朝焼色の悪魔 Evolution

黒木 燐

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第四部 第一章 攪乱

3.プロジェクト・プレイグ

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 早瀬がマンションのエントランス前に停めた指揮車の前に陣取って指示をしていると、一三階の現場から葛西たちが降りてきた。
「隊長、おはようございます」
「早朝からご苦労さま。で、状況は?」
「ひどいもんです。僕が着いた時には既に重体患者は搬送され、遺体の方も搬送の準備が進んでいましたので、感染者の状態は見られなかったのですが、部屋のあちこちが血だらけで、特に寝室には殺人現場さながらに血が四散していました」
 葛西は多美山の病室を思い出したのか、そう言った後、一瞬辛そうに顔をゆがめた。対照的に早瀬は淡々として訊ねた。
「そう。で、感染者の身元は?」
「部屋の持ち主で既に死亡していた嶽下友朗以外はまだ不明です。隣の通報者もそれ以外の情報は持っていないようでした。ただ、時々友人たち数人とパーティーをしていたということで……」
「パーティー?」
「はい。そのまあ、色々と……。で、部屋にこんなものが落ちていたと、消防の方が」
 と言うと、葛西は赤い結晶の入ったビニールの小袋を早瀬に見せた。早瀬はそれを受け取ると空にかざしてみた。
「ふん、そーゆーパーティーね。深紅というか、なんか綺麗だけど禍々しい色ね。科捜研の方へ回して急いで分析させよう。他には」
「死者四名重体二名。今のところそれ以上の情報はありません」
「死者は五名よ。さっきセンターから報せがあったわ。着いた時には既に心肺停止状態で、蘇生を試みたけどダメだったそうよ」
「死者五名……。一気に増えましたね」
「近いうちに六名になるわ。それより、この事件、なんか意図的なものを感じない?」
「意図的?」
「そうね、悪意みたいなものというか……。葛西君、また九木さんと一緒に捜査することになりそうね」
「わかりました」
 葛西はまたあの人とかよと思いながら了解した。

 由利子は朝起きてテレビをつけたら、のっけからS-hfウイルス感染死者多数のニュースが目に飛び込んで来て一遍に目が覚めた。
「うっそ~。このタイミングで何よ!」
 感対センターの入院患者が二人になり、そのうち一人の河部千夏の容体安定について昨日話したばかりだった。ひょっとしたらウイルス感染も落ち着くかもしれないと言う希望を持っていた由利子は、自分の認識の甘さに愕然とした。これではせっかく中止から免れた祭りが、こんどこそ中止に追い込まれるかもしれないと、森の内知事のしょんぼりした顔が浮かんだ。
「あの知事、なんか憎めないのよね」
 由利子はつぶやいた。しかしこの事件は、F市ではなくK市だ。K市と言えば、最初にホームレスの感染者が集団で死んでいた事件があった場所で、この事件の発端でもあった。そしてこの事件である。と、いうことは、やっぱりK市がウイルス発生地なのだろうか……?
