冥穴のはっぴいえんど

山の端さっど

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十一落

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晶玉しょうぎょく八尋やひろ
思考を整理しようと寝転がって15分が経過。うち7分間は「エス」の概念のことしか考えられていない。

 “ “ “ “ “ “ “ “
  ” ” ” ” ” ” ” ”



「……八尋」
「寄るな。近寄らないでくれ」
「そろそろよくない? というか、ずっとこうしてるわけにもっ」

 ずとん。腕の届く範囲に入ってきたので、掴み取って身体にゆるく蹴りを入れ、ふっ飛ばす。あくまで軽く。

「うわっ! ……急に投げ、っていうか蹴らないでっ」
「それは約束できかねる。話ならこの距離でもできるし、それに、今後については……何か考える」
「何かって……?」

 それは考えついていない。一から十まで揚羽あげはが邪魔をする。
 そもそも、このどうしようもないバカの揚羽がそのバカっぷりを早期にさらさなかったのが悪い。普通に生活している分には普通に見えるから、危険になられた時には情が湧いている。先にこういう性格だと分かっていたら親しくなどならなかった。

(いャ、違う)

 法律は得意分野ではないが、大原則として、犯してもいない罪で人を裁けないことくらい理解している。どんな異常な思想を持っていても実害をもたらすまでは、ただの揚羽だ。ただの。ただの人付きあいの段階では、きざしを見つけられなかった八尋の責任で、八尋の勝手だ。そしてこんな擁護ようごをしてしまうくらいには、八尋は旧友を粗末にしたくないと思う。異常性が現れた原因が自分らしいというのも負い目になる。

 ……その情と負い目は、冥穴めいけつに落とされ、脱出口がなければ未来を全て奪われたも同然の状況で、どこまで従うべきものだろう。考えがまとまってくるとともに勢いを増してくる怒りは、どうすればいいのか。考えることをやめたら、八尋は間違いなく揚羽を殴る。

「お前は劇毒だな」
「えっ?」
「……ハァー……揚羽。確認だが、お前の目的はその、恋愛成就じょうじゅ? で良いんだな?」
「お守りみたいな言い方してる……たぶん合ってる?」
「その他のお前の今後の人生プランはどうなっている?」
「えっ?」
「あと何日冥穴で生きられると思う? そして、どのように冥穴内で過ごしたい? 冥穴を出るあてはあるか?」
「えっ」
「想定解は……お前の今までの言動のうち理解できるものだけをもとに考えてみた、お前の返事のイメージは、『そういうことは特に考えてないし準備してない。八尋と一緒にいられればそれでいい』なんだが」
「あー、そういう質問! それ! 先のことは別に考えてなかったからそれで大丈夫!」

 大丈夫ではない。
 昔からこんな思考回路だったとするなら、3人で山を駆け回ったあの日々、気が合うと思っていた少年は全部八尋に話を合わせていただけということになりかねない。そして、同じく共に過ごした少女の方ももしかすると、その時から。
 ……今は深く考えられない。時間が必要だ。考える時間が。

「……私の希望は、一刻も早く冥穴を降り、穴の底にしろ脱出口にしろ何かを見つけることだ。死ぬ気はないしお前のことはどうでもいい」

 揚羽が不満を言いそうだったので「待て」と言い続ける。

「だが、こういう緊急的な状況でバラバラに行動するより、連携して行動した方が何かあった際に対策が取れ、安全で合理的だとも思う。まだ発言は待て。私がお前と共に行動するには問題が3つある」

 指を1本伸ばす。

「1。お前の足は遅い。私の望むペースで進めないだろう。逆の言い方をすればお前にとって私の進むペースは速すぎる。異論は?」
「ないけど……」

 2本目。

「2。あくまでこの冥穴内のみの緊急措置として、お前のこれまでしたことは問わないことにする。が、これから先お前に何かしでかされるのは困る。最低限の犯行を阻止するルールが必要だ」

