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§01 芽を奪う桜果パフェ
男子さまざまクラウチング
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「よーっ。お前どういう風吹かし?」
席に着く前に、男の手に背中を強く叩かれる。響は振り返らずに手を叩き落とした。
「それを言うなら『風の吹き回し』だろ」
もしかしたら「風吹かし」にも何かの意味があるのかもしれないが。
「おーおー、モテる男は余裕だなー。今付き合ってもろく、なな、はち……七か月以上頑張んねぇとクリぼっち回避できないのに」
「いやいや少なくともひと月ちょいで花火大会ぼっちは回避だろ」
「なるほどなー! ぼっちだったことしかないから忘れてたぜ!」
周囲の男子から突っ込まれて明るく笑うこの男子が、小学二年からの腐れ縁、未だに響の背中には目があると信じているふしのある須栗 千早だ。バレーボール部のエース、を狙う澄谷高校二年一組きっての清涼系男子。最近は女の話ばっかりだ。男女共に人気が高いが、女子からは評価が「良い友達」どまりのことが多いらしい。
どうやら、響が湯上桃音をカフェに誘ったことがさっそくクラス中に広まっているようだった。
「で? 僕念仏がどういう心境の変化だよ」
「朴念仁だから。別に、大したことじゃない」
響は千早を追いやって席に着く。ちょっとこの言い間違いは面白い気もするが、響は女子に構わない念仏男子(?)というわけではない。ないはずだ。
「もう少し香水臭くなかったらな……」
「何だよー、大したことだろ?」
小さい呟きは聞こえなかったらしい。前の席にまだ生徒がいないのをいいことに、千早は椅子に逆に座って響に向かい合った。
「いや、湯上もそんな気無いだろ。面白がって変な噂流すなよ」
「え、まだ告られてないの?」
「しつこい」
「あー、まあ、お前じゃな、湯上理想高そうだしな」
千早は失礼なことを言って口元にニヤニヤ笑いを浮かべる。
「だろ。俺はからかわれてるだけだよ」
返すと、ニヤニヤがさらに大きくなった。
「湯上、ちょっと面倒な(告白は男子からしてもらいたいとか思ってそうな)タイプだからな。(告白されなきゃ気づかなそうなボクネンジンな)お前じゃなー」
「? 何度も言わなくても分かってるけど」
「ま、オレには入るスキなさそーだし傍観しとくわー」
「千早。『傍観』の意味を調べろ。今すぐ」
「えー? なんで」
「でなければ、早くこれをどうにかしろ」
響の前の席を乗っ取った千早は含みのある笑顔を浮かべる。その横、正確には響を、数人の男子生徒が囲んでいた。
「まあまあ、どうせ必要になる洗礼だよ」
「意味が分からない。何にせよ俺は必要としてない」
「毎回のことだろ。早く受けて来いよ」
「何のために? というか、お前こそ何のためにこんなことした?」
本当に、傍観とは何だったのか。ここでのうのうと笑う男が、周囲の人が集まったきっかけになっていることを響は知っている。賢木響が何のその、と、学校中に大声で触れ回ったのだ。そう、学校中だ。響を囲んでいるのは、もはや二年一組のクラスメートだけではない。一年一組から三年四組まで、澄谷高校のよく知りもしない様々な男子がいた。そのほとんどが響にきつい目を向けている。先輩一人と同級生はともかくとして、見知らぬ後輩から向けられたい態度ではない。誰かが素晴らしいコントロールで投げた消しゴムが頭に当たった。
「何のために、ってなあ」
千早は集まった生徒の一人に、助けを求めるように目を向ける。
「情報提供感謝する。おい、説明するのは貴様の方だ、賢木」
正面にいた、短く清潔感のあるショートの長身男子がはっきりと響を見据える。いや、睨んでいる。
「お前、湯上桃音と不純異性交遊を目論んでいるそうだな」
そしてその口から、きっぱりとした声でとんでもないことを言った。
「……千早」
「や、オレそこまでは言ってないっしょ、春樹先輩。ただ響が湯上と今日の放課後会うらしいって言っただけで」
千早はニヤニヤしながらも手を振った。
「同じことだ」
三年三組、小折 春樹。公正明大、眉目秀麗、何だか有名な生徒……らしい。縦にも横にも関わることの少ないクラスの上、機能停止部活動と実質帰宅部の響とは部活でも委員会でも関わりのない生徒……のはずだった。今年度、響が二年一組となって湯上桃音とクラスメートになる前は。
「賢木響、貴様の桃音に対する態度は目に余るものがある。何度言わせる気だ?」
新学期、湯上とたった一言会話をした次の日から、週一ペースで何かとクラスにやってくるようになった、謎の先輩だ。先ほど千早が言った通り、「毎回」。そのたびに引き連れてくる取り巻きが増えて、今では一、二、……六人か。小折を筆頭に正面切って悪口を言われたり決闘らしきものを申し込まれたり、騒々しいことこの上ない。イジメというほど陰湿なものではないのだが、とにかく目立つ。先日、担任の教員からも「あまり揉め事は起こすな」と言われてしまったが、響には解決しようのない事だった。なんせ、湯上も小折も勝手にやって来る。
「ん、『桃音』?」
「……『湯上』だ。話を逸らすな」
「……そうですか。じゃあ、湯上ならそっちにいるんで、まず話はそこに」
「何?」
「女子側から誘われて断った、ただの付き合いの埋め合わせをするのが無礼なら、湯上の常識との擦り合わせからってことで」
「おいっ……」
響は千早の頭を殴って本を広げる。ちなみに小折との会話は全て、彼の方を見ていない。そのせいか、大人な対応をしたつもりの割に殺気立った視線が刺さってくる。
「そろそろ休み時間終わりますけど」
首元で、かすかにザワ、と気味悪い音が鳴った。人間の感情に例えるなら、クスリ、と嗤ったかのような音だった。
(面白がってんじゃねぇよ)
心からの本音だ。千早に対しても、美路道影に対しても。
「じゃ」
授業後に響が発したのは、一単語……一発音? だけだった。
「わー、早えなー」
すでに最後の授業中に放課後のアリバイ作りと机の移動は託してある。掃除当番の男子に以前、恩を売っていたのが効いた。湯上の様子も確認せず、千早の言葉を聞くこともなく、まだ生徒の少ない廊下に飛び出した目的は、ただ一つ。もちろん放課後だから食堂に走るわけでも購買へ急ぐわけでもない。目的地などない。
「とりあえず、誰かに捕まる前に姿を隠す」
それだけを考えて走っているのだから。いや、ある意味目的地は教室だ。後で戻ってくる想定で、荷物のいくらかは教室とロッカーに突っ込んできた。
『ふむ。先ほどの愉快な「先輩」がきみの教室に向かっているところのようですが、相手をしなくて良いんですか? 先輩ですよ? せ・ん・ぱ・い』
人気がなくなったあたりで、いかにも楽しそうな声が首から響いてきた。
「誰が相手するか。逆に聞くが、邪魔が入って楽しいか?」
『最終的に目的が達成されれば、遠回りな過程を楽しむのも乙というものです。光合成のごとくにね』
「光合成関係ないだろ……」
『ほら、カルビン・ベンソン回路ですよ。しかも効率的』
意味が分からない。
「義務教育以上の生物知識を求めるな。義務教育すら求めるな」
『あはは、きみ理科は物化地学で取ったタチですね? そんなにショクブツ、嫌いです?』
首元が不快に揺れる。
「動物なら多少は知ってる」
『胞子から枯死まで?』
「『ゆりかごから墓場まで』みたいに言うなよ。それ植物だろ」
『厳密には――』
影は何か話を始めたが、響は無視して走り続けた。どうせ、興味のない話だ。
作戦成功。追っ手はいなかった。
『はい、きみの素晴らしい先読みと計略と人脈と脚力で完全に誰も近くには居ませんよ。それできみ、彼とはどういう因縁なのです?』
「因縁?」
響は足を止めた。
響が立ち止まれる――安心できる場所が、公園や街路樹の側のはずもなく、ここはファッションショップやレストラン、雑貨屋が並ぶ商業ビル「64」の屋内展望台だ。青緑色のガラスが印象的な建物内は、造花やプラスチックの蔦植物で飾られてはいるが、本物は配置されていない。
「何の因縁つけられてるのかなんて俺が聞きたい」
予想は、つくけれど。
『予想とは?』
「十中八九、小折先輩は、湯上の親戚か幼馴染だ。多分プライベートで俺の悪口でも聞いて、兄面してるんだろ」
響はガラス張りの展望室に設置された外向きのソファーに座った。さすがに疲れたので、少しもたれて呼吸を落ち着ける。
「時々口を滑らせて、湯上のことを『桃音』って呼んでる。俺に湯上のことを何かと聞いてくるのも、そう考えると納得がいく。湯上とは話さないのが変だけど、何かあったとしてその事情に興味はない」
『なるほど』
影の声はゆっくりと聞こえた。
『きみの勘違いはともかく……容疑者が増えましたね』
「勘違い? 容疑者?」
『湯上桃音と繋がりのある人物が容疑者になるのは当然のことです。おまけにきみは、明らかに小折春樹に嫌われている。どうやら好意を抱いているらしい第一容疑者湯上桃音より、こちらの方が犯人の駒として最適です』
「駒? 誰かが後ろにいるみたいな言い方だな」
『おやおや、「仮にもセンパイを駒などと言うな」なんて殊勝な言葉の方を想定していたのですが、迷惑を掛けてくる相手にそこまでは思えませんか?』
襟の内側で、木の葉がこすれるような嫌な音が立った。黒板を引っ掻いた音くらいには不快だ。
「何が言いたい」
『ふふふ。こう見えても私は、きみのために譲歩をしている身なのです。それはもうDNAを弄られ甘やかされて栽培された果物のごとく甘く』
そう言う声はあくまでのんびりとしていて、感情が読み取りにくい。
「何それ。別にいいけど」
このとき、せめて美路道影という人型を前にしていれば、もう少し響はその話を続けていただろう。表情を読み取って、もう少し考えていただろう。もし、影が襟元からの声……迷惑電話のような形式で思わせぶりなことを言うだけでなかったら、もう少し、辛抱強く相手をしていた。
「どうせ俺には拒否権無いし」
いや、そう思い込んでいた響に、どこまでできたか、など考えても仕方がないかもしれない。どうせ、その時空に雲が掛かったのだ。
『おや、少し雲行きが怪しくなってきたのでは?』
どうせ、そのとぼけた声に誤魔化されていただろう。
『ほとぼりも冷めましたし、湯上桃音を心配させないためにもそろそろ移動すべきですね、響くん』
席に着く前に、男の手に背中を強く叩かれる。響は振り返らずに手を叩き落とした。
「それを言うなら『風の吹き回し』だろ」
もしかしたら「風吹かし」にも何かの意味があるのかもしれないが。
「おーおー、モテる男は余裕だなー。今付き合ってもろく、なな、はち……七か月以上頑張んねぇとクリぼっち回避できないのに」
「いやいや少なくともひと月ちょいで花火大会ぼっちは回避だろ」
「なるほどなー! ぼっちだったことしかないから忘れてたぜ!」
周囲の男子から突っ込まれて明るく笑うこの男子が、小学二年からの腐れ縁、未だに響の背中には目があると信じているふしのある須栗 千早だ。バレーボール部のエース、を狙う澄谷高校二年一組きっての清涼系男子。最近は女の話ばっかりだ。男女共に人気が高いが、女子からは評価が「良い友達」どまりのことが多いらしい。
どうやら、響が湯上桃音をカフェに誘ったことがさっそくクラス中に広まっているようだった。
「で? 僕念仏がどういう心境の変化だよ」
「朴念仁だから。別に、大したことじゃない」
響は千早を追いやって席に着く。ちょっとこの言い間違いは面白い気もするが、響は女子に構わない念仏男子(?)というわけではない。ないはずだ。
「もう少し香水臭くなかったらな……」
「何だよー、大したことだろ?」
小さい呟きは聞こえなかったらしい。前の席にまだ生徒がいないのをいいことに、千早は椅子に逆に座って響に向かい合った。
「いや、湯上もそんな気無いだろ。面白がって変な噂流すなよ」
「え、まだ告られてないの?」
「しつこい」
「あー、まあ、お前じゃな、湯上理想高そうだしな」
千早は失礼なことを言って口元にニヤニヤ笑いを浮かべる。
「だろ。俺はからかわれてるだけだよ」
返すと、ニヤニヤがさらに大きくなった。
「湯上、ちょっと面倒な(告白は男子からしてもらいたいとか思ってそうな)タイプだからな。(告白されなきゃ気づかなそうなボクネンジンな)お前じゃなー」
「? 何度も言わなくても分かってるけど」
「ま、オレには入るスキなさそーだし傍観しとくわー」
「千早。『傍観』の意味を調べろ。今すぐ」
「えー? なんで」
「でなければ、早くこれをどうにかしろ」
響の前の席を乗っ取った千早は含みのある笑顔を浮かべる。その横、正確には響を、数人の男子生徒が囲んでいた。
「まあまあ、どうせ必要になる洗礼だよ」
「意味が分からない。何にせよ俺は必要としてない」
「毎回のことだろ。早く受けて来いよ」
「何のために? というか、お前こそ何のためにこんなことした?」
本当に、傍観とは何だったのか。ここでのうのうと笑う男が、周囲の人が集まったきっかけになっていることを響は知っている。賢木響が何のその、と、学校中に大声で触れ回ったのだ。そう、学校中だ。響を囲んでいるのは、もはや二年一組のクラスメートだけではない。一年一組から三年四組まで、澄谷高校のよく知りもしない様々な男子がいた。そのほとんどが響にきつい目を向けている。先輩一人と同級生はともかくとして、見知らぬ後輩から向けられたい態度ではない。誰かが素晴らしいコントロールで投げた消しゴムが頭に当たった。
「何のために、ってなあ」
千早は集まった生徒の一人に、助けを求めるように目を向ける。
「情報提供感謝する。おい、説明するのは貴様の方だ、賢木」
正面にいた、短く清潔感のあるショートの長身男子がはっきりと響を見据える。いや、睨んでいる。
「お前、湯上桃音と不純異性交遊を目論んでいるそうだな」
そしてその口から、きっぱりとした声でとんでもないことを言った。
「……千早」
「や、オレそこまでは言ってないっしょ、春樹先輩。ただ響が湯上と今日の放課後会うらしいって言っただけで」
千早はニヤニヤしながらも手を振った。
「同じことだ」
三年三組、小折 春樹。公正明大、眉目秀麗、何だか有名な生徒……らしい。縦にも横にも関わることの少ないクラスの上、機能停止部活動と実質帰宅部の響とは部活でも委員会でも関わりのない生徒……のはずだった。今年度、響が二年一組となって湯上桃音とクラスメートになる前は。
「賢木響、貴様の桃音に対する態度は目に余るものがある。何度言わせる気だ?」
新学期、湯上とたった一言会話をした次の日から、週一ペースで何かとクラスにやってくるようになった、謎の先輩だ。先ほど千早が言った通り、「毎回」。そのたびに引き連れてくる取り巻きが増えて、今では一、二、……六人か。小折を筆頭に正面切って悪口を言われたり決闘らしきものを申し込まれたり、騒々しいことこの上ない。イジメというほど陰湿なものではないのだが、とにかく目立つ。先日、担任の教員からも「あまり揉め事は起こすな」と言われてしまったが、響には解決しようのない事だった。なんせ、湯上も小折も勝手にやって来る。
「ん、『桃音』?」
「……『湯上』だ。話を逸らすな」
「……そうですか。じゃあ、湯上ならそっちにいるんで、まず話はそこに」
「何?」
「女子側から誘われて断った、ただの付き合いの埋め合わせをするのが無礼なら、湯上の常識との擦り合わせからってことで」
「おいっ……」
響は千早の頭を殴って本を広げる。ちなみに小折との会話は全て、彼の方を見ていない。そのせいか、大人な対応をしたつもりの割に殺気立った視線が刺さってくる。
「そろそろ休み時間終わりますけど」
首元で、かすかにザワ、と気味悪い音が鳴った。人間の感情に例えるなら、クスリ、と嗤ったかのような音だった。
(面白がってんじゃねぇよ)
心からの本音だ。千早に対しても、美路道影に対しても。
「じゃ」
授業後に響が発したのは、一単語……一発音? だけだった。
「わー、早えなー」
すでに最後の授業中に放課後のアリバイ作りと机の移動は託してある。掃除当番の男子に以前、恩を売っていたのが効いた。湯上の様子も確認せず、千早の言葉を聞くこともなく、まだ生徒の少ない廊下に飛び出した目的は、ただ一つ。もちろん放課後だから食堂に走るわけでも購買へ急ぐわけでもない。目的地などない。
