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第三部 第五章 微光
7.天国を売る男
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「碧珠善心教会。信仰対象は碧珠で地球の意味だそうです。ああ、これ、最近、教主がすごいイケメンらしいというので、でちょっと話題になったトコですよ」
「あら、データベースに教主の顔は?」
と、早瀬がせかすように訊いた。由利子は画面をスクロールして該当箇所を表示しながら言った。
「『データなし』です」
「何よ、それ?」
「ここ、基本的に信者にならないと教主の姿は見られないそうなんです。一般人は教主の講演に行く以外、ご尊顔は拝めないらしいです。以前この教団のCM見たけど、イケメン教主らしき姿はなかったです」
「何? ケチね、出し惜しみ? それともホントはブサメンとか? もぉ、ますます見たいじゃないの」
「でも、データのところに思い切り『データ無し』って書いてありますから。で、データベースに貼ってあったリンク先に飛んでみたけど、教団公式サイトにも教主どころか教会関係者のプロフィールがなくて、名前だけが列記してあるんです。しかも、本名かどうかすらわからない。教主の写真はあるにはあるのですが、信者らしき女性や子供たちに囲まれたスナップ写真みたいなのしかなくて……。恰好もジャージか普通のリーマンみたいなスーツ姿ですよ。これだけ見たら、小学校の先生と言われても納得できます。サイト中を流してみたけど、そういう写真ばかりで、この手のサイトには必ずあるような、『私が教主です』って感じの自己主張丸出しの写真がないんです。でも……」
「でも?」
「私、この程度の写真だったら一度見た顔なら特定できるんです。だけど、今回は気にはなるけど断定は出来ない……。悔しいけど」
と、言いながら由利子はふと横に立っているギルフォードを見た。すると、彼もなんか困ったような表情で画面を見ていた。
「アレク、何便秘したような顔してんの」
「便秘って……」
ギルフォードは苦笑しながら答えた。
「僕にも、なんか会ったことあるような顔に見えるんです。どこで会ったか思い出せないんですけど……」
「ええ~? じゃあ、やっぱ気のせいかなあ……」
「どーゆーイミですか」
「だって、顔音痴のアレクに見たことあるって言われたらさ、自信なくしちゃうよ」
「僕はクイズ番組のおバカタレントですか」
「ほんとにもう、何でそんなことばっか知ってるかな」
由利子はぶつぶつ言いながら、またデータベースの方に画面を戻した。
「教団概要を読みます。
『人は碧珠(地球)と共存すべきだ』という教義をもとに自然保護を訴える。信者からの浄財は、自然保護のための活動に充てられており、途上国への援助や戦争や災害の被災地への救援等にも力を入れているため、宗教としてはかなり質素である。教主は自らを全信者の兄という意味で『長兄』と呼ばせ、真の自然保護を啓蒙するための講演活動に熱心である。以上」
「長兄? う~ん、『長兄さま』ねえ……。なんかぱっとしない呼び名よね」
早瀬が何となく不満そうに言い、由利子が鸚鵡返しに聞いた。
「ぱっとしない?」
「だって、こういうトコってさあ、なんかちょっとエキセントリックというか、独特の呼び方させたりするじゃない? 妙にエラそうだったり」
「そういえば、さっき上げただけでも、大聖とか元帥とか星明とか色々ありましたね。ですが、ここは『もともと土地神を祀っていた土着の宗教を現教主の父親がリニューアルさせた』、とあります。もともと由緒ある教団というところはフーマや海神真教と同じですね。ですから、フーマの『神官ポオ』みたいに古来からそういう呼び名だったとも考えられます」
「まあ、いいわ。篠原さんが唯一気になった教団であり、信仰対象も地球イコール大地で呼び名も符合するということなんだから、改めて調査する価値はあるわ」
「でも、サイトを見ても、宗教団体と言うよりユニ○フとみたいというか、全然嫌な感じがしないですね」
「特記事項に『慈善事業の一環として医療施設やラボも持っているが、教団とは切り離している。また、教主等が講演で得た収益等も、収益事業として毎年申告している』ってあるわ。なんか妙にちゃんとしてるところね」