 

 美波美咲はめんたい放送に帰ってからも考え込んでした。自分を助けてくれた男が、自分と同じサイキウイルス事件を追うジャーナリストもどきのキワミとかいう女を連れて、ウイルス患者発生の現場に来ていた。美波にはそれが単なる偶然じゃないように思われた。なにかふっきれない様子の美波を見て、小倉が言った。
「ミナちゃん、まだあのヤローのこと考えてんのかよ?」
「そうよ。いかんと?」
「朝のニュース、デスクが褒めてたよ。どこの社より早く現場に急行したってことで」
「たまたま現場が車で家から五分くらいの場所だったからよ。結局映像も情報も横並びだったじゃん。それならオグちゃんたちのほうがすごいよ。私が着いてから十分くらいで来たでしょ」
「ま、僕たちは編集やらなんやらで会社に泊まっとったからね。連絡が入ったと共に飛び出したんだ。早朝で混んでなかったしな。それより、朝の事件、被害者の名が割れたぜ。部屋の持ち主と、そのカノジョについてだけだけどな」
「ホント? で、誰?」
「嶽下友朗。二十二歳。D大経済学部三年だってよ」
「あのD大でダブりかよ。で、カノジョってのは?」
「杉村美優。みゅうと呼ばれてたらしいが、ピッチピチの女子高生だった。く~っ、もったいない」
「だった……ね。へっ、ピッチピチが男で身を滅ぼしたか」
「ミナちゃん、さっきからなんかやさぐれてない?」
「別に。で、ガン首とかとれたの?」
「男の方は顔本に登録しているらしいんで、今赤間が検索している。カノジョのほうもそれで割れたらしい。不用意に自分や身内の顔写真晒すんだから、こっちにとっても便利だよな」
 小倉が説明していると、赤間が言った。
「顔本は本名登録が原則だしな。……あったあった。へえ~、こいつかあ……」
「さっさと見せろよ」
「へいへい」
 赤間は小倉にタブレットの画面を見せた。
「よ~し、プロフィールもバッチリ合ってるぜ。ふてぶてしい顔のクソガキだ。一緒に写っているかわいい子が件のみゅうちゃんかな」
「ちょっと、アタシにも見せてよ」
 と、美波が立ち上がって小倉の持っているタブレットを奪った。しかし、そのプロフィール写真を確認したとたん、美波は手からそれを取り落した。
「わ~~~~ッ!」
 赤間が焦って手を伸ばし、タブレットをギリギリでレスキューすると、美波に抗議した。
「ミナちゃん、なんばすっとぉ?」
 しかし、美波はそれが耳に入っていないようだった。ふたたび赤間からタブレットをもぎ取り写真を確認するとこんどはゆっくりと机に置き、すとんと椅子に座って頭を抱えた。小倉と赤間が心配して言った。
「どうした、ミナちゃん」
 美波は顔を上げると、困惑した表情で言った。
「……これ、この男……。私を襲ったやつだ」
「え?」
「あの、この前ミナちゃんが電車で襲われた時の?」
「間違いないわ。忘れもしない顔よ。未だ時々夢に見るもん。あ~、いやだ。こいつのくっせぇ口臭まで思い出しちまったよ! ……でも、どうして……? なんでこいつが感染して死んだの?」
「そ、それは……」
 小倉がそう言いつつ、じわりと一歩美波から離れた。
「オグ、今更何やってんだよ。それに考えてみろよ」
「なにを? だって、ミナちゃんがあの立てこもり事件の時現場にいて、飛沫を浴びた可能性からいったん感対センターに保護されたのは事実だし……」
「いいか、俺たちはミナちゃんが解放された後、比較的早くから会った。直後と言って良い。しかも、結構長い間近くにいた。だけど、今現在まったく異常がない。ミナちゃんはあの時警察官に庇ってもらったというし、その後感対センターで徹底的に消毒されたと言うとったやろ」
「うん。シャワー室で消毒液浴びせられたし、身に着けたものも全部廃棄されたし」
「だから俺はミナちゃんがあの時ウイルスに汚染されとったとは思えないんだ。それからミナちゃんのSDカード、あれが一番汚染の恐れがあったはずやけど、デスクはあれを素手で持っとったのに未だにピンピンしとおやろ。あの後、手も洗わずに夜食のサンドイッチ食ったり眼をこすったり鼻毛抜いたりしてたんだぜ」