「とりあえず、誰かに捕まる前に姿を隠す」
それだけを考えて走っているのだから。いや、ある意味目的地は教室だ。後で戻ってくる想定で、荷物のいくらかは教室とロッカーに突っ込んできた。
『ふむ。先ほどの愉快な「先輩」がきみの教室に向かっているところのようですが、相手をしなくて良いんですか? 先輩ですよ? せ・ん・ぱ・い』
人気がなくなったあたりで、いかにも楽しそうな声が首から響いてきた。
「誰が相手するか。逆に聞くが、邪魔が入って楽しいか?」
『最終的に目的が達成されれば、遠回りな過程を楽しむのも乙というものです。光合成のごとくにね』
「光合成関係ないだろ……」
『ほら、カルビン・ベンソン回路ですよ。しかも効率的』
意味が分からない。
「義務教育以上の生物知識を求めるな。義務教育すら求めるな」
『あはは、きみ理科は物化地学で取ったタチですね? そんなにショクブツ、嫌いです?』
首元が不快に揺れる。
「動物なら多少は知ってる」
『胞子から枯死まで?』
「『ゆりかごから墓場まで』みたいに言うなよ。それ植物だろ」
『厳密には――』
影は何か話を始めたが、響は無視して走り続けた。どうせ、興味のない話だ。
作戦成功。追っ手はいなかった。
『はい、きみの素晴らしい先読みと計略と人脈と脚力で完全に誰も近くには居ませんよ。それできみ、彼とはどういう因縁なのです?』
「因縁?」
響は足を止めた。
響が立ち止まれる――安心できる場所が、公園や街路樹の側のはずもなく、ここはファッションショップやレストラン、雑貨屋が並ぶ商業ビル「64」の屋内展望台だ。青緑色のガラスが印象的な建物内は、造花やプラスチックの蔦植物で飾られてはいるが、本物は配置されていない。
「何の因縁つけられてるのかなんて俺が聞きたい」
予想は、つくけれど。
『予想とは?』
「十中八九、小折先輩は、湯上の親戚か幼馴染だ。多分プライベートで俺の悪口でも聞いて、兄面してるんだろ」
響はガラス張りの展望室に設置された外向きのソファーに座った。さすがに疲れたので、少しもたれて呼吸を落ち着ける。
「時々口を滑らせて、湯上のことを『桃音』って呼んでる。俺に湯上のことを何かと聞いてくるのも、そう考えると納得がいく。湯上とは話さないのが変だけど、何かあったとしてその事情に興味はない」
『なるほど』
影の声はゆっくりと聞こえた。
『きみの勘違いはともかく……容疑者が増えましたね』
「勘違い? 容疑者?」
『湯上桃音と繋がりのある人物が容疑者になるのは当然のことです。おまけにきみは、明らかに小折春樹に嫌われている。どうやら好意を抱いているらしい第一容疑者湯上桃音より、こちらの方が犯人の駒として最適です』
「駒? 誰かが後ろにいるみたいな言い方だな」
『おやおや、「仮にもセンパイを駒などと言うな」なんて殊勝な言葉の方を想定していたのですが、迷惑を掛けてくる相手にそこまでは思えませんか?』
襟の内側で、木の葉がこすれるような嫌な音が立った。黒板を引っ掻いた音くらいには不快だ。
「何が言いたい」
『ふふふ。こう見えても私は、きみのために譲歩をしている身なのです。それはもうDNAを弄られ甘やかされて栽培された果物のごとく甘く』
そう言う声はあくまでのんびりとしていて、感情が読み取りにくい。
「何それ。別にいいけど」
このとき、せめて美路道影という人型を前にしていれば、もう少し響はその話を続けていただろう。表情を読み取って、もう少し考えていただろう。もし、影が襟元からの声……迷惑電話のような形式で思わせぶりなことを言うだけでなかったら、もう少し、辛抱強く相手をしていた。
「どうせ俺には拒否権無いし」
いや、そう思い込んでいた響に、どこまでできたか、など考えても仕方がないかもしれない。どうせ、その時空に雲が掛かったのだ。
『おや、少し雲行きが怪しくなってきたのでは?』
どうせ、そのとぼけた声に誤魔化されていただろう。
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