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2章 ポラリス

ポラリスの図鑑

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 幼い頃、図鑑を見るのが好きだった。
 人形遊びやおままごとより、星座や鉱石の図鑑を見ている方が好きだった。
「真梨子は、男の子みたいだ」
 父に言われた言葉が、今でも耳に残っている。
 当時は、わからなかった。けれども子どもながらに、それが恥ずかしい事のように思えた。以降、図鑑を見ることはなかった。

 
 ポロロン、ポロロン。
「いらっしゃいませ」
 音に反応して、顔をあげる。杖をついたおばあさんが入ってくる。軽く会釈をして、おばあさんは小さな店内を見て回る。
 私はまた包装紙をカットする作業に戻る。作業しつつも、お客様に心を配ることを忘れない。お困りのようなら、声をかける。そうでなければ、自由に店内を見てもらう。
 ゆっくり、じっくり。買っても、買わなくてもいい。私が集めた雑貨たち。その雑貨たちとお客様の時間を大切にしたかった。
 雑貨屋ポラリスは、そういうスタンスだ。
 ポロロン、ポロロン。
「いらっしゃいませ」
 再びドアが開く。私の声に少し驚いたのか、キョロキョロ目を泳がせながら、女子校生が入ってきた。近くにある女子校の制服を着ている。
 おばあさんは、奥のアクセサリー類を見ている。あそこには、ハンドメイド作家さんが作った作品がある。
 女子校生は、もう店内を2周ほど回っていた。肩から下げる、学校指定のカバンを両手で握りしめて。
 何かを探しているというよりは、私に話しかけようか迷っているようにも見えた。
 一旦手を止める。レジカウンターの上を綺麗に整える。顔をあげたらまるで偶然にも目が合った、というようにさりげなく、視線を合わせてみる。
 彼女の頬が、じんわりと赤くなる。
「あの……」
 と言った声が、かすれて出た。少し咳払いしてから、女子校生はカバンからスマートフォンを取り出す。
 女子校生との距離は3歩ほど。ゆっくりカウンターを出る。すぐに近づいては、逃げてしまいそうだ。小動物のような女の子だ。
「これ、ありますか?」
 スマートフォンの画面を見せてくる。あらかじめ聞くために用意しておいたのだろう。
 そう思うと、少女時代の気恥ずかしさや、他人の目線を伺う繊細な心、そんな多感な時期を思い出して、目の前の女の子が可愛らしく思えた。
 スマートフォンの画面には、小鳥の置物が映し出されている。丸っこいフォルムが愛らしい。
 許可を得てスクロールすると『#恋を運ぶ鳥』と書かれている。
「どこに売ってるか、わからなくて……」
 丸いおでこは、うっすら汗をかいている。彼女にバレないように、こっそり微笑む。つい応援してあげたくなった。
 少し待ってもらって、商品を探す。
 思っていたより、早くに見つかった。この取引先なら、すぐに入荷出来そうだ。
「2週間ほどかかりますが、取寄せ出来ますよ。入荷しましたら、ご連絡差し上げましょうか?」
 そう提案すると、女子校生はほっと落ち着いた顔をした。脱力したというより、少し悲しげな、儚い表情だった。
「大丈夫です。2週間後くらいにまた来ます」
 ありがとうございました、と言って女子校生は店を出た。
 心がざわつく。どうしてだろう、探し物が見つかったのに、嬉しくなさそうなのは。
 トン。
 音がして我に返る。おばあさんが、杖をついてレジの前に来ていた。
「これ、包装してくださる?」
 手にしていたのは、こぐま座のブローチだった。
 それは仲の良い作家さんが、ポラリスの為に作ってくれた一点もの。こぐまのシルエットに、星が描かれている。その尾には、一際輝く北極星ポラリスが。
「ありがとうございます」
「素敵ね。あげる方も、わくわくするわ」
 そう言ったお客様の顔が、笑顔になる。つい嬉しくなり、包装する手も流れるように進んでいった。
 おばあさんが店を出て、再び静かになった店内をゆっくり巡回する。
 商品の顔が、よく見えるように。並んだ商品から、お客様が物語を見つけられるように。私は1つずつ手直しをしていく。


 雑貨屋ポラリスは、図鑑だ。
 私にとっての、秘密の図鑑。綺麗なもの、心踊るもの、側に置いておきたいもの。あの日、幼い時、図鑑を広げて空想の旅に出たように。
 いつまでも、忘れられない星なのだ。
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