人柱奇譚

木ノ下 朝陽

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人柱奇譚

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昔、都に一人の女がありました。
女の夫は早くに先立ち、女は一人、夫の遺した家業と、忘れ形見の一人娘とを守り、家業の商売の方は、夫が健在だった時よりもなお、栄えさせておりました。
さて、その忘れ形見の一人娘の方はと言えば、こちらは少々以上に変わった娘でした。年頃にもなり、器量も、頭の働きも悪くないと言うのに、家業にも、他の娘達のように色恋にも、美しく身を飾ることにも興味を示さず、母親が縁談を煩く持ち込んで来ないのを良いことに、暇さえあれば、昼は縁に近い辺り、夜は塗籠に閉じ籠り、専用の美しい細工の施された箱に収められた、家伝来の、精巧な細工物や、見事な織りの裂地を取り出しては、飽きもせずに眺めたり、母親の若い頃集めた、また亡くなった父親の遺した、仮名文字の書物の数々に埋もれ、根の続く限り読み耽ったりしておりました。
その母親がふとしたことで病を得、床につくようになって以来、縁先に居座る暇も、塗籠に閉じ籠る暇も、娘にはもうなくなりました。
家業は親類に任せ、昼夜を問わず母親の枕元に付き添い、食事や薬の世話で一日を過ごしました。たまに、母親の薬を取りに外出するついでに表の空気を吸うのと、母親の寝付いた隙に病人の枕元で少しだけ書物を拾い読むのが、娘の僅かな慰めとなっておりました。
ある日、家業を任せている親類の者が、商売の遣り繰りの足しに、家伝来の細工物や裂地を売り払ってはどうかと娘に言いました。娘は家の商売のためと言われて、やむを得ず、入れ物の箱ごと渡しました。
細工物や裂地、それに入れ物だった箱は、思いの外の高値で売れました。親類の者は再び娘に、今度は書物の方も少しずつ売るように勧めました。娘は、さすがにそれは少し待って欲しいと親類の者に頼み、母親の薬を取りに外に出ました。
薬をもらって帰る途中、娘は町の辻でこんな噂話を聞きました。今度新しく掛ける橋の、人柱のなり手が見つからない。施主の、とある貴族の殿様は、人柱には若く美しい娘をと欲しているが、なかなかなり手が見つからない。殿様は、莫大な報償金と、遺される家族の終身の面倒まで保証すると言って探しているそうだ、と。娘はその脚でその貴族の屋敷に赴き、殿様に、報償金と、母親の終身の面倒とを、確かに約束する旨の証文を書いてもらいました。
こうして娘は人柱となりました。母親は、大事の一人娘に先立たれたことで、がっくりと力を落とし、さほど間もなく儚くなりました。
しばらく経つと、人柱の娘とその母親の噂は都中に拡がりました。親類の者達はまともに商売ができなくなり、やがては都から姿を消しました。
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