上 下
7 / 24

七落

しおりを挟む
「……確定かな?」

 八尋やひろは軟らかい肉の地面から針を拾い上げる。既に雨は止み、肉も静止しているが、まだ空間全体が湿っている。
 針。1本2本ではない。小さな発泡スチロールの球に突き通された針が8方向に突き出ている。どこに置かれていたのか、今となっては分からない。肉が盛大にかき回されたせいで、埋められていたものは掘り返され、木の葉や冥銭めいせんと共に肉襞にくひだの隅の方に寄せられていた。
 骨片の罠だけでは確信できなかったが、今はほぼ間違いない。

(殺意ありか)

 肉襞の動きにより助かったことになるが嬉しくはない。整えられた肉の床からは足跡も滞在痕もすっかり消えてしまった。
 だが雨宿りをした白い組織のエリアで見つけた火の跡を見るに、シューズ男は近い。だいぶ迫る事ができた。

(あの雨の中では装備があっても進みが停滞したはずだ)

 まだ荷造りでもしている可能性もある。だいたいの位置が分かれば長めに飛び降りて先に下へ行ってしまうこともできるが、降りた時に肉壁に埋まりでもして、動けずにいる間に降りてきた男と鉢合わせしたら最悪だ。
 何より、飛び降りで距離をショートカットできるのは相手も同じだ。相手に優位な下手を取らせたまま迫ってきたことに気づかれるのが最も悪い。

「……ん」

 肉襞が崩れ、真下の襞へと降りられそうな大きさの穴が空いている。他の場所からも降りられるが下の様子が見えるのはありがたい。八尋はそっと下の様子を覗きこんだ。



 チラリと人間の足元が見えた。スニーカー。



(ッ!)

 八尋はすぐに動きを止めた。大きな音を立てる要因がないことを確認して後ずさり、静かに一番外側に着ていた装束を脱ぐ。決して音を立てないように、そっと息を整えた。
 これほど近くにいたとは気づかなかった。肉の動きと音が止んでからは大声も大きな物音も八尋は立てていなかったはずだ。おそらくまだ、気づかれていない。
 囁き声も息も出さずに、口だけを動かす。やれるか、と。やれる、と。

 男はゆっくり歩き回っていた。まだだ。



 穴の真上を男が通ろうとしたその時に、八尋は視界を塞ぐように広げた装束を落とし、そのまま自分も飛び降りた。
 今。
 首。
 首だけだ。
 狙うのは布で隠れる前に見えていた頭の位置だけ。



「動くな! 動けば首を刺す!」



 揉み合うというより、八尋が一方的に胴を体重で抑え込む形になった。背はあるが軽い。鍛えていない。とりあえず場所は分かったので、布の上から首へ、かんざしの先を押し付ける。男がかすかに下で身じろいだので、悪いがもう少しねじ込んだ。

づっ、いた、痛い痛い痛い!!!」
「……は?」

 男は情けない声を上げた。だからといって推定危険人物に対し力をゆるめる必要は全くないのだが、八尋は力を抜いた。

「うぅ……話、話を聞いてよ、八尋……」
「お前……」

 死にそうな声を出しておきながら、男は拘束が緩んだ隙に腕をしれっと引き抜いた。顔に被さった布を払う。

揚羽あげは!」

 よく知っている顔だ。その前に、よく知っている声だった。

「……えっ、な、なんで君脱いでるの?!」
「お前を捕まえるための処置だ! お前こそ、何故こんな所に居る……なんで、こんな所に! 大学に帰っただろ!」
「い、痛い! 掴みかかるなよ」
「バカが! 上には二度と戻れないんだぞ! 分かるだろ! なんで落ちた! お前は落とされないだろ! 何故!」

 男は……八尋の旧友、夜狩やがり揚羽は、急におとなしくなった。

「知ってる。……だから来たんだけど」
「ハァ?」
「と、とりあえずさ、離してくれないかな。その、話をしようよ。今のままだと僕、ちょっと辛いんだけど……」
「話なら今しているが? それに、お前が危け……いャ、とにかく話を聞く方が先だ。今に至るまでの経緯全部吐け」
「待って無理! 集中できないから!」

