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EX
偏嗜好ドラザーズ
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「明日の朝、冴姫っちと女子会するんっすよ」
「バンダちゃん」は余裕をもって話を切り出した。場所はアパート「ハイツみなも」。バンダちゃんとバンダちゃんの雇い主、賢木響の作った料理をそれぞれ持ち寄った、ゆるい夕食会の最中だった。
「さきっち? ……ああ、辻斑さんか。本当に仲良くなったんだな」
賢木響はしばらくしてうなずく。その隣で、箸がカチャッと鳴った。
「あの塵がどうかしましたか?」
「塵ってことは無いっすよー、影っち」
バンダちゃんが仕えるべき主として認識している存在、美路道影は分かりやすい反応を見せた。バンダちゃんはにっこりと笑む。
「冴姫っちの専門知識と情報収集能力はなかなか特異的で素晴らしいっす。親しくして損はないっすねー」
「専門知識?」
「情報収集能力?」
「今に分かるっすよ。絶対影っちと響っちに良いことがあるっす! で、」
バンダちゃんはコップに麦茶を注いだ。
「そこでちょっとお聞きしたいんっすけど、響っち、影っち。どんな方が恋愛的にタイプっすか?」
賢木響はわずかに味噌汁茶碗を傾けた。こぼれそうなギリギリのところで汁が波打つがすぐに静まる。バンダちゃんは内心感心した。
「……っいや、ちょっと待て、待ってくれ」
「おー、『バンダちゃんはそういう事言わねえだろ』とか思ってたクチっすね?」
「思ってたよ!」
「ウチは大の大真面目なんっすよ、これが」
「ふむ」
美路道影は目に見える動揺は見せない。ただスッと目を細める。
「バンダちゃんなら聞かずとも分かるだろう?」
「それは野暮ってものっすよ。ウチは全知全能じゃないっす。もし八割知の八割能だったとして、残りの二割の空白がとんでもない誤解を生むことなんてザラっすからねー」
バンダちゃんは指で円グラフの五分の一くらいの角度を作る。
「言葉を大切にするべきっすよ、影っちも響っちも。もちろんバンダちゃんもそうっす。思い違いやささやかーなミスで、言葉よりも大切に思う信念とか魂とかつながりを損ねるなんて本末転倒っすからねー」
バンダちゃんは語尾の「ね」を強めて美路道影に向けた。
「……分かっていますよ」
「響っち、お返事は?」
「え、俺も?」
「響っちこそ思ったことは素直に話すべきっす。無口はただの美徳に過ぎないっすよ」
「ただの美徳って何だよ。……まあ、覚えとくよ」
「で、どうっすか、響っち?」
「待て、言葉を大切にすんのと俺のタ……それと何の関係が」
「まあ良いじゃありませんか、響くん」
「あんたは面白がってるだけだろ!」
「おや、きみ、この程度の戯れを言えないんですか? 何か理由でも? 例えば……きみの好みが、バンダちゃんみたいな娘だとか」
「違えよ!」
「なら何です?」
「っ……」
(あーあ、影っちも素直じゃないっすねえ)
バンダちゃんは困ってしまった賢木響を気の毒そうに見た。自分でこういう話の運びになるよう仕組んだとはいえ罪悪感はある。
「そんなに考えこまなくても、軽ーいので構わないっすよ、響っち」
「……」
「響っち?」
「……とりあえず、話を聞いてくれて、ストーカーしてこないで、セクハラもパワハラもしてこない人」
「日頃の苦労が滲み出てるっすね」
「あ、あと人間な!」
「分かってるっすよー」
やはり言葉は大事だ。美路道影が興味深そうに聞いているだけでもバンダちゃんが攻めた甲斐があるというもの。
「この時の響っちはまだ、この後いろいろと他の条件が加わることになるとは知らなかったんっすよね」
「?」
「ちなみに影っちはどうっすか?」
「『響くん』ですね」
「わお!」
「そういうのいいから。……で結局、これ何なんだよ」
「何でもないっすよー」
バンダちゃんはにっこりと笑うのみ。
「いらっしゃいバンダちゃん! 準備できてるから入って」
「お邪魔するっす! いつ来てもキラキラっすねー、冴姫っちの部屋」
「でしょ? 最近はラボに詰めてたからしばらく留守でさぁ、昨日ガッツリ掃除したの」
ハイツみなも102号室は女子らしい可愛らしいアイテムで溢れている。バンダちゃんは情報収集のためにクルクルと室内を見渡す。
「はいお茶と、これ」
「言葉を失いかねないラブくるしいケーキっすね! あ、ウチからもささやかっすけど」
「わーいしょっぱいお菓子だありがとう! 今開けちゃうね」
「被らなくて幸いっす! あ、お土産はもちろんこれだけじゃないっすよー」
「その言葉を待ってました!」