「というか、これが特記事項に記入って、そんな珍しいことなのかしら?」
由利子の疑問にギルフォードが答えた。
「まあ、そのあたりの公益事業と収益事業がカナリ曖昧っていうのが現状なんですよ。出来たら税金なんて払いたくないでしょうからね。これはどの国でも似たようなものですが」
「まさに坊主ぼろ儲ね」
と早瀬が言うと、由利子がポンと手を叩いて言った。
「そういえば、以前、ラブホに仏像と賽銭箱置いて、宗教施設だと言い張っていた……」
「話が危ない方向に行きそうなので、これぐらいにしときましょう」
と、ギルフォードが肩をすくめながら言った。
「でも」
葛西がぼそりと言った。
「あまりキレイなのも、逆に痛くもない腹を探られたくないって感じがしますよね」
「え?」
と、三人が同時に葛西を見たので、葛西はすこしきょとんとした曖昧な笑顔を浮かべた。由利子が若干驚いた口調で言った。
「葛西君って意外と穿った見方をするのねえ」
「刑事らしくていいじゃない」
と、早瀬がいうと、由利子とギルフォードが若干不満げに言った。
「そうかなあ。私は刑事らしくない葛西君が好きだなあ」
「僕もですよ」
「みんな、勝手なことを言わないでくださいよ。ていうか、なんか複雑……」
葛西が不満と戸惑いの混ざった様子でぼそぼそと言った。そんな中、由利子がいきなり「うひゃあ」と言った。皆が驚いて由利子を見ると、彼女は照れくさそうに電話をジーパンのポケットから出した。
「電話です。ちょっと出ますね」
由利子はそういうと携帯電話を耳にあてた。
「はい。あ、うんうん、居る居る。ちょっとまってね。アレクちょっとこれ貸してあげる」
由利子は有無を言わせず電話をギルフォードに渡した。彼がそれを耳に当てるかどうかの時、電話から声がした。
「教授! いい加減に研究室に戻ってくださいませ。依頼されたマニュアルの最終チェックが進まないじゃありませんか!
「すみません。もうすぐ帰ります」
ギルフォードはかなり説教を食らっているらしく、平身低頭して電話を構えている。それを見ながら由利子が言った。
「また電話の電源を切ったままだったみたいね」
「電話、秘書の紗弥さんからでしたか。そういえば、ジュリーも電話で言ってました。それでしょっちゅう喧嘩になるんだって。まあ、お互い様みたいですけどね」
「って、葛西君、ジュリーと電話連絡取ってるんだ」
「そりゃあ、一緒にヘリに追いかけられた仲ですからね」
「そういえば、そんなことがあったね」
その会話に早瀬が嬉々として割って入って来た。
「ジュリー君って、例の、教授の美しすぎる彼氏?」
由利子は、早瀬のノリに若干戸惑いながら答えた。
「え? ええ、まあそうですけど」
「噂の美青年にお会いしたかったのに、残念だったわ」
「来月には帰って来ますよ。っていうか、ひょっとして、早瀬さんも腐……」
「人聞きわるいわね。違うわよ、キレイなコが好きなの。ボーイッシュな篠原さんも、お人形さんのような紗弥さんも好きよ」
それを聞いた由利子は、えっ? と思いながら横を見た。すると葛西が案の定フリーズしていた。
「あの、早瀬さん、葛西君が固まってますけど……」
「あらら、困ったわね。シャレのわからない人ねえ」
「あはは」
(冗談だったのか)
由利子は笑って誤魔化しながら、少しほっとしていた。
放課後、西原祐一の妹香菜が、一人小学校近くの川土手を、不安そうな表情で何かを探しながらうろついていた。
「西原さん!」
香菜は自分を呼ぶ声に驚いて振り向いた。そこにはクラスメートの女子が立っていた。彼女の髪はショートカットで、某海賊漫画のTシャツにバギータイプのブルージーンズと黒いスニーカーを履いており、一見少年のように見えた。彼女は香菜に白い布で出来た体操服の袋を差し出して、ぶっきらぼうに言った。
「探しとおと、これやろ?」
「うん」
香菜はそれを受け取りながら訊いた。
「……どこにあったと?」
「あそこの柳の木に引っ掛けてあったよ」
「探してくれたん?」
「わ、悪いか?」
少女は少しバツの悪そうな表情で言った
「ううん」
香菜は首を横に振ると訊いた。
「あたしが怖くないと?」
「なんで? オレのオヤジもね、あのウイルスの担当してるんだ。でも、オレはオヤジのことは怖くない。だから、西原さんのことも怖くない」
香菜はそれを聞いて一瞬泣きそうな顔になった。しかし、彼女はそれをぐっとこらえてから言った。