 せっかく使える手を、揚羽はわざわざ自分の目を隠すのに使った。その意味に気が付いて、八尋は反射的に下着だけ着た上半身を腕で隠す。全部は隠れない。装束を引っ掴むと揚羽の上から飛びのいた。すぐに羽織って前を閉じ帯をかける。ゆっくりと上半身を起こした揚羽は、「ふーっ」と息をついて額に手を当てた。アウターは防水性のウィンドブレーカー。この体力の無さで八尋より長くサバイバル生活をしていたにしては、疲労が少なそうに見える。

「……お前、落ち着いてるな」

 軽く探りを入れてみると何故か頬が赤くなった。

「そりゃ、もうガキじゃないから、僕。別に君の、はっだ、裸くらいでそんな……」
「そうか」

 今度は丁寧に、型通りに八尋は揚羽の腕をめた。まだ立ち上がっていない人間相手なのでたやすい。

「痛い痛い痛い! や、八尋……さん……?」
「落ち着いたなら話が出来るだろう。話せ。何故ここに居る」
「お、落ちたから」
「いつ? どうやって?」
「……1週間くらい前? 冥穴の社殿に入ったことないから、探検しようと思って中入ったら落ちた」
「ガキか」
「ガキって言わないで!」
「分かったよ。それからは?」
「え……頑張って生きてた……ホント八尋に会えてよかったぁ! 寂しかったから……」
「ああそう」

 八尋は腕を離した。

「……お前、怪我はしてないか」
「今腕ひねられた……」
「暴力を受けたかじゃなく怪我をしたか聞いてる。ここまで降りてくる間には?」
「特に怪我はしてないけど……なんで?」
「傷口からの感染からの破傷風はしょうふうとかガス壊疽えそを最も警戒すべきだろう、こういう状況では。くたばりそうか確認したかっただけだ……」

 口が滑る。一度八尋は口を閉じて、正面に回ると揚羽に手を差し出した。

「……口が悪いのは許してくれ。今のは悪かった。何にせよお前が生きていて良かったと思ってる」
「いや、気にしてないよ。僕も八尋と会えて良かった……けど、なんでそんな怒ってるの……?」

 手を掴んで立ち上がった揚羽はまだ隙が多い。また腕をねじられる可能性は考えていないらしい。

「ここにお前がいるからだよ。バカだ。お前はバカだ……」
「……ヒナ子の方が良かった?」
「ハァ? お前実は殺されたいのか? ヒナ子をこんな所に来させたいわけないだろ?!」
「そ、そういう意味じゃなくてえ……八尋って話通じるまでに時間かかるんだよ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治
ホラー
友人からの借金取り立てを苦にして、遍路を装い四国まで逃亡した沖野真一。竹林に囲まれた小鞠地区に迷い込んだ彼は、人食い虎の噂を聞き、怪物を退治する力を自分は持っていると嘘をつく。なぜか嘘を信用され、虎退治を任されることになり……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ファムファタールの函庭

石田空
ホラー
都市伝説「ファムファタールの函庭」。最近ネットでなにかと噂になっている館の噂だ。 男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。 そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。 そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。 残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。 誰が味方か。誰が敵か。 逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。 美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。 ゲームスタート。 *サイトより転載になります。 *各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。

隙間

特設石積み部
ホラー
隙間にあるのは?

村の籤屋さん

呉万層
ホラー
 小笠原諸島に属するある島に、子宇女村はある。  子宇女村は小さく、特徴のない田舎の村のようでいて、その実大きな特徴があった。  籤屋が出没するのだ。  ただの籤屋ではない。賭けたモノに応じて、様々な利を得ることができる籤を轢かせる、不可思議な存在だ。  籤屋は禁忌とされており、村で引く者は少なかった。  村役場に努める青年・伊藤健太郎は、村における数少な例外だった。  賭ける物は、僅か百円だったが、健太郎が毎日くじを引くことで、島は大きな変化にさらされるのだった。

オーデション〜リリース前

のーまじん
ホラー
50代の池上は、殺虫剤の会社の研究員だった。 早期退職した彼は、昆虫の資料の整理をしながら、日雇いバイトで生計を立てていた。 ある日、派遣先で知り合った元同僚の秋吉に飲みに誘われる。 オーデション 2章 パラサイト  オーデションの主人公 池上は声優秋吉と共に収録のために信州の屋敷に向かう。  そこで、池上はイシスのスカラベを探せと言われるが思案する中、突然やってきた秋吉が100年前の不気味な詩について話し始める  

処理中です...