 それを聞いた美波は露骨に嫌な顔をして言った。
「げっ。そんなことしてたんだ、あのオヤジ」
「それを考えると、あれも汚染されていた可能性はほぼないと考えて良いと思う。ってことは、ミナちゃんにウイルスが付着していて襲った男に感染させたという可能性はほとんどゼロに近いと思うんだ」
「じ、じゃあ、何でこの男が感染して死んだっていうんだよ」
 と、小倉がもっともな反論をした。赤間はそんなこともわからんのかと言う表情で言った。
「だからさ、この男が別ルートで感染したってことだろ。ミナちゃん、今日現場にいたって男、偶然じゃないかもしれない。調べてみる価値はありそうだよ」
「赤間ちゃん、すごい、ホームズみたい……。見直しちゃった」
 美波が珍しく赤間褒めた。小倉は一瞬でも美波を怖れて引いてしまったことを悔やんだが仕方がない。彼は名誉挽回するように言った。
「とりあえず藤森デスクには報告した方がいいと思う。警察がこの男の感染経路を調べてミナちゃんにたどり着くのは時間の問題だと思うぞ」
「よし、急ごう。ミナちゃん!」
「わかった。とにかく行動あるのみね!」
 3人は急いで藤森の元に向かった。

「話は大体判った」
 藤森が言った。
「美波、おまえ、相変わらずのクライム・ホイホイやな。入社以来何件目だ?」
「そんなに沢山じゃありません。入社したての頃に街頭突撃インタビューやった時、たまたまマイク向けたのが連続殺人犯で、その後尾行していた刑事たちとそいつで大捕り物になったことと、火災現場に行ってインタビューしたら、たまたま現場に戻って来た放火犯だったことが後でわかった事と、え~とえ~と」
「数えんでええ」
 藤森はむきになった美波を制して言った。
「俺が思い出しただけで、あと2件はある。おまえ、却ってホイホイを証明する様なもんだぞ。とにかく、お前経由であの事件が起きたなんてことになったら我社も大痛手を蒙ることになる。おまえらの手に余るかもしれんし事は急を要する。俺の知り合いに『すっぽんの次郎吉じろきち』という二つ名をもつ情報屋と言うか探偵がいるんだが、そいつにもその友朗とかいう男の身辺を洗ってもらおう。大船に乗ったつもりでいなさい」
「あまり優秀そうな名前じゃないけどなー。死んだふりは上手そうだけど。で、次郎吉って本名ですか」
 と、美波が胡散臭そうに言った。自分の進退に関わることなので、あまり妙な人物に関わってほしくない。
「ああ、正確には亀田次郎吉と言う。因みに兄は太郎左衛門だ」
「江戸時代の盗人兄弟ですか」
「兄の方は堅気の商人だ。亀田左衛門商会の社長でウチのスポンサーにもなっているから、滅多なことは言わんようにな」
「美波美咲って自分の名が普通に思えてきましたよ。とにかく、よろしくお願いします」
 美波は半ばげっそりしながら言った。
「わかったらお前たちもこの事件の取材を続けろ。上手くいけばまた特ダネゲットだ」
「ええ~~~っ!?」
 三人が同時に言った。
「いいから、さっさと行けぇっ!」
「は、はいっ!!」
 藤森に怒鳴られて、三人は慌てて駈け出した。三人の後ろ姿を見ながら藤森が言った。
「あいつめ、なかなか良いネタを運んできてくれるぜ。さすが、俺が見込んだだけのことはある。美波美咲、やるな」
 藤森はそう言った後両手を腰に当て、呵々大笑した。
「デスク、また高笑いしてるぜ」
「あれがなきゃ、渋いロマンスグレーなんだけどなあ」
「しかし、ありゃぁ知らん人が見たら、ただの変態だぞ」
 藤森の笑い声に見送られ、三人はぶつくさ言いながら報道部を後にした。

 タワーマンションでの感染者大量死を巡って、午後からサイキウイルス対策本部の緊急合同会議が儲けられた。感染経路もさることながら、最大の議題は祭りの開催をどうするかであった。
「だけどですよ」
 森の内が立ち上がって言った。