お菓子の系統が被らないのは偶然などではなく、微に入り細を穿つような調査の賜だ。こういった情報は相手にそうと悟られずに活かしてこそ活きる。
「それでそれで、どうだった?」
「やばやばだったっす!」
「ヤバヤバってま、まさか」
「……響っち先輩と影人っち先輩、ありっすよ」
「ヤバヤバッ……!」
辻斑冴姫はいわゆる「腐女子」の卵だ。それも、どうやら賢木響と美路道影の二人を両片思い、互いのことを好きつつも二人とも想いを秘めている関係だと思い込んでいるらしい。
今は全然そんな仲ではない、と、素直にバンダちゃんが言うわけがない。これは辻斑冴姫と近づくために使える絶好のカードなのだ。彼女の人間関係で、自然に二人の様子を見られるのはバンダちゃんだけなのだから。
(まあ、思い込みといっても、将来的に現実になる可能性は全然なしじゃないんっすけど)
「……というわけで、響っち先輩はトラウマの数々を思い出しつつ顔を曇らせてたっす……ウチ、響っち先輩に悪女や略奪や裏切りの連鎖なんて深い絶望の過去があったなんて初めて知ったっす……ぐすん」
バンダちゃんは嘘と虚飾で盛りに盛った話を締めくくり、ハンカチで目を押さえた。
「そうだったんだ……じゃあ、今は……」
「でも今は少し前向きになれないだけで、恋愛を諦めたわけじゃないと思うんっすよね……だって響っち先輩、いつもどこか寂しそうっすもん」
「だよね! 癒してくれる人が必要だね!」
辻斑冴姫は使命感すら顔に浮かべてケーキの苺を口に入れる。
「そ、それで、影人さんの方は?!」
「色々はぐらかされちゃったんっすよね。あの人少し素直じゃないところあるっすから」
「聞けなかった?」
「……でも、よく聞いて話をつぎ合わせてみたら、好きな人って響っち先輩のことだとしか思えないんっすよね……」
「えええええっ!」
辻斑冴姫は顔を手で覆って呼吸を止めた。
「冴姫っち? 冴姫っち! 息してほしいっす!」
「……はっ……はぁ、はあ、はあ。ご、ごめん、なんか昇天しかけてた」
「お気持ちは分かるんっすけど少し深呼吸が必要っす」
バンダちゃんに背中をさすられながらゆっくりと呼吸を取り戻した辻斑冴姫は、覚悟を決めたように言った。
「よし、私この夏同人誌出すよ。二人のこと描く」
「沙姫っち……」
「手伝ってくれる?」
「も、もちろんっすよ!」
「ありがとう!」
ぬいぐるみのように抱きしめられて、バンダちゃんは少し苦しそうに苦笑いした。
(……うん、燃料投下し過ぎたっすね!)
おおよそ苦労に見合う成果とさらなる苦労の予約。それが日常ともなれば、たまにこんなこともある。
「バンダちゃん」は余裕をもって話を切り出した。場所はアパート「ハイツみなも」。バンダちゃんとバンダちゃんの雇い主、賢木響の作った料理をそれぞれ持ち寄った、ゆるい夕食会の最中だった。
「さきっち? ……ああ、辻斑さんか。本当に仲良くなったんだな」
賢木響はしばらくしてうなずく。その隣で、箸がカチャッと鳴った。
「あの塵がどうかしましたか?」
「塵ってことは無いっすよー、影っち」
バンダちゃんが仕えるべき主として認識している存在、美路道影は分かりやすい反応を見せた。バンダちゃんはにっこりと笑む。
「冴姫っちの専門知識と情報収集能力はなかなか特異的で素晴らしいっす。親しくして損はないっすねー」
「専門知識?」
「情報収集能力?」
「今に分かるっすよ。絶対影っちと響っちに良いことがあるっす! で、」
バンダちゃんはコップに麦茶を注いだ。
「そこでちょっとお聞きしたいんっすけど、響っち、影っち。どんな方が恋愛的にタイプっすか?」
賢木響はわずかに味噌汁茶碗を傾けた。こぼれそうなギリギリのところで汁が波打つがすぐに静まる。バンダちゃんは内心感心した。
「……っいや、ちょっと待て、待ってくれ」
「おー、『バンダちゃんはそういう事言わねえだろ』とか思ってたクチっすね?」
「思ってたよ!」
「ウチは大の大真面目なんっすよ、これが」
「ふむ」
美路道影は目に見える動揺は見せない。ただスッと目を細める。
「バンダちゃんなら聞かずとも分かるだろう?」
「それは野暮ってものっすよ。ウチは全知全能じゃないっす。もし八割知の八割能だったとして、残りの二割の空白がとんでもない誤解を生むことなんてザラっすからねー」
バンダちゃんは指で円グラフの五分の一くらいの角度を作る。
「言葉を大切にするべきっすよ、影っちも響っちも。もちろんバンダちゃんもそうっす。思い違いやささやかーなミスで、言葉よりも大切に思う信念とか魂とかつながりを損ねるなんて本末転倒っすからねー」
バンダちゃんは語尾の「ね」を強めて美路道影に向けた。
「……分かっていますよ」
「響っち、お返事は?」
「え、俺も?」
「響っちこそ思ったことは素直に話すべきっす。無口はただの美徳に過ぎないっすよ」
