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佐藤唯の場合
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「いっぱい買い物してきちゃって……わあ、可愛い飾り付けですね」
両手に買い物袋をさげて、帰ってきたハナさんが驚いた声をあげた。
ハナサクカフェの店内は今、こころちゃんのママの指示の元で、飾り付けが行われていた。テーマカラーは、柚にちなんで、黄色とオレンジらしい。
画用紙でガーランドや飾りを作ったり、あおいちゃんのパパが、花と一緒に持ってきた風船を膨らませたり賑わっている。
子どもたちも、風船を触ってみたり、画用紙を破ってみたりとそれぞれ忙しそうだ。
「なんだか、文化祭みたいですね。そうそう、櫻子さん宛に手紙が届いてましたよ、差出人は書いてなくって……」
ハナさんから、手紙を受け取った櫻子さんは、よく見ずにそれをスカートのポケットにしまった。
「私もケーキ、手伝うわ」
「お菓子やジュースも買ってきてしまいました」
「領収書を後でもらえるかしら?」
二人は並んでケーキ作りを始めた。キッチンも賑わってきた。
「あの……あたしも何かお手伝いを……」
唯は申し出たが「主役たちは、手伝わなくていいの」と櫻子さんに言われてしまった。
手持ち無沙汰なので、柚と一緒に和室で遊ぶことにした。おもちゃを見つけて、柚はよちよちと歩いていく。唯も柚が見える位置に腰を下ろした。
「すごい。一歳になると歩けるようになるんですね」
唯の近くで風船を膨らませている、ショートカットの女性に話しかけられた。
「突然歩き始めたので、びっくりしました。今、何ヶ月ですか?」
お母さんにぴたりと寄り添うように、お座りしている男の子。お母さんに似て、賢そうな目をしている。
「六ヶ月です。颯汰です」
「颯汰くん」
柚もこのくらいの時期が、あった気がする。
朝早くに保育園に預けて、夜にお迎えに行って、帰ってきたらお風呂に急いで入れて、寝かしつけて。
二人でいる時間は、多くない。けれど、その分いっぱい甘えさせてきたつもりだ。
「早く歩いて、日本語話して欲しいって、よく思います。馬とか産まれた瞬間に、歩き始めるじゃないですか。人間はどうして、それが出来ないのでしょうね」
面白い事を言う人だな、と唯は笑った。
でも。もし、柚が言葉を話せたら、何て言うのだろうか。
「ママ、さみしい」「ママ、一緒に遊ぼう」「ママ、どうしてパパはいないの?」
どうして、と唯は目をギュッと閉じた。どうして、ネガティブな言葉しか思いつかないのだろう。それだけ柚に対して、罪悪感を持っているからかもしれない。
あたしの選択は、正しかったのだろうか。
両手に買い物袋をさげて、帰ってきたハナさんが驚いた声をあげた。
ハナサクカフェの店内は今、こころちゃんのママの指示の元で、飾り付けが行われていた。テーマカラーは、柚にちなんで、黄色とオレンジらしい。
画用紙でガーランドや飾りを作ったり、あおいちゃんのパパが、花と一緒に持ってきた風船を膨らませたり賑わっている。
子どもたちも、風船を触ってみたり、画用紙を破ってみたりとそれぞれ忙しそうだ。
「なんだか、文化祭みたいですね。そうそう、櫻子さん宛に手紙が届いてましたよ、差出人は書いてなくって……」
ハナさんから、手紙を受け取った櫻子さんは、よく見ずにそれをスカートのポケットにしまった。
「私もケーキ、手伝うわ」
「お菓子やジュースも買ってきてしまいました」
「領収書を後でもらえるかしら?」
二人は並んでケーキ作りを始めた。キッチンも賑わってきた。
「あの……あたしも何かお手伝いを……」
唯は申し出たが「主役たちは、手伝わなくていいの」と櫻子さんに言われてしまった。
手持ち無沙汰なので、柚と一緒に和室で遊ぶことにした。おもちゃを見つけて、柚はよちよちと歩いていく。唯も柚が見える位置に腰を下ろした。
「すごい。一歳になると歩けるようになるんですね」
唯の近くで風船を膨らませている、ショートカットの女性に話しかけられた。
「突然歩き始めたので、びっくりしました。今、何ヶ月ですか?」
お母さんにぴたりと寄り添うように、お座りしている男の子。お母さんに似て、賢そうな目をしている。
「六ヶ月です。颯汰です」
「颯汰くん」
柚もこのくらいの時期が、あった気がする。
朝早くに保育園に預けて、夜にお迎えに行って、帰ってきたらお風呂に急いで入れて、寝かしつけて。
二人でいる時間は、多くない。けれど、その分いっぱい甘えさせてきたつもりだ。
「早く歩いて、日本語話して欲しいって、よく思います。馬とか産まれた瞬間に、歩き始めるじゃないですか。人間はどうして、それが出来ないのでしょうね」
面白い事を言う人だな、と唯は笑った。
でも。もし、柚が言葉を話せたら、何て言うのだろうか。
「ママ、さみしい」「ママ、一緒に遊ぼう」「ママ、どうしてパパはいないの?」
どうして、と唯は目をギュッと閉じた。どうして、ネガティブな言葉しか思いつかないのだろう。それだけ柚に対して、罪悪感を持っているからかもしれない。
あたしの選択は、正しかったのだろうか。
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