「今回の感染はK市です。K市はご存じのようにF市から遠く離れてます。しかも、感染爆発ではなく、たまたま密室になったマンションの一室で起きた濃密な接触感染です」
 森の内が『濃密』なる言い回しをしたので、場内のあちこちで意味深な含み笑いが沸き起こったが、森の内は構わずに続けた。
「F市の方は、六月二一日に不法投棄現場で発見された遺体から感染した男性を最後に発症者は出ていませんし、メガローチ発見の通報も出ていません。ですから、祭りに関しては予定通り行事を執り行う予定です」
 すると今度はあちこちから不安の声やヤジや怒号が飛び交った。森の内はなお構わずに言った。
「もちろん、感染が深刻な状態になった場合、祭りを打ち切ることも視野に入れております。もっともそういうことになった時は、祭りどころか人の往来も制限することになるでしょう」
「いいのか、そんなことで」
 会場から一際大きな声がした。
「そのせいで感染が広まった場合、責任をとるレベルではすみませんぞ」
 それを皮切りに会議場のあちこちで再度声が湧きあがった。
「そうだそうだ。下手をするとF県どころか日本が世界中から非難されことになるぞ」
「既に人の往来を禁じるレベルではないのか?」
「いや、それはやりすぎだ。疫病は未だ突発的な発生をしているだけだ。また忽然と姿を消すかもしれない」
「そもそも、サイキウイルスの存在自体が未だ不明なんだぞ。ひょっとしたら、我々は居もしないウイルスに振り回されているんじゃないのか」
「じゃあ、同じ様な症状で死んでいった犠牲者たちは何が原因で死んだっていうんだ? 説明してほしいね」
「静粛に! 意見のある方は挙手してから発言してください」
 議長の和田は女性ながら凛としてきっぱりと言った。それを受けて若い男がやおら手を挙げた。
 それは厚生労働省から派遣された速馬だった。
「どうぞ」
 発言を許され、速馬は一瞬微かに笑ったが、すぐにいつもの能面面に戻って言った。 
「それについて、私たちの見解を述べます。今日の事件に関してはまだ調査中と言うことを考慮して推察を避けますが、事件の発端となったホームレスたちの死因は仲間割れによる共倒れで、最初に公園で発見されたホームレスはそれを知らせようとしたところを少年に襲われて死亡……」
 彼は悠々と続けた。
「川で死んだホームレスは酔っぱらって川に落ちて溺死、その後河川敷にて遺体で見つかったホームレスはインフルエンザの悪化により死亡した……と、私は考えてますけどね」
「それじゃあ、秋山美千代の自殺を止めようとした警察官は、何故その後に発症して亡くなったのかね」
「おそらく、傷口から土壌に住む嫌気性の細菌……おそらく、破傷風菌等に感染したのでしょう。医師たちがウイルス感染と思い込んでいたために、適切な治療が行われなかった可能性もある。感対センターで亡くなった他の方たちも似たような状況ないじゃないですか? また、ウイルス公表の翌日に車に飛び込んで亡くなられた窪田さんの自殺は妻と愛人との板挟みが原因でしょう。さらに言うと、駅で死んだ男は仲間から暴行されたための外傷性ショック死で違法投棄場で見つかったほうの事件は、同じく暴行されて逃げ出した男が追っ手から逃れるために隠れた冷蔵庫から脱出出来ずに窒息死……。暴力団連中のリンチはえげつないそうですからね。……とまあ、ウイルス感染を持ち出さなくても、説明が出来るわけです。メガローチだって、好事家こうずかが海外から輸入した大形ゴキブリが逃げ出して在来種と交雑しながら繁殖したものの可能性は捨てきれない。逃がした飼い主も法を犯しているものだから、おおっぴらに捜索も遺失物届も出来ずにいるから誰も名乗り出ないと言う訳です」
 速馬の立て板に水を流すような理路整然とした説明に、もともと懐疑的だった者や半信半疑たちの多くが納得した。
「と言う訳で知事、ウイルス発生が誤りだったということを素直に認めれば、祭りは滞りなく行うことが出来ますよ」
 速馬は最後にこう付け加えると、悠々と着席した。森の内はその発言を受けて挙手した。