「ありがとう」
「おまえ、強いな」
少女は感心しながら言った。香菜は首を再び横に振った。今度はそれに力がない。
「あたしを守ってくれた刑事さんがいるの。おにいちゃんもお父さんもお母さんも教えてくれなかったけど……、深浦君が週刊誌見せて言ったの。これ、おまえのことじゃないかって」
「あの、金曜日に出たあれ、読んだと?」
「うん。読めない字も多かったけど、内容はだいたいわかった。その中にあの時のことが書いてあったの。ちょっとだけだし名前とか書いてなかったけど、すぐわかった。あの事件だって……。あの刑事さん、おばちゃんの病気がうつって亡くなったって。あたしのせいなの。だから、いじめられるのはあたしの罰やけん……」
「バカ。そんなこと言ったら多美山のおじちゃんが悲しむやろ」
「富田林さん?」
「オレのオヤジは刑事でね、それで、あのウイルスの担当をしてるんだ」
「なんで刑事さんが? 伝染病なのに?」
「あの病気にかかった人が、金曜日に事件を起こしたとは知っとおやろ?」
「うん。ニュースでやってたから」
香菜は、そのせいでいじめがひどくなったのだと思っていたが、口には出さなかった。
「オヤジさ、あの事件の担当なんだって。詳しいことは教えてくれんけど……、まあ、シュヒギムがあるっちゃけん当たり前やね」
「お父さんが刑事さんだから、たみやま刑事さんのこと知っとおと?」
「うん。何度か会ったこともあるよ。厳しいけど優しいおじちゃんやった。大好きやったよ」
「じゃあ、富田林さんも、あたしが嫌い?」
「あんた、本当にバカやね。あんたは被害者なんやろ。そんで、おじちゃんはあんたを守った。違う?」
「うん、そうだけど……。」
「だったら、オレがあんたを嫌う意味なんてなかろーもん」
「でも……」
「あ~~~、もう、しっかりせんね~。多美山のおじちゃんが生きとって、その前で罰だとか言ったら、怒り飛ばされるところだよ」
「怒る?」
「怒るに決まっとろーもん。それから、おれがついとおけん、負けるなって言うよ」
「負けるな……・」
香菜はそう復唱すると、いきなり涙をぽろぽろこぼし始めた。富田林の娘は、それを見て焦った。
「どうしたん。オレ、変なこと言った?」
「たみやまさん、怒ってないんやね。香菜のこと、ウラんでないんやね」
「当たり前やろ。それよりはらはらして心配しとおと思うよ」
「そうかな」
「そうに決まっとおやろ」
「香菜、お墓参りに行ける?」
「行けるよ。このウイルス騒ぎが終わったら、一緒に行こう。オヤジに連れてってもらおう」
「うん……、うん……」
香菜は泣きながら何度も頷いた。
「もう、泣かんどき。体操服見つかったっちゃけん、さっさと帰ろ。お母さんが心配しするやろ」
「これ持っとおけん、大丈夫」
と言いながら、香菜がGPS機能付きの子供用ケータイを見せた。あの事件のため、退院してからすぐに持たされたのだ。富田林の娘は、それを見るとニヤッと笑ってジーンズのポケットからケータイを出した。
「オレも持っとっちゃん。オヤジがさ、おまえは刑事の娘やけん、何かあったらいかんって持たせてくれたんだ」
「そうなんだ」
と、香菜がハンカチで涙を拭きながら言った。富田林の娘はにっと笑って付け加えた。
「これを持たせるとき、オヤジが言ったんだ。世の中、安全になったのか物騒になったのかわからんなって」
「ホントやね」
香菜がくすっと笑って言った。それを見て富田林の娘は安心したように言った。
「やっと笑ったね」
「うんありがと。でも、トンちゃん、オレとかオヤジとか、ヘンだよ、女の子なのに」
「オマエだって、『あたし』から『香菜』になっとおやん」
「いいじゃん。親しい人と一緒の時はそうなるんだもん。女の子なのにオレって言う方がへんだもん」
親しい人と言われて、富田林の娘は少し顔を赤くしながら香菜に同じように返した。
「いいじゃん。オヤジだって何とも言わないよ。ママには怒られるけど」
「ママ?」
「いや、だっ、だから……」
「トンちゃん、ヘン」
「トンちゃん言うのやめろ。それでなくてもトンダバヤシとか変な名前なのに」
「じゃあ、瑠璃花ちゃん」
「やめろよ、名前負けっていつも言われよっとに」
「負けてないよ。ルリカちゃん可愛いじゃん」
「やだ!」
「じゃあ、ルー君だね」
「カレーじゃねえし」
「いいじゃん、ルー君てのもカワイイじゃん」