 また喋ろうとする揚羽を無視して3本目。

「3。お前は今のところ私に議論でも力でも勝てない。何か決断するとき、常に私の意見が通る可能性が高い」
「……それって八尋にとって問題なの?」
「生活共同体にとっての問題だ。私が間違ったことを言うかもしれないだろう。で、この3つを解決できる方法を考えていた。私にもお前にもリスクのある方法だが」
「何?」

 返事が早い。揚羽のこういう話が早いところが友として快かったことを思い出す。

「1、早く降りる手段。お前は風に合わせて冥穴を短時間飛び降り、着いた地点で回復しながら私を待つ。私は肉襞にくひだを通ってお前を追いかけ、合流する。これを繰り返せば、お前が歩くより全体の進行が早く、合流もしやすい。どうせ降りるのは風次第だ。私と過ごす時間を長くしたいなら合流してからの時間を長く取ればいい」
「はァー……」
「2、お前が問題を起こしにくい環境。お前が肉襞を通らず穴を落ちることで、私はその間安全に道を進める。冥穴内で過ごす間のルールを考える時間稼ぎでもある」
「はァ……」
「3、お前の発言力を上げ立場を対等に近づける方法。お前は思考をまとめて言語化するのに時間が掛かるタイプだろう。別行動になる前に議題を決めておき、1人でいる間に考えをまとめる。これなら話がしやすくなるだろう。私も今は、落ち着いて1人で考えたいことが多い。頭に血が上った状態でまくし立てている自覚がある」
「……八尋って頭いいんだねえ……」
「リスクもあるんだぞ。お前は高所から落下する危険をおかす。下の環境によってはひどい怪我を負う可能性がある。そして、お前が飛び降りた後にお前の下を位置取るように私が飛び降りて、お前の下へ逃げるかもしれない」
「するの?」
「しないさ。その気になったらお前を拘束して動けなくしてやってから堂々と降りる」
「しないんならいいよ。それで、八尋のリスクは?」

 揚羽はきょとんとしている。

「……私が単独で落ちながら進むよりは遅い。お前に先を行かせることで、合流地点付近に何か仕掛けられる危険がある。体力を多めに消耗する」

 それから揚羽に何かあった場合、その死体をほぼ必ず見つけることになる。

「でも八尋もそれでいいんでしょ?」
「まア許容だ」
「じゃあそうしよ。僕、ずっと考え中の八尋に近づけないの嫌だし」

 心配になるほど軽いが、了承だ。
 ……これで、八尋が怒りにまかせてうっかり揚羽を締め殺すか打ち殺す確率も下がった。喋って考えている今のうちは急な感情を律することができるが、ずっとというわけにはいかない。



 それから少しだけ2人で話し合い、最低限の細かいルールを決めた。

 揚羽は時計とファイヤスターターを持ち、経過時間を確認しながら合流地点に定期的に火を起こす。合流しやすくする光と臭いの目印作りだ。制限時間を決め、そこまでに八尋が合流しない場合は何かあったと判断して歩いて下へ降りる。
 八尋は揚羽の持っていたアイスピックを持ち、肉襞の道に障害があってもある程度は自力で越える。もし降りれる場所が見つからないなど、穴へ飛び降りるしかない状況になったらなるべく音を立てながら落ちる。降りた後はしばらくそこで待機し、揚羽の合流を待つ。

「私は時間が分からないから、待つときは長めに待つ。その代わり、待っても来ないときはお前が下にいて歩き始めたと判断して早足で追いかける。お前も、歩くときは私が愛想を尽かす前に追いつけ」
「分かった!」
「じゃあ、時間だ。降りろ」
「うっ……やっぱりもう少し待っうわぁあああぁああァッ!!!」

 フワリ。ほんの少しだけ、揚羽を押し出す手と、落ちていく揚羽の姿に浮遊感があった。やはり気流だろう。悲鳴は尾を引く。音を立てていれば、ある程度の距離なら気づけそうだ。ただし、直後に巻き上がる旋風せんぷうのせいですぐに聞こえなくなる。
 冥王の囁き。弱いとはいえ人を吹き飛ばし30秒ほどは続く風。この間ならどれだけわめき、怒りを肉襞にぶつけようとも誰にも聞こえない。何も害さない。
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