「お答えしましょう」
「知事、どうぞ」
「速馬さんの意見は尤もそうに思えますが、色々矛盾点があります。それよりも一連の事件の方程式に病原体Xを代入した方がすっきりとした答えが出ると、私は納得しています。祭りを行う為に可能性を否定したことにより、市民を危険に晒すわけにはいきません。万全な対策をもって祭りを執り行なっていきます」
 森の内は迷うそぶり無く答え、負けじと悠々着席した。
(負けてないな、モリッチー)
 由利子は珍しく彼を頼もしく思った。いつものどこまでが本気かわからない感がまったくない。紗弥は彼がウイルス発生があやまりではないかと指摘した時、少しだけ速馬を一瞥したものの、すぐに手元の書類に目を戻した。二人の間には何故かギルフォードの姿がない。
 速馬は森の内に悠々と返され「ふん」と微かに鼻で笑ったが、すぐに真顔になり挙手した。
「はい、速馬さん」
「では知事。万全な対策と言われますが、ウイルスの存在があったとして、目に見えない脅威にどうやって対策をとるつもりですか?」
「お答えします」
 森の内はすぐに立ち上がって言った。
「その件については、後日書類にて配布いたします。一番のリスクは最終日のクライマックスにありますので、特に対策が必要と理解しております」
「祭り自体は始まってますよね」
「祭事の儀式のいくつかはすでに終わっていますし、その後も各流れの男衆のみで行われる儀式ですので、彼らの体調管理を徹底させます。発症する前に感染力がないことが判っていますので朝昼晩の検温を義務化し、少しでも熱のあるものは、参加させません。もし、それを守らない流れはその場で参加を禁止します。また、消毒に関しても徹底させます。今は、飾り山の公開が主ですので、一般市民についてのリスクは日常と変わらないものと判断しております。よろしいでしょうか」
「わかりました。ではその対策マニュアルを早急にお渡しください」
 そういうと、速馬は着席した。森の内はそれを見計らって静かに着席した。
(モリッチー、GJ!)
 由利子は心の中でサムアップした。
 議題はその後医療対策についてに移行した。壇上に今日はセンター長の高柳が上がった。 

 碧珠善心教会の教主は、午後の講演を終えて教団のF支部に戻ると、珍しく深刻な表情をした降屋が待っていた。
「長兄さま、内密にお話が……」
「おや、何でしょうか? まあ、入ってください」
 教主は降屋を部屋に招き入れ、応接セットに座るよう言うと、自分も座った。降屋は教主が座るのを見計らってから着席した。教主は微笑みを浮かべて言った。
「それで、お話しとは何でしょうか?」
「はい、実は……」
 降屋は今朝の出来事について話した。
「おや、それは困りましたね。でも、少し考えれば報道陣が集まる現場に例のテレビ報道記者が来る可能性は導き出せたと思いますが……」
「申し訳ありません。しかし、真樹村がどうしても取材に行きたいということで、無下に断わるのも不自然だったもので」
「なるほど、それもそうですね」
「それで、もし私が火の粉をかぶりそうになった時ですが……」
「大丈夫ですよ。今やこの国のあらゆる組織の中に、私のヴィジョンを受け共鳴してくださる方々が居ます。あなたへの追及をかわさせることなど造作もないことです」
「心強いお言葉、ありがたく存じます」
「降屋裕己。数々の功績を考慮し、あなたを碧珠(地球)のガーディアンとして選ばれた者のひとりと認めましょう」
 降屋はそれを聞いて喜びに打ち震えた。
「私が……、私がとうとうガーディアンに……! 有難き幸せにございます」
「改めてガーディアンの役目を説明いたしましょう。現在進行中の作戦は『プロジェクト・プレイグ』。このところ一年に約八千万人換算で増え続けていく人類の天敵として極小の『獣』を放ち、医療を中世まで後退させようという試みです。それにより、人口は格段に減っていくことでしょう。