「九州モンなら、じゃんじゃんゆーな」
「ルー君、ツンデレ」
「うるさい」
二人は言い合いながらも、仲良く川土手を歩いていた。
夕刻、とあるタワーマンションの一室のモニターに来客のアラームが鳴った。
「は~い」
若い女性が出て返事をした。モニターから、もったりとした男の声が響いた。
「メールいただいた、笑顔のセールスマンでございます」
「あ~、はいはい。すぐにロック解除しますんで、上がってきてください」
女はそう答えると、いそいそと寝間代わりの紳士物のXLサイズのTシャツを脱ぎ、着替え始めた。部屋のベッドでだるそうに寝ていた男が怪訝そうに訊いた。
「なんだよ、笑顔のセールスマンって。喪●福造か」
「違うよ。何アホなこと言ってんの。今、裏ネットで拡散中のハーブ屋だって。ガッコでリア友からチラシもらったんで興味半分でメールしたら来ちゃった」
「来ちゃったって美優。オメエ、高校で何やってるんだよ」
「うっせぇ、トモロー。ろくに大学行かんでうだうだしているあんたに言われたくねーよ」
美優がやや不機嫌に言った時、玄関のブザーが鳴った。
「こんにちは。笑顔薬品でございますよ。お薬の交換に参りました」
「あ、来た来た。は~い、すぐ開けま~す」
「ふん。アホ女。そこで言っても聞こえるわけないだろ」
トモローと呼ばれた男は、だるそうに寝返りを打ちながら毛布をかぶった。
彼は、本名を嶽下友朗と言った。実は、彼は金曜に美波を襲った男だった。あの後隙を見て逃げ出したものの、2・3日は警察が捕まえに来るのではないかと冷や冷やしながら過ごしたが、特に何もなく、あのことも事件としてニュースになるようなことは無かった。それで、警戒心もやや薄れたが、その気の緩みか夏だと言うのに風邪を引いたらしく、昨夜から微熱と倦怠感でベッドから出るのが億劫で、一日寝たままだらだらしていた。もっとも、普段から似たような生活をしているので、いつも学校帰りに押しかける美優は別段気にも留めなかった。
「これなんかも、ようございますよ」
「うわあ。効きそう!」
「そうでございましょ?」
「おもしろーい」
彼女とセールスマンが、親しげに話しているのを見て、胡散臭さが気になったのと若干の嫉妬で友朗はとうとうベッドから起きだした。起き掛け、頭にズキンと痛みが走ったが、その後若干フラフラする以外何ともなかったので、彼はゆっくりと二人のいる玄関先に行った。
友朗は、男の姿を見るなり吹きだしそうになった。
(喪●福造というより、スーツを着たハ●ション大魔王……)
男は友朗に気付くと言った。
「おやおや、お連れさんですか。私、笑顔のセールスマン、中目黒大吉と申します」
男はそう言いながら友朗に名刺を差し出した。友朗は名詞を受け取りながらその手を見て胡散臭そうに相手を見た。この暑いのに、薄いベージュの皮手袋をしている。
「ああ、すみません。この手ね、ちょっと手荒れがひどいもので……」
「そんなことはどうでもいからさ、オッサン。早く用を済ませて帰ってくれよ。オレ、昨日から具合悪くってさ」
「おや、それは悪うございますねえ」
中目黒はさも気の毒そうに言ったが、美優はどうでも良さげに言った。
「あぁ、そうやったと。いつもと変わらんけんわからんかった」
「美優、おまえな。ちったぁ心配してくれよ」
「具合悪くてもやることはやるんだ」
「あのなあ、あれはお前が……!」
「まあまあ、旦那さん」
「旦那じゃねえよ。こんなバカとツレになりたくねーからな」
「ポン大ダブったあんたにバカって言われたくねーよ」
「火に油を注いでしまいましたねえ。まあまあ、お二人とも穏便に。私は、皆さまにてぇ~んごくをお届けする、笑顔のセェルスマンでございますよ」
「わかったから、テキトーになんか売ってさっさと帰ってくれ」
「あなた、具合がよくないんだったら、これが良おございますよ。シャンブロウ・シードと言って、これを使えば元気いっぱい、ファイト一発」
「パクリじゃねーか」
と、友朗が突っ込んだが美優はそれを無視して中目黒に尋ねた。
「ね、どうやって使うの?」
「タバコやストローで吸うのもいいですが、水で溶いたものを静脈注射が一番効果がありますよ」
それを聞いて、友朗が怪訝そうに訊いた。
「って、それ、Sじゃねーのか? 名前も似てるし」
「とんでもありません。その場限りで一切後遺症も依存性もございませんよ。なにせ、合法な植物の種から出来た、ただのハーブですから」
「おじさん、試してみた?」
「はい。私はこのとおりの歳で役立たずでしたが、自分でも驚くほどで、相手の女性も死ぬかと思ったとおっしゃいました」
「あ~、おじさん、フーゾク行ったんだ」
「恥ずかしながら……」
「あ~、わ~った(わかった)」
友朗は、臆面もなくそういう話をする男に呆れながら、反面、そのハーブに興味を持った。
「それでいいよ。いくらだ?」
「今回は試供品としてお代はいただきません。気に入ったら、メールしてくだされば、すぐに持ってまいります。お買い上げはその時からでけっこうですので」
「話がうますぎないか?」
「使っていただくとわかりますよ。それでは……」
仲目黒はそう言いながら、赤い結晶の粉の入ったビニールの小袋をふたつと注射器を1本友朗に手渡した。
「注射器もサービスしておきました」
「って、持ってるけど」
「針は新しい方がようございますよ。それでは、私はこれで……」
中目黒は立ち上がると、恭しく一礼して付け加えた。
「それでは、存分に天上の快楽をご享受なさってください。皆さまに天国をお届けする、笑顔のセールスマンでございました」
中目黒は胸に手を当て西洋風に挨拶すると、去って行った。美優は赤い結晶の入った袋を手に取って、ライトにかざした。
「キレイ。シャンブロウってなんだろ?」
「しらねーよ」
「調べよ」
美優はさっそくスマートフォンを手にして検索を始めた。
「なんかヤバそうなキレイ系女性のお化けでてきた。一種の吸血鬼かなあ。でもめっちゃ効きそうだよ」
そう言いながら、件の「ハーブ」の入った袋を改めて観察した。
「まるで血みたいな赤い結晶。ねえ、トモロー、もしあのおじさんが言ったみたいに効いたら、早速、友達も呼んでパーティーしよ!」
「ああ。でもな、オレ、今日ほんとに気分悪いから……」
「いいじゃん、おじさん言ってたじゃん。病気でも元気になるって」
「俺、寝ときたいっちゃけど……」
「だから、一緒に寝よ!」
「だからぁ~、ああ、もうどうにでもしてくれ。あ、腕とかバレるからダメだぞ」
友朗はそういうと、ベッドに倒れこむようにして横になった。
笑顔のセールスマンと名乗る男は、友朗の部屋から出ると再びドアに向かって一礼した。
「天国のお買い上げありがとうございます。まあ、あなた方が行くのは、天国か地獄かわかりませんけどね」
中目黒はそう言うと、すたすたと歩きエレベーターに向かった。
「あんな危ないもの、私が使う訳ないじゃありませんか。どうしてああいう連中はああいうものを使いたがるんですかねえ。解せませんねえ。まあ、私は稼がせてもらえるんで、長兄さまさまでございますけどねえ」
中目黒はそうつぶやくと、「ほっほっほ……」と笑った。その福々しい笑顔の奥には、なにか禍々しいモノが潜んでいた。
そんなことは露ほども思わず、美優は床に転がって楽しそうに何度も赤い結晶を灯りに透かして見ていた。
「あら、データベースに教主の顔は?」
と、早瀬がせかすように訊いた。由利子は画面をスクロールして該当箇所を表示しながら言った。
「『データなし』です」
「何よ、それ?」
「ここ、基本的に信者にならないと教主の姿は見られないそうなんです。一般人は教主の講演に行く以外、ご尊顔は拝めないらしいです。以前この教団のCM見たけど、イケメン教主らしき姿はなかったです」
「何? ケチね、出し惜しみ? それともホントはブサメンとか? もぉ、ますます見たいじゃないの」
「でも、データのところに思い切り『データ無し』って書いてありますから。で、データベースに貼ってあったリンク先に飛んでみたけど、教団公式サイトにも教主どころか教会関係者のプロフィールがなくて、名前だけが列記してあるんです。しかも、本名かどうかすらわからない。教主の写真はあるにはあるのですが、信者らしき女性や子供たちに囲まれたスナップ写真みたいなのしかなくて……。恰好もジャージか普通のリーマンみたいなスーツ姿ですよ。これだけ見たら、小学校の先生と言われても納得できます。サイト中を流してみたけど、そういう写真ばかりで、この手のサイトには必ずあるような、『私が教主です』って感じの自己主張丸出しの写真がないんです。でも……」
「でも?」
「私、この程度の写真だったら一度見た顔なら特定できるんです。だけど、今回は気にはなるけど断定は出来ない……。悔しいけど」
と、言いながら由利子はふと横に立っているギルフォードを見た。すると、彼もなんか困ったような表情で画面を見ていた。
「アレク、何便秘したような顔してんの」
「便秘って……」
ギルフォードは苦笑しながら答えた。
「僕にも、なんか会ったことあるような顔に見えるんです。どこで会ったか思い出せないんですけど……」
「ええ~? じゃあ、やっぱ気のせいかなあ……」
「どーゆーイミですか」
「だって、顔音痴のアレクに見たことあるって言われたらさ、自信なくしちゃうよ」
「僕はクイズ番組のおバカタレントですか」
「ほんとにもう、何でそんなことばっか知ってるかな」
由利子はぶつぶつ言いながら、またデータベースの方に画面を戻した。
「教団概要を読みます。
『人は碧珠(地球)と共存すべきだ』という教義をもとに自然保護を訴える。信者からの浄財は、自然保護のための活動に充てられており、途上国への援助や戦争や災害の被災地への救援等にも力を入れているため、宗教としてはかなり質素である。教主は自らを全信者の兄という意味で『長兄』と呼ばせ、真の自然保護を啓蒙するための講演活動に熱心である。以上」
「長兄? う~ん、『長兄さま』ねえ……。なんかぱっとしない呼び名よね」
早瀬が何となく不満そうに言い、由利子が鸚鵡返しに聞いた。
「ぱっとしない?」
「だって、こういうトコってさあ、なんかちょっとエキセントリックというか、独特の呼び方させたりするじゃない? 妙にエラそうだったり」
「そういえば、さっき上げただけでも、大聖とか元帥とか星明とか色々ありましたね。ですが、ここは『もともと土地神を祀っていた土着の宗教を現教主の父親がリニューアルさせた』、とあります。もともと由緒ある教団というところはフーマや海神真教と同じですね。ですから、フーマの『神官ポオ』みたいに古来からそういう呼び名だったとも考えられます」
「まあ、いいわ。篠原さんが唯一気になった教団であり、信仰対象も地球イコール大地で呼び名も符合するということなんだから、改めて調査する価値はあるわ」
「でも、サイトを見ても、宗教団体と言うよりユニ○フとみたいというか、全然嫌な感じがしないですね」
「特記事項に『慈善事業の一環として医療施設やラボも持っているが、教団とは切り離している。また、教主等が講演で得た収益等も、収益事業として毎年申告している』ってあるわ。なんか妙にちゃんとしてるところね」
「というか、これが特記事項に記入って、そんな珍しいことなのかしら?」
由利子の疑問にギルフォードが答えた。
「まあ、そのあたりの公益事業と収益事業がカナリ曖昧っていうのが現状なんですよ。出来たら税金なんて払いたくないでしょうからね。これはどの国でも似たようなものですが」
「まさに坊主ぼろ儲ね」
と早瀬が言うと、由利子がポンと手を叩いて言った。
「そういえば、以前、ラブホに仏像と賽銭箱置いて、宗教施設だと言い張っていた……」
「話が危ない方向に行きそうなので、これぐらいにしときましょう」
と、ギルフォードが肩をすくめながら言った。
「でも」
葛西がぼそりと言った。
「あまりキレイなのも、逆に痛くもない腹を探られたくないって感じがしますよね」
「え?」
と、三人が同時に葛西を見たので、葛西はすこしきょとんとした曖昧な笑顔を浮かべた。由利子が若干驚いた口調で言った。
「葛西君って意外と穿った見方をするのねえ」
「刑事らしくていいじゃない」
と、早瀬がいうと、由利子とギルフォードが若干不満げに言った。
「そうかなあ。私は刑事らしくない葛西君が好きだなあ」
「僕もですよ」
「みんな、勝手なことを言わないでくださいよ。ていうか、なんか複雑……」
葛西が不満と戸惑いの混ざった様子でぼそぼそと言った。そんな中、由利子がいきなり「うひゃあ」と言った。皆が驚いて由利子を見ると、彼女は照れくさそうに電話をジーパンのポケットから出した。
「電話です。ちょっと出ますね」
由利子はそういうと携帯電話を耳にあてた。
「はい。あ、うんうん、居る居る。ちょっとまってね。アレクちょっとこれ貸してあげる」
由利子は有無を言わせず電話をギルフォードに渡した。彼がそれを耳に当てるかどうかの時、電話から声がした。
「教授! いい加減に研究室に戻ってくださいませ。依頼されたマニュアルの最終チェックが進まないじゃありませんか!
「すみません。もうすぐ帰ります」
ギルフォードはかなり説教を食らっているらしく、平身低頭して電話を構えている。それを見ながら由利子が言った。
「また電話の電源を切ったままだったみたいね」
「電話、秘書の紗弥さんからでしたか。そういえば、ジュリーも電話で言ってました。それでしょっちゅう喧嘩になるんだって。まあ、お互い様みたいですけどね」
「って、葛西君、ジュリーと電話連絡取ってるんだ」
「そりゃあ、一緒にヘリに追いかけられた仲ですからね」
「そういえば、そんなことがあったね」
その会話に早瀬が嬉々として割って入って来た。
「ジュリー君って、例の、教授の美しすぎる彼氏?」
由利子は、早瀬のノリに若干戸惑いながら答えた。
「え? ええ、まあそうですけど」
「噂の美青年にお会いしたかったのに、残念だったわ」
「来月には帰って来ますよ。っていうか、ひょっとして、早瀬さんも腐……」
「人聞きわるいわね。違うわよ、キレイなコが好きなの。ボーイッシュな篠原さんも、お人形さんのような紗弥さんも好きよ」
それを聞いた由利子は、えっ? と思いながら横を見た。すると葛西が案の定フリーズしていた。
「あの、早瀬さん、葛西君が固まってますけど……」
「あらら、困ったわね。シャレのわからない人ねえ」
「あはは」
(冗談だったのか)
由利子は笑って誤魔化しながら、少しほっとしていた。
放課後、西原祐一の妹香菜が、一人小学校近くの川土手を、不安そうな表情で何かを探しながらうろついていた。
「西原さん!」
香菜は自分を呼ぶ声に驚いて振り向いた。そこにはクラスメートの女子が立っていた。彼女の髪はショートカットで、某海賊漫画のTシャツにバギータイプのブルージーンズと黒いスニーカーを履いており、一見少年のように見えた。彼女は香菜に白い布で出来た体操服の袋を差し出して、ぶっきらぼうに言った。
「探しとおと、これやろ?」
「うん」
香菜はそれを受け取りながら訊いた。
「……どこにあったと?」
「あそこの柳の木に引っ掛けてあったよ」
「探してくれたん?」
「わ、悪いか?」
少女は少しバツの悪そうな表情で言った
「ううん」
香菜は首を横に振ると訊いた。
「あたしが怖くないと?」
「なんで? オレのオヤジもね、あのウイルスの担当してるんだ。でも、オレはオヤジのことは怖くない。だから、西原さんのことも怖くない」
香菜はそれを聞いて一瞬泣きそうな顔になった。しかし、彼女はそれをぐっとこらえてから言った。
「ありがとう」
「おまえ、強いな」
少女は感心しながら言った。香菜は首を再び横に振った。今度はそれに力がない。
「あたしを守ってくれた刑事さんがいるの。おにいちゃんもお父さんもお母さんも教えてくれなかったけど……、深浦君が週刊誌見せて言ったの。これ、おまえのことじゃないかって」
「あの、金曜日に出たあれ、読んだと?」
「うん。読めない字も多かったけど、内容はだいたいわかった。その中にあの時のことが書いてあったの。ちょっとだけだし名前とか書いてなかったけど、すぐわかった。あの事件だって……。あの刑事さん、おばちゃんの病気がうつって亡くなったって。あたしのせいなの。だから、いじめられるのはあたしの罰やけん……」
「バカ。そんなこと言ったら多美山のおじちゃんが悲しむやろ」
「富田林さん?」
「オレのオヤジは刑事でね、それで、あのウイルスの担当をしてるんだ」
「なんで刑事さんが? 伝染病なのに?」
「あの病気にかかった人が、金曜日に事件を起こしたとは知っとおやろ?」
「うん。ニュースでやってたから」
香菜は、そのせいでいじめがひどくなったのだと思っていたが、口には出さなかった。
「オヤジさ、あの事件の担当なんだって。詳しいことは教えてくれんけど……、まあ、シュヒギムがあるっちゃけん当たり前やね」
「お父さんが刑事さんだから、たみやま刑事さんのこと知っとおと?」
「うん。何度か会ったこともあるよ。厳しいけど優しいおじちゃんやった。大好きやったよ」
「じゃあ、富田林さんも、あたしが嫌い?」
「あんた、本当にバカやね。あんたは被害者なんやろ。そんで、おじちゃんはあんたを守った。違う?」