「ただの美徳って何だよ。……まあ、覚えとくよ」
「で、どうっすか、響っち?」
「待て、言葉を大切にすんのと俺のタ……それと何の関係が」
「まあ良いじゃありませんか、響くん」
「あんたは面白がってるだけだろ!」
「おや、きみ、この程度の戯れを言えないんですか? 何か理由でも? 例えば……きみの好みが、バンダちゃんみたいな娘だとか」
「違えよ!」
「なら何です?」
「っ……」
(あーあ、影っちも素直じゃないっすねえ)
バンダちゃんは困ってしまった賢木響を気の毒そうに見た。自分でこういう話の運びになるよう仕組んだとはいえ罪悪感はある。
「そんなに考えこまなくても、軽ーいので構わないっすよ、響っち」
「……」
「響っち?」
「……とりあえず、話を聞いてくれて、ストーカーしてこないで、セクハラもパワハラもしてこない人」
「日頃の苦労が滲み出てるっすね」
「あ、あと人間な!」
「分かってるっすよー」
やはり言葉は大事だ。美路道影が興味深そうに聞いているだけでもバンダちゃんが攻めた甲斐があるというもの。
「この時の響っちはまだ、この後いろいろと他の条件が加わることになるとは知らなかったんっすよね」
「?」
「ちなみに影っちはどうっすか?」
「『響くん』ですね」
「わお!」
「そういうのいいから。……で結局、これ何なんだよ」
「何でもないっすよー」
バンダちゃんはにっこりと笑うのみ。
「いらっしゃいバンダちゃん! 準備できてるから入って」
「お邪魔するっす! いつ来てもキラキラっすねー、冴姫っちの部屋」
「でしょ? 最近はラボに詰めてたからしばらく留守でさぁ、昨日ガッツリ掃除したの」
ハイツみなも102号室は女子らしい可愛らしいアイテムで溢れている。バンダちゃんは情報収集のためにクルクルと室内を見渡す。
「はいお茶と、これ」
「言葉を失いかねないラブくるしいケーキっすね! あ、ウチからもささやかっすけど」
「わーいしょっぱいお菓子だありがとう! 今開けちゃうね」
「被らなくて幸いっす! あ、お土産はもちろんこれだけじゃないっすよー」
「その言葉を待ってました!」
お菓子の系統が被らないのは偶然などではなく、微に入り細を穿つような調査の賜だ。こういった情報は相手にそうと悟られずに活かしてこそ活きる。
「それでそれで、どうだった?」
「やばやばだったっす!」
「ヤバヤバってま、まさか」
「……響っち先輩と影人っち先輩、ありっすよ」
「ヤバヤバッ……!」
辻斑冴姫はいわゆる「腐女子」の卵だ。それも、どうやら賢木響と美路道影の二人を両片思い、互いのことを好きつつも二人とも想いを秘めている関係だと思い込んでいるらしい。
今は全然そんな仲ではない、と、素直にバンダちゃんが言うわけがない。これは辻斑冴姫と近づくために使える絶好のカードなのだ。彼女の人間関係で、自然に二人の様子を見られるのはバンダちゃんだけなのだから。
(まあ、思い込みといっても、将来的に現実になる可能性は全然なしじゃないんっすけど)
「……というわけで、響っち先輩はトラウマの数々を思い出しつつ顔を曇らせてたっす……ウチ、響っち先輩に悪女や略奪や裏切りの連鎖なんて深い絶望の過去があったなんて初めて知ったっす……ぐすん」
バンダちゃんは嘘と虚飾で盛りに盛った話を締めくくり、ハンカチで目を押さえた。
「そうだったんだ……じゃあ、今は……」
「でも今は少し前向きになれないだけで、恋愛を諦めたわけじゃないと思うんっすよね……だって響っち先輩、いつもどこか寂しそうっすもん」
「だよね! 癒してくれる人が必要だね!」
辻斑冴姫は使命感すら顔に浮かべてケーキの苺を口に入れる。
「そ、それで、影人さんの方は?!」
「色々はぐらかされちゃったんっすよね。あの人少し素直じゃないところあるっすから」
「聞けなかった?」
「……でも、よく聞いて話をつぎ合わせてみたら、好きな人って響っち先輩のことだとしか思えないんっすよね……」
「えええええっ!」
辻斑冴姫は顔を手で覆って呼吸を止めた。
「冴姫っち? 冴姫っち! 息してほしいっす!」
「……はっ……はぁ、はあ、はあ。ご、ごめん、なんか昇天しかけてた」
「お気持ちは分かるんっすけど少し深呼吸が必要っす」
バンダちゃんに背中をさすられながらゆっくりと呼吸を取り戻した辻斑冴姫は、覚悟を決めたように言った。
「よし、私この夏同人誌出すよ。二人のこと描く」
「沙姫っち……」
「手伝ってくれる?」
「も、もちろんっすよ!」
「ありがとう!」
ぬいぐるみのように抱きしめられて、バンダちゃんは少し苦しそうに苦笑いした。
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