の病室だったものを。
様々な真っ白の品種ばかりの花を。
白い病室を、白い花で上書きする狂気を。
スターラーの凶行によって紅くまだらに染まった花を、途方に暮れて見ることしかできない。
バラ、ユリ、チューリップ、スイセン、シクラメン、デイジー。中年男の刑事は、紅白の花が壁まで埋め尽くす病室を見回した。
「マジかよ……」
そのピアニストは、半身にも等しいと普段より語っていたピアノと同じくらいに花をこよなく愛していたそうだ。
ならば、最期にも棺桶の中で花に包まれる自分を想像することで、少しは心を慰められただろうか。
とはいえ、すでにこの部屋が棺桶みたいなものだ。葬式場なら黒白の鯨幕だろうに、と刑事は言いたくもなる。
病室はピアニストの熱狂的なファン達から贈られた様々な種類の花でいつも満ちていた。迷信を信じないピアニストは鉢植えも好んで求め、飾らせた。毎日のように花を替えてもまだ贈り花は余ったという。しかしそんなものは体中に巣食った癌を押しとどめる役にはつゆほども立たなかったらしい。そして病魔はついにピアノさえも彼女から取り上げた。半身を失う。その事実は彼女の精神をどれほど蝕んだだろう。それからの悪化は早かった。
それからだ。ピアニストが、残る半身にすがりつくように、病室を壁までびっしりと花で満たさせるようになったのは。
(真っ白な病室をこんな花で埋め尽くすってのは、そりゃ正気じゃねえな)
精神と肉体は呼応する。ピアニストはみるみる弱っていった。医師の予測よりも迅速に、突然に、命の弦は途切れる。
死因は確実に病死だった。癌による、れっきとした病死。
「なのに、この遺体は何だ……?」
心停止後すぐ、ほんのわずか部屋から人が消えた隙に起きた変化だったという。
布団がいつの間にか剥がされていた。入院着も下着もはだけて、腹も――腹は、ぱっくりと裂かれていた。さらに露わになっていたのは、自然に出たにしては晒されすぎた臓器。中をかき乱されたかのような痕があった。
かき混ぜる者。
出来上がったのは、最近起きている女性ばかりを狙った猟奇殺人事件と同じ状況。
「殺人の方は手段であって目的じゃねえ、ってのか……」
刑事は途方に暮れて部屋をまた見回した。
「白花のピアニスト」の病室だったものを。
様々な真っ白の品種ばかりの花を。
白い病室を、白い花で上書きする狂気を。
スターラーの凶行によって紅くまだらに染まった花を、途方に暮れて見ることしかできない。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
旧校舎のシミ
宮田 歩
ホラー
中学校の旧校舎の2階と3階の間にある踊り場には、不気味な人の顔をした様なシミが浮き出ていた。それは昔いじめを苦に亡くなった生徒の怨念が浮き出たものだとされていた。いじめられている生徒がそのシミに祈りを捧げると——。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる