一人語り

木ノ下 朝陽

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駅前のカラオケルームにて(十一)・病院での祖母の緊急検査

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その話をするには、一旦話を、私が大学院一年目の、あの建国記念日、祖母の具合が決定に悪くなった日に、私と祖母が救急車に乗せられて、病院に着いたところから始めなくちゃいけません。…よろしいですか?
では。…病院に着くや否や、祖母はストレッチャーに載せられたまま、検査室の扉の向こうに運ばれていきました。私は、無意識のまま、ふらふらその後を付いていこうとしたところを、看護師さんに呼び止められて、改めて今日の夕方四時過ぎに起こったことを簡単に訊かれて、書類に必要事項を記入するよう言われました。幸い、祖母の基本情報は、完全に私の頭の中に入っていましたし、祖母はそれまでは特に既往症も、処方されている薬もありませんでしたから、記入は割合に簡単に済みました。
記入を終えて、書類を看護師さんにお渡ししたところに、ストレッチャーではなく、車椅子に乗せられた、ざんばら髪の祖母が、検査室から出てきました。私の顔を見るなり、涙声で「葵ーっ!!」って、まるでこちらに飛び付いて来かねない勢いで身を乗り出そうとして、看護師さんだか、検査技師さんだか、とにかく病院のスタッフさんに止められていました。
祖母の車椅子を押してこられたスタッフさんは、車椅子を私の座っている長椅子の端に停めました。私は、祖母に付き添ってこられた別のスタッフさんから、祖母の半纏と私のダウンコート、それに、透明なジッパー付きの小袋に入ったものを手渡されました。袋に入っていたのは、先程まで祖母の髪を止めていた髪留めと、何本ものヘアピンでした。その時、私の目の前にいたざんばら髪の祖母は、私の知っているはずの祖母より、確実に十歳以上は老けて見えました。
その時の祖母は、本当に小さな女の子みたいになっていました。私の手に取りすがって、「葵、お前どこにいたんだい?…後生だからどこにも行かないどくれって言ったじゃないか…」って、泣かんばかりに訴えるんです。…いえ、涙こそ流していませんでしたが、目は完全に真っ赤でした。私はただ、ごめん、ごめんね、大丈夫、大丈夫だから…って、馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返すしかできませんでした。
少し祖母が落ち着いてきたか、と思った時でした。病院のスタッフさんが、「次の検査の準備ができました」って呼びにきました。
その方に車椅子を押されながら、祖母は「葵ーっ!?…葵ーっ!!」って、人拐いに連れて行かれる子供みたいな叫び声を上げました。私は反射的に後を追って、祖母に並んで歩きながら、荷物を持ったのとは反対の手で、自分の方に差し伸ばされた祖母の手を握り締めました。
祖母は、車椅子を押すスタッフさんごと、再び検査室の扉の向こうにいなくなりました。私は、検査受付のカウンターに行って、祖母の検査がどのくらい掛かるか尋ね、次に、コンビニがこの近所にないかと訊きました。幸い、病院内の売店がまだ開いているとのことだったので、カウンターに備え付けの案内図で場所を確認させてもらって、できる限りの早足でそちらに向かいました。
祖母のお財布には、千円札が三枚、それにある程度の小銭が入っていました。私は、閉店間際で、あまり商品が充実しているとは言えない売店の棚から、目に付いた食糧を、片っ端から備え付けのバスケットに入れていきました。水とスポーツドリンクのペットボトル、ゼリー飲料、二百ミリリットル入りのパックの果汁入り野菜ジュース、サンドイッチ、混ぜご飯のおにぎり、それにプリンとヨーグルト…。
自分用にも、菓子パンとおかかのおにぎり、ジュース、お茶のペットボトルを選んで、ついでに携帯用のウェットティッシュも放り込んで、お会計をお願いして、レジの方に、お箸と大きめのスプーン、ストローも付けて貰いました。
再びお財布を念入りに仕舞って、食糧の入ったビニール袋を下げて、先程来た廊下を急いで戻ると、先程のスタッフさんが、車椅子の祖母をなだめているのが目に入りました。聞くと、祖母は、検査の機械の中で、大声で私の名前を呼び続けて暴れたそうで、結局、きちんとした結果は取れなかったとのことでした。
病院の薄暗い廊下の隅で、私は祖母の肩に半纏を掛け、持参のダウンコートで祖母の膝を覆って、自分の手と、それから祖母の手を、ウェットティッシュで拭いた上で、買ってきた食料を祖母に食べさせました。本当に喉が乾いて空腹だったらしくて、祖母は私が差し出したペットボトルの水を、ストローで、恐ろしいような勢いで飲み下しました。サンドイッチなんか、私の指ごと食い千切りかねないような勢いでかぶり付いていました。
…伍代さん、そこにはね、あの礼儀に厳しいはずの祖母の面影なんか、全然、それこそ欠片もなかったんです。
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