月鏡の畔にて

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第七話 天泣

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 ○

 彼は相変わらず宝探しでもするように本を漁っている。私がやっっっとのことで持ち直し「そういえばさ」と切り出す。彼が目線で返事をくれたので、そのまま続ける。

「ちょっと前に調べたの。カンナギのこと」 
「それは覚書おぼえがきか?」
「うん。今から読むから、間違ってたら教えて」
「良いぞ」

月鏡げっきょうの神に仕える清らかなカンナギは基本的に女性のみ。御三家の人間からひとりずつ選出され、神の側につくのは常に三人であった。衣食住の生活の全てを管理・制限され、毎日のように神の言葉を聴き、時には儀式をり行い、国が干ばつの危機にひんすれば神を怒らせ雨乞いをする役目も請け負う。なお、昔は占いで政治を決定し、巫の一族は銀血ぎんけつ族すべてを支配する立場にあった。しかし、レダの王子が訪れてからは権力を失い形式的な儀式や身分が残るのみとなった】

「どうよ」
「大方その通りだ。しかし現在御影家出身の巫は居ない。僕が末代だから、他に任せているよ」
「え、あんた違うの?」
「正確には。まず僕は女性ではないだろう。そして生来祈りの才も無い。巫に求められる教養やら知識やらは一丁前に詰め込まれているが、実状は肩書きだけなんだ」
「……そうだったんだ」
「長い年月で蓄積した知識を活かせと、稀にあっちから召集を受ける程度だよ。生活に制約もほとんど無い」
「そっか。あんたは特別ってことね」

 あ~~と大きく相槌をうつ。ノッてきた。私の質問欲は止まるところを知らない。

「ああもう。水神さまってどんな人? って聞きたかったんだけどなぁ」

 御影は別の本を引き抜いたところで動きを止めた。中身をくりかれたような書架、並ぶ本の向こう側で、顎に左手を置いて頭を悩ませる仕草。

「……どんな人かと問われても、水神は人ではないし」
「会ったことある?」
「僕は一度も無い。そういや昔は会ったと主張する人間も多かったかな。まあ信用できないが」
「不老のくせに超常現象には懐疑的なのね」
「再現性がないからな」
「う、ん??」
「なんでも、神というのは人の願いや念のある所に生まれるらしい。この月鏡にも人智を超えた何かが居てもおかしくはないかな」

 閑話休題。

「さっきの問いだが、仮に水神に人格があるとしたら、恐らく我儘わがままだ。いつだって利己的、自由奔放な気分屋。気に食わないものは水害雪害で抹消しようとする。そんな存在が居てたまるかとは思うが」

 あっ、と私は声をあげる。

「文献読んだことあるかも。本供えて神さまを鎮めるのよね?」
「最もポピュラーな伝説ではそう記されている。実際は『人の心を知りたい』と望んだ水神のために、カイルが愛書を捧げたんだ。それが風習の起源だよ」
「あれ? そうだっけ」
「まあ、本は真実を語るとは限らないしね」
「ていうかみたいに言うのね。流石にあんたも生まれてないでしょ」
「……それもそうだ。変に断定してしまった」
「ややこしいことすんなよ~」

 笑みを漏らしながら私は書架をぐるりと回って、本を開いている御影のもとへ辿り着いた。彼が不思議そうな顔をして、こちらのようすをうかがう。

「どうした?」
「嘘発見したからお知らせしに来たの」
「……弱ったな。何だ」
「あんた、本当は水神さまに会ったことあるわよね」

 ぴ、と控えめに指を差した。御影の動きがぎこちなく停止して、青目に被さる銀の睫毛がぴくりと動く。この手が小さく震えるのは、なんとなくの疑念が当たってしまうとは思ってなかったからか。

「君は一体どこまで知ってるんだ。誰にも話したことは無いというのに」
「え……っと、神さまに口止めでもされた?」
「違う。たった今まで思い出せなかったんだ」
「へ。なにそれ」
「そう言われても、これは事実だ。内心話したくないと思っていたのは認めるが……」
「嘘つくなら、もうちょっとマシなのにしてくんない?」
「あぁ、もう。違うって!」

 本をぱたりと閉じ、大きな声で嘆く彼。恨めしく見返す表情はまるで思春期の男子のようだ。怒るというよりは困ってる感じである。
 弟――――私には居ないが、そんな風に幼い。例の『水』は精神の成長さえ遅らせてしまうのだろうか。普段とのギャップに胸の拍動が狂う。

「答え方が解らないんだ。説明できない」
「困ったわね」
「俺なんて知ってもしょうがないと思うよ」
「は? そんなことねえから。それとこれとは話が別よ」
「わからない。どうして俺に興味を持ってくれるんだ?」
「そんなの出会った時から好きだからに決まっ、てん……」

 言い終わる前に、私はフリーズした。

「はぁ。簡単にそういうこと言うだろ……」

 声は弱々しくフェードアウト。青眼を私に向け、白手袋の手で自らの口を隠し。はくの頬は僅かに桃に染まっていた。
 簡単に言うと、あの御影が照れてオーバーヒートして、しかもそれを全身で表現してる。
 まさか、ここまでダメージが入るとは。失言した気はない。なんか満足してさえいる。

「えっえ……何? 何よ」
「どうしてくれるんだ。こんな気分は初めてだよ」

 悲鳴に近い言葉に心は高揚した。
 このひと、他人の好意を浴びるの慣れないんだ。本質は幼くて初心ウブ。なんだ。かわいいじゃん。


 で、ちょっと経ってから、私が生暖か~い目で見上げてることに気がついたらしい。彼が自分の手をするっと顔から遠ざけたときには、冷徹な表情ができあがっていて。美しい造形の顔が、氷の如き視線で私を睨んでくる。演技とわかっていても、ちゃんと体がすくんでる。恐ろしい(誉めてる)。

「今のは高くつくぞ。僕を虚仮こけにするとは、後で相当痛い目を見たいようだ」
「トゲトゲ御影さんだ」
やかましいぞ」
「威厳も何もないわよ、こないだのアレ見たら。かわいいだけじゃないの」

 せっかく彼が構築した空気感が一瞬にして崩れ去る音。

「……かわいい? 僕がか」
「え、うん」
「君の目は節穴か。幼い頃に姉に言われたきりだぞ」
「アーソレデカ。実際弟ダッタカラカァ」

 台詞を棒読みするように笑顔で言ってやったら、なんと頭を軽めに掴まれる→ワシワシ撫でるのコンボをいただいた。もちろん沸騰。

「ごっ、ご乱心かよ!」
「思ったよりったか」
「あんた距離感バグってきてない? 人前でやんないでよね、それ!」
「二人きりなら良いんだね」
「このやろう……」
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