 我らはヒトの一部であるからこそ、この星の病原体たる人類を淘汰し疲弊した大地や綿津見を蘇らせる役目を賜りました。その崇高な目的のためには多少の犠牲は止むをえません。病原体を駆逐するには同じ病原体がふさわしい。それで、我々は、遥音医師が発見しさらに改良したウイルスを利用することを考えました。実験的に撒かれたウイルスはこの地に広がり、今や定着をしつつあります。これも神のご意志でしょう。この国で培ったウイルスは、いずれ海を渡り、恥知らずにも増え続ける愚か者たちを駆逐していくことでしょう。この国ではかろうじて抑えられていたウイルスは、大陸に渡るや否や、凄まじい感染爆発を起こし、ユーラシア大陸のほぼ東域を席捲し結果アジアの一部はほぼ壊滅するでしょう。世界人口が現在の七十八億から二十世紀初頭の十五億まで減った時、碧珠はようやく息を吹き返すことが出来ましょう」
「ああ、楽しみです。その時こそ、ユートピアが実現するのですね」
「そうです。そして、その時こそこの国が世界のトップに立つ時なのです。この国の有力政治家たち数人も、私のヴィジョンに共鳴してくださいました」
「すばらしい!」
「時に、降屋さん」
 教主は微笑みを浮かべながらも降屋を見据えるように言った。
「あなたはガーディアンになった者の万一の時の身の降り方と言うものをご存じのはずですね」
 降屋は教主の笑顔の裏に冷徹な意思を感じて一瞬背筋に冷たいものが走った。しかし、教主はいつもの柔らかい笑顔に戻って言った。
「ですから、私はあなたに関して憂えることは何もありません。あなたの計画はきっと我等が碧珠に大いなる恩恵をもたらしましょう」
 教主は降屋の両手を取り、真剣な表情で言った。
「長兄さま……」
 降屋は教主の言葉に感動して打ち震えた。この方になら命を捧げても惜しくない。彼は改めて心に誓った。
(僕はこの方と共にこの星を守るためにこの星に生を受けたのだ!)
「問題なのは……」
 と、教主はふっと不安げな表情を浮かべて言った。
「あの、中目黒大吉という男です。もちろん、これは偽名です。彼は、本名を仲川庄吉といい、彼には教団のラボが作った薬の管理の責任者を任せていました。しれには認可の下りたものや健康食品として認可されたものの販売も含んでおります。しかし、彼は中目黒の偽名を使って、まだ認可されていないもの、特に、麻薬に近いものをハーブとしてこっそりと売っていたのです。彼は、嶽下某のところにも『ハーブ』を売りつけたようです。しかも、あの赤い結晶、通称『シャンブロウ・シード』をです」
「なんですって? あの厄介なドラッグが世に放たれたのですか!? それで、感染後の勝負が早かったのか、くそっ」
「そうです。本来ならもう少し緩慢な進行で、彼らの仲間にもっと感染者を増やせるはずでしたが、中目黒の介入により、それが絶たれました。あれには人の五感を活性化するだけでなく、ウイルスの劇症化も促す作用が確認されています」
「なんてことだ!」
「もともと中目黒こと仲川は、教団への忠誠ではなく損得で動く男でした。それ故に、少しでも不利な立場に陥った時、彼はいとも簡単に教団を裏切ることでしょう。彼は教団にとっても私にとっても危険な人物です。中目黒のドラッグ横流しの発覚後、急いで彼を追いましたが、行方をくらませてしまいました。このまま彼を放っておくと、いずれは我々の計画に災いをもたらしましょう」
「わかりました。私が必ずや彼を探しだし、始末をいたします。ご安心ください」
 降屋から確約を得、教主はほっとした表情をして言った。
「ありがとう。あなただけが頼りですよ」
 教主は降屋の手をしっかりと取り、さらに続けた。
「今、碧珠の命運はあなたに任されました。必ずや中目黒を破滅させてくださると信じております」
「有難きお言葉。しっかりとお役目をはたして御覧に入れます」
 降屋はそう言いながら、体の奥で何かが滾るのを感じていた。
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