一人語り

木ノ下 朝陽

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取材対象の自宅にて(二)・改めての取材の受諾

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あの、お断りするって、そんなこと、…個人的なご協力とは言っても、後藤さんのお口添えですし、小宮先生もご許可の上で、私本人も納得してお受けした取材ですし…。第一、私がこの場でお断りしたら、伍代さん、物凄く困りゃしませんか?…あの、私、…ご存じかも知れませんけれど、これでも一時期、出版社で校正の仕事をしていたことがあって、その時の経験から言うと、特に雑誌なんか、予定している記事が締切に間に合わないなんて、周りの人達が非常に迷惑することなんですから…。
…え、…手弁当…!?
伍代さん、この取材って、どちらからか依頼された訳ではなくて、本当にただご自分の興味だけで、この件に関して調べている、ってことですか?
…これは私、全然皮肉のつもりなんかなくて、純粋に疑問なんですけれど、売れっ子のルボライターさんって、こんなご時世に、そんな、一文にもならない取材を、持ち出しで、…非常に失礼な物言いは承知の上で伺うんですけれど、それで食べていけるものなんですか…?
…ああ、…やっぱりそういうものなんですね…。そうですよね…。
でも、何でこの一件にご興味を…?
…違和感、ですか?…この件に関して、後藤さんを初めとする警察関係の方から漏れ聞こえてくる情報と、それこそワイドショーや、SNSなんかで拡散される事件の全体像や、私や、それに、…あの人の、その、人物像が、いくら整理してもご自身の頭の中でどうしても上手く噛み合わない…?…だから調べてみたいと思った…んですか?
あの、…私の許可がない限り、この件に関して、私のインタビューは勿論のこと、ご自分がこれまで調べたことも記事にはしない、と…?
いえ、それは…。元々自分が納得の上でお受けしたお話ですし、私、そこまできっぱりお断りする気なんかないですけれど、…そんなことを言われたら、何だか余計にお断りし辛くなるじゃありませんか…。
わかりました。…取り敢えず、今日のこの取材をお受けした後で、記事にするかどうかの方向性を、改めて考えさせて頂くということで…。あの、私はともかく、伍代さんは、本当にそれでよろしいんですね…?
ええと、その取材ですけれど、今、ここで構いませんか?
…え、あの、駅前にそんなお店が?…私、カラオケボックスって、どこも煙草臭いものだと思っていました。禁煙のカラオケルームって,…時代も変わるものなんですね…。それとも、単に私の認識不足なんでしょうか…?
はい、私の方は、今は、…その、付き添ってくださる方がおいでなら特に問題は…。ええ、病院の行き帰りは、大体はタクシーで。…ええ、歩けるのは問題なく歩けるんですけれど、街中で一人だと、やはり…怖くて。
はい、私、支度してきます。上着着て、いつも持って歩くバッグを取ってくるだけですから。…はい、では玄関でお待ちください。
あの、…伍代さんは、お手洗い大丈夫ですか?…ええ、どうぞご遠慮なさらず。そこの廊下の突き当たりですから。

お待たせしました。あの、…もう少しだけ待ってください、鍵だけ閉めてしまいますから。
…すみません、本当にお待たせしました。私、その、この年にもなって、きちんと社会に出てお勤めした経験、あまりないものですから…。本当にきびきびしていなくて、お恥ずかしいです。
ええと、…あれは祖母の仕込みなんです。「葵は本当に良い子なんだけれど、少し頼りないところがある」っていつも…。「せめて、家においでになるお客様くらいは、きちんとお迎えできるようにならなきゃ」って。
…そうですか?ありがとうございます。私じゃなくて、祖母の手柄です。祖母もお褒め頂いて、きっと喜んでると思います。
…はい、ちょうど去年の八月で丸二年、…ええ、三回忌でした。
いえ、特に法事は…。肝心の私がこの有り様でしたし…。それに、…こんなこと言ったら悪いですけれど、本当は母と、それに父とも、私、あまり顔を会わせたくないんです。お花と、普段よりも多めにお菓子用意して、祖母のご機嫌、取ったつもりですけれど…。
あの、…伍代さん、うちの祖母のこと、後藤さんあたりから…。
そうなんです。うちの祖母、すごくしっかりした人だったのに、急に認知症に…。その、私と一緒にスーパー行くと、昔、私がほんの子供だった頃は、あれこれお菓子を買ってくれって言う私に、「駄目でしょ、どれかひとつ!」って言ってたのに、晩年は逆に、祖母の方が「あれも欲しい、これも欲しい」って…。あれ…?…私、祖母が亡くなってから、全然泣けなくなったはずなのに…。
…すみません…。何か私、…変、ですね…。
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