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第五話 烏頭白くして、馬角を得ず
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「……………で、………………だよ……」
誰かの優しい話し声が遠くで小さく響いている。その声に深い眠りから引っ張り出され、徐々に意識が覚醒していく。おもむろに両瞼を開き、重い頭を持ち上げる。光を取り戻す視界。ふと右横を見ると、バーの主人に話しかけながら、頬杖をついて柔和に笑む男の姿があった。
鼻筋の通った横顔に、ゆるく結ばれた銀髪、清らかな青色の切れ長の眼。白コートに同色の手袋、蒼い三日月形の耳飾りが静かに光る。
雰囲気が違う、とか気になるところもあるのに。その外見だけを判断材料にして、私は思わずその名を口にした。
「……みかげ?」
「なんだい」
「…え」
「おはよう暁」
柔らかい声が空気を震わせて、耳に届く。首を傾げてこちらを窺う仕草。私は混乱する。今の感情を表現する語彙は思い付かなかった。
「今度こそ酒を入れたよ。じゃないと素直になれないし、逃げちゃうし。もう包み隠さずにこの秘密を明かすことにするよ」
「ちょ、ちょっと待って!!?」
「ん?」
「御影、公慈……よね?」
恐る恐る訊くと、すぐにプイッとそっぽを向いてしまう。空になった机上のグラスを凝視したまま静止する、男の彫刻の如く綺麗な傍顔。青い瞳だけは風の水面のように揺らぐ。黙り続けるその時間は、あまりにも長く感じられた。
やがて、観念するかのように、その口許が緩められる。
「そんなに念を入れて確認しなくても、俺は御影だよ」
「……や、やっぱそう?」
「そうさ」
「マジでか。ウソ?演技じゃない?ほんとに本人?」
「疑り深いなぁ……本当だって。今日の昼さ、俺が仕切り直したいって持ち掛けたろ。まさか忘れたとか言うなよ?そこに君がウキウキで飛び付いたから、今こうして話してるんじゃないか」
「うん…うん、わかった。信じるわ。信じるしかねえ……」
軽快に歌うような口調で語る彼に、つい両手を出してストップをかける。汗、あせが止まらない。そんな澄んだ瞳で私を見るな、ドキドキするだろ!
でも、どこかストンと受け入れてて。嘘じゃないのなんて、聞かなくても分かってたわ。
「びっくりしただろう。一滴でも摂取するとこうなるんだ。タガが外れるというか……恥ずかしいし、迷惑かけるだろうからお酒は嫌だったんだよ」
「……………ふっ」
あ、もう我慢の限界だ。ん?と幼げな反応を見せる彼だけど、もはやどうだっていい。
「あはははははっ!!」
はち切れんばかりに笑いが爆発した。私の声に彼の肩が大きく跳ね、目を丸くしてビビり散らかしてる。それも面白くてしょうがない。
「あーははは、ふふふ」
「びっ………くりした……」
「あはは、あー、あんたぁそんななるんだ、はは、めっっちゃ、面白いじゃんか。ひぃい、はへ」
「笑うなよ。いや、まあいいか」
「あはは。ヤバい、ヤバすぎ。ふふふ、くっ……くるしいくるしい」
「でもあんまりいい気しないな」
小さく口をとがらせて、デフォルメされたジト目で不満を訴えてくるこの男が、あの御影?あの『彼』?
え~~まじか~~~予想通りだけど予想外。そりゃ北方さんもあれだけお酒を推奨するわけね。おっかしい。もう最高!次昼間に会ったらネタにしてやろ!
けらけらと笑い散らかす私を前にして、彼はあきれたように、両肩を上げて身を縮こまらせた。
「……………で、………………だよ……」
誰かの優しい話し声が遠くで小さく響いている。その声に深い眠りから引っ張り出され、徐々に意識が覚醒していく。おもむろに両瞼を開き、重い頭を持ち上げる。光を取り戻す視界。ふと右横を見ると、バーの主人に話しかけながら、頬杖をついて柔和に笑む男の姿があった。
鼻筋の通った横顔に、ゆるく結ばれた銀髪、清らかな青色の切れ長の眼。白コートに同色の手袋、蒼い三日月形の耳飾りが静かに光る。
雰囲気が違う、とか気になるところもあるのに。その外見だけを判断材料にして、私は思わずその名を口にした。
「……みかげ?」
「なんだい」
「…え」
「おはよう暁」
柔らかい声が空気を震わせて、耳に届く。首を傾げてこちらを窺う仕草。私は混乱する。今の感情を表現する語彙は思い付かなかった。
「今度こそ酒を入れたよ。じゃないと素直になれないし、逃げちゃうし。もう包み隠さずにこの秘密を明かすことにするよ」
「ちょ、ちょっと待って!!?」
「ん?」
「御影、公慈……よね?」
恐る恐る訊くと、すぐにプイッとそっぽを向いてしまう。空になった机上のグラスを凝視したまま静止する、男の彫刻の如く綺麗な傍顔。青い瞳だけは風の水面のように揺らぐ。黙り続けるその時間は、あまりにも長く感じられた。
やがて、観念するかのように、その口許が緩められる。
「そんなに念を入れて確認しなくても、俺は御影だよ」
「……や、やっぱそう?」
「そうさ」
「マジでか。ウソ?演技じゃない?ほんとに本人?」
「疑り深いなぁ……本当だって。今日の昼さ、俺が仕切り直したいって持ち掛けたろ。まさか忘れたとか言うなよ?そこに君がウキウキで飛び付いたから、今こうして話してるんじゃないか」
「うん…うん、わかった。信じるわ。信じるしかねえ……」
軽快に歌うような口調で語る彼に、つい両手を出してストップをかける。汗、あせが止まらない。そんな澄んだ瞳で私を見るな、ドキドキするだろ!
でも、どこかストンと受け入れてて。嘘じゃないのなんて、聞かなくても分かってたわ。
「びっくりしただろう。一滴でも摂取するとこうなるんだ。タガが外れるというか……恥ずかしいし、迷惑かけるだろうからお酒は嫌だったんだよ」
「……………ふっ」
あ、もう我慢の限界だ。ん?と幼げな反応を見せる彼だけど、もはやどうだっていい。
「あはははははっ!!」
はち切れんばかりに笑いが爆発した。私の声に彼の肩が大きく跳ね、目を丸くしてビビり散らかしてる。それも面白くてしょうがない。
「あーははは、ふふふ」
「びっ………くりした……」
「あはは、あー、あんたぁそんななるんだ、はは、めっっちゃ、面白いじゃんか。ひぃい、はへ」
「笑うなよ。いや、まあいいか」
「あはは。ヤバい、ヤバすぎ。ふふふ、くっ……くるしいくるしい」
「でもあんまりいい気しないな」
小さく口をとがらせて、デフォルメされたジト目で不満を訴えてくるこの男が、あの御影?あの『彼』?
え~~まじか~~~予想通りだけど予想外。そりゃ北方さんもあれだけお酒を推奨するわけね。おっかしい。もう最高!次昼間に会ったらネタにしてやろ!
けらけらと笑い散らかす私を前にして、彼はあきれたように、両肩を上げて身を縮こまらせた。
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