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駅前のカラオケルームにて(十四)・落語会の、前日までの支度準備
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あ、でも、せっかちって、東京の人間に限らないみたいですよ?関西にも「いらち」っていう言葉があるくらいですし。
もうお亡くなりになられましたけれど、桂米朝師匠、…本当ですか?私もなんです。上方の落語家さんでは、米朝師匠が一番贔屓で。実際の高座は、機会がなくて、一度しか拝見したことがないんですけれど…。あ、そうなんですか?…私が拝見した高座は、お弟子さんの吉朝師匠との二人会、いわゆる「親子会」でした。私、当時まだ、十になったかならないかくらいの子供でしたけれど。米朝師匠、その時、もうあんまりお元気じゃなくて、録画映像にあるような、張りのある高座では決してありませんでしたけれど、でも何だか、ふわーっとした可笑し味があるなあ、って、子供心に思ったのは覚えています。祖母は「人間国宝には悪いけれど、お弟子の方が出来が良かった」なんて、辛辣なことを言っていましたけれど。
今思うと、その時、吉朝師匠、もうご病気が出ていらしたんじゃないのかな…。確か、胃癌でしたっけ?何だか突然、ばたばたって言う感じで、まるで桜の花が強い風で一気に散るように亡くなられた、って言うのは、後で聞いた話ですけれど…。
え!伍代さん、その、吉朝師匠の最後の高座、ご覧になっているんですか!?…大阪!?…良くチケット取れましたね。って言うか、良く大阪まで行こうっていう気になりましたね…。
「元々野次馬根性が旺盛だし、何と言っても若かったから」ですか?…そうですね。確かにその、野次馬根性って言うか、基本的に好奇心が旺盛でないと、ルポライターっていうお仕事は、きっと務まりませんよね。
あの、…その時の吉朝師匠の高座、どんな感じだったんですか?
…え、ええ、…そんな、そんなだったんですか?…吉朝師匠、良くその、高座に上がろうって…。私なら、絶対休演しますよ…。
あ、…そうですね。良く落語家さんの理想の亡くなり方で、高座を一席勤め上げて、そのまま楽屋でばったり、っていうのを聞きますけれど…。
え!…それから十日ちょっと、だったんですか!?…祖母もね、勿体ない、って、しきりに言っていたんです。そうですか…。
…あの、伍代さん。これは純然たる個人的アンケートなんですけれど、米朝師匠の持ち根太で、どれが一番お好きですか?
あ、『はてなの茶碗』ですか?…何だか、とても伍代さんらしい気がします。私の勝手なイメージかも知れませんけれど…。私もあの噺、好きです。昔話の『わらしべ長者』みたいに、どんどん話が大きくなっていくところが面白くて。
私ですか、『鹿政談』なんです。変でしょう?…そうですか?ありがとうございます。
あの、一番好きな場面は、ベタかも知れませんけれど、山場の、お奉行様が、悪徳役人を懲らしめるところなんです。「どうじゃ、どうじゃ」っていうところが、歌舞伎の『伽羅先代萩』の大詰、細川勝元が仁木弾正を追い詰める場面にそっくりで。……あの、これもお分かりになります、よね?…ああ、良かった…。
私が見た『先代萩』は、確か国立での通しで、勝元は梅玉さんでした。あの方、身の丈は、この間亡くなった播磨屋…吉右衛門さんや、上方の仁左衛門さんに比べたら、上背はあまりないですけれど、その代わり、「山椒は小粒でぴりりと辛い」っていうか、…独特の品があって素敵で…。祖母なんか、「福助名乗っていた頃は、そりゃあ水も滴るようだったよ」なんて言っていましたけれど、今でも充分過ぎるくらいお素敵、ですよね?とにかくその時の勝元は、威厳と知性と品格の、三拍子揃った勝元だったと思います。それこそ贔屓の引き倒しかも知れませんけれど…。
あ、そうですね、確かに『先代萩』の勝元は、小柄で、品格を備えた役者さんが演じられる方が似合うかも知れません。記録映像で見ただけなんですけれど、亡くなられた先代の又五郎さんとか。あの方の勝元も素敵でした。
…あ、そうでしたね。「いらち」の話でしたね。失礼しました。楽しくてつい…。
あのですね、これは伍代さんならご存じかも知れませんが、米朝師匠、その筋では有名な「いらち」だったんだそうです。…ねえ。あんなに品の良い高座なのに、意外ですよね。
息子さんの米團治師匠が、エッセイで書いていらっしゃるんですけれど、ホール落語なんかで、武庫之荘からちょっと遠出をする時なんか、少しでも道中の段取りが悪いと、すぐ米朝師匠の「いらち」が顔を出すんですって…。あ、そのエッセイですか?私、米團治師匠の、東京での襲名披露の時、そちらの物販コーナーで、その時持っていた自分のお小遣いと、祖母からもらったお弁当代やらを足した手持ちのお金、帰りの交通費と、最低限のご飯代だけ残して、ほぼ有り金叩いて買ったんです。…ええ、もう、それこそ、若かったから出来たんでしょうね。あ、その時は中等部の、確か二年生でした。十一月の初め、日にちまでは覚えていませんが、その日が月曜日だったのを覚えています。
ええ、一人で行ったんです。米朝師匠も、高座には上がらないけれど、出演されるって聞いて。生の米朝師匠、拝見するなら今しかないって思いました。
祖母はね、お教室、そんなことでお休みするわけにはいかないから、って。本当に律儀な人だったんです。お芝居や寄席は、必ずお教室がお休みの日って決めてました。そうしないと必ずずるずるべったりになるから、って。でも「普段はそうそう物ねだりをしないあんたが、どうしても行きたいって言うのを止めるわけには行かない。それに、確かに、こんな機会は滅多にあるこっちゃない。切符は必ず取ってあげるから、一人で行って来なさい。もう幼稚園児じゃない、仮にも本断ちの着物を着るお嬢さんなんだから」って。
当日はね、一旦家に帰って、着替えてから行こう、って思っていたんですけれど、祖母がね、「学校から真っ直ぐ行きなさい。一旦家に帰っていたら間に合わないかも知れない。出先は何があるか分からないからね」って。私、お祖母ちゃん、それじゃ「学問のすゝめ」じゃなくて「不良のすゝめ」だよ、って言って、二人で笑ったんですけれど。
もうお亡くなりになられましたけれど、桂米朝師匠、…本当ですか?私もなんです。上方の落語家さんでは、米朝師匠が一番贔屓で。実際の高座は、機会がなくて、一度しか拝見したことがないんですけれど…。あ、そうなんですか?…私が拝見した高座は、お弟子さんの吉朝師匠との二人会、いわゆる「親子会」でした。私、当時まだ、十になったかならないかくらいの子供でしたけれど。米朝師匠、その時、もうあんまりお元気じゃなくて、録画映像にあるような、張りのある高座では決してありませんでしたけれど、でも何だか、ふわーっとした可笑し味があるなあ、って、子供心に思ったのは覚えています。祖母は「人間国宝には悪いけれど、お弟子の方が出来が良かった」なんて、辛辣なことを言っていましたけれど。
今思うと、その時、吉朝師匠、もうご病気が出ていらしたんじゃないのかな…。確か、胃癌でしたっけ?何だか突然、ばたばたって言う感じで、まるで桜の花が強い風で一気に散るように亡くなられた、って言うのは、後で聞いた話ですけれど…。
え!伍代さん、その、吉朝師匠の最後の高座、ご覧になっているんですか!?…大阪!?…良くチケット取れましたね。って言うか、良く大阪まで行こうっていう気になりましたね…。
「元々野次馬根性が旺盛だし、何と言っても若かったから」ですか?…そうですね。確かにその、野次馬根性って言うか、基本的に好奇心が旺盛でないと、ルポライターっていうお仕事は、きっと務まりませんよね。
あの、…その時の吉朝師匠の高座、どんな感じだったんですか?
…え、ええ、…そんな、そんなだったんですか?…吉朝師匠、良くその、高座に上がろうって…。私なら、絶対休演しますよ…。
あ、…そうですね。良く落語家さんの理想の亡くなり方で、高座を一席勤め上げて、そのまま楽屋でばったり、っていうのを聞きますけれど…。
え!…それから十日ちょっと、だったんですか!?…祖母もね、勿体ない、って、しきりに言っていたんです。そうですか…。
…あの、伍代さん。これは純然たる個人的アンケートなんですけれど、米朝師匠の持ち根太で、どれが一番お好きですか?
あ、『はてなの茶碗』ですか?…何だか、とても伍代さんらしい気がします。私の勝手なイメージかも知れませんけれど…。私もあの噺、好きです。昔話の『わらしべ長者』みたいに、どんどん話が大きくなっていくところが面白くて。
私ですか、『鹿政談』なんです。変でしょう?…そうですか?ありがとうございます。
あの、一番好きな場面は、ベタかも知れませんけれど、山場の、お奉行様が、悪徳役人を懲らしめるところなんです。「どうじゃ、どうじゃ」っていうところが、歌舞伎の『伽羅先代萩』の大詰、細川勝元が仁木弾正を追い詰める場面にそっくりで。……あの、これもお分かりになります、よね?…ああ、良かった…。
私が見た『先代萩』は、確か国立での通しで、勝元は梅玉さんでした。あの方、身の丈は、この間亡くなった播磨屋…吉右衛門さんや、上方の仁左衛門さんに比べたら、上背はあまりないですけれど、その代わり、「山椒は小粒でぴりりと辛い」っていうか、…独特の品があって素敵で…。祖母なんか、「福助名乗っていた頃は、そりゃあ水も滴るようだったよ」なんて言っていましたけれど、今でも充分過ぎるくらいお素敵、ですよね?とにかくその時の勝元は、威厳と知性と品格の、三拍子揃った勝元だったと思います。それこそ贔屓の引き倒しかも知れませんけれど…。
あ、そうですね、確かに『先代萩』の勝元は、小柄で、品格を備えた役者さんが演じられる方が似合うかも知れません。記録映像で見ただけなんですけれど、亡くなられた先代の又五郎さんとか。あの方の勝元も素敵でした。
…あ、そうでしたね。「いらち」の話でしたね。失礼しました。楽しくてつい…。
あのですね、これは伍代さんならご存じかも知れませんが、米朝師匠、その筋では有名な「いらち」だったんだそうです。…ねえ。あんなに品の良い高座なのに、意外ですよね。
息子さんの米團治師匠が、エッセイで書いていらっしゃるんですけれど、ホール落語なんかで、武庫之荘からちょっと遠出をする時なんか、少しでも道中の段取りが悪いと、すぐ米朝師匠の「いらち」が顔を出すんですって…。あ、そのエッセイですか?私、米團治師匠の、東京での襲名披露の時、そちらの物販コーナーで、その時持っていた自分のお小遣いと、祖母からもらったお弁当代やらを足した手持ちのお金、帰りの交通費と、最低限のご飯代だけ残して、ほぼ有り金叩いて買ったんです。…ええ、もう、それこそ、若かったから出来たんでしょうね。あ、その時は中等部の、確か二年生でした。十一月の初め、日にちまでは覚えていませんが、その日が月曜日だったのを覚えています。
ええ、一人で行ったんです。米朝師匠も、高座には上がらないけれど、出演されるって聞いて。生の米朝師匠、拝見するなら今しかないって思いました。
祖母はね、お教室、そんなことでお休みするわけにはいかないから、って。本当に律儀な人だったんです。お芝居や寄席は、必ずお教室がお休みの日って決めてました。そうしないと必ずずるずるべったりになるから、って。でも「普段はそうそう物ねだりをしないあんたが、どうしても行きたいって言うのを止めるわけには行かない。それに、確かに、こんな機会は滅多にあるこっちゃない。切符は必ず取ってあげるから、一人で行って来なさい。もう幼稚園児じゃない、仮にも本断ちの着物を着るお嬢さんなんだから」って。
当日はね、一旦家に帰って、着替えてから行こう、って思っていたんですけれど、祖母がね、「学校から真っ直ぐ行きなさい。一旦家に帰っていたら間に合わないかも知れない。出先は何があるか分からないからね」って。私、お祖母ちゃん、それじゃ「学問のすゝめ」じゃなくて「不良のすゝめ」だよ、って言って、二人で笑ったんですけれど。
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