「うん、そうだけど……。」
「だったら、オレがあんたを嫌う意味なんてなかろーもん」
「でも……」
「あ~~~、もう、しっかりせんね~。多美山のおじちゃんが生きとって、その前で罰だとか言ったら、怒り飛ばされるところだよ」
「怒る?」
「怒るに決まっとろーもん。それから、おれがついとおけん、負けるなって言うよ」
「負けるな……・」
香菜はそう復唱すると、いきなり涙をぽろぽろこぼし始めた。富田林の娘は、それを見て焦った。
「どうしたん。オレ、変なこと言った?」
「たみやまさん、怒ってないんやね。香菜のこと、ウラんでないんやね」
「当たり前やろ。それよりはらはらして心配しとおと思うよ」
「そうかな」
「そうに決まっとおやろ」
「香菜、お墓参りに行ける?」
「行けるよ。このウイルス騒ぎが終わったら、一緒に行こう。オヤジに連れてってもらおう」
「うん……、うん……」
香菜は泣きながら何度も頷いた。
「もう、泣かんどき。体操服見つかったっちゃけん、さっさと帰ろ。お母さんが心配しするやろ」
「これ持っとおけん、大丈夫」
と言いながら、香菜がGPS機能付きの子供用ケータイを見せた。あの事件のため、退院してからすぐに持たされたのだ。富田林の娘は、それを見るとニヤッと笑ってジーンズのポケットからケータイを出した。
「オレも持っとっちゃん。オヤジがさ、おまえは刑事の娘やけん、何かあったらいかんって持たせてくれたんだ」
「そうなんだ」
と、香菜がハンカチで涙を拭きながら言った。富田林の娘はにっと笑って付け加えた。
「これを持たせるとき、オヤジが言ったんだ。世の中、安全になったのか物騒になったのかわからんなって」
「ホントやね」
香菜がくすっと笑って言った。それを見て富田林の娘は安心したように言った。
「やっと笑ったね」
「うんありがと。でも、トンちゃん、オレとかオヤジとか、ヘンだよ、女の子なのに」
「オマエだって、『あたし』から『香菜』になっとおやん」
「いいじゃん。親しい人と一緒の時はそうなるんだもん。女の子なのにオレって言う方がへんだもん」
親しい人と言われて、富田林の娘は少し顔を赤くしながら香菜に同じように返した。
「いいじゃん。オヤジだって何とも言わないよ。ママには怒られるけど」
「ママ?」
「いや、だっ、だから……」
「トンちゃん、ヘン」
「トンちゃん言うのやめろ。それでなくてもトンダバヤシとか変な名前なのに」
「じゃあ、瑠璃花ちゃん」
「やめろよ、名前負けっていつも言われよっとに」
「負けてないよ。ルリカちゃん可愛いじゃん」
「やだ!」
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二人は言い合いながらも、仲良く川土手を歩いていた。
夕刻、とあるタワーマンションの一室のモニターに来客のアラームが鳴った。
「は~い」
若い女性が出て返事をした。モニターから、もったりとした男の声が響いた。
「メールいただいた、笑顔のセールスマンでございます」
「あ~、はいはい。すぐにロック解除しますんで、上がってきてください」
女はそう答えると、いそいそと寝間代わりの紳士物のXLサイズのTシャツを脱ぎ、着替え始めた。部屋のベッドでだるそうに寝ていた男が怪訝そうに訊いた。
「なんだよ、笑顔のセールスマンって。喪●福造か」
「違うよ。何アホなこと言ってんの。今、裏ネットで拡散中のハーブ屋だって。ガッコでリア友からチラシもらったんで興味半分でメールしたら来ちゃった」
「来ちゃったって美優。オメエ、高校で何やってるんだよ」
「うっせぇ、トモロー。ろくに大学行かんでうだうだしているあんたに言われたくねーよ」
美優がやや不機嫌に言った時、玄関のブザーが鳴った。
「こんにちは。笑顔薬品でございますよ。お薬の交換に参りました」
「あ、来た来た。は~い、すぐ開けま~す」
「ふん。アホ女。そこで言っても聞こえるわけないだろ」
トモローと呼ばれた男は、だるそうに寝返りを打ちながら毛布をかぶった。
彼は、本名を嶽下友朗と言った。実は、彼は金曜に美波を襲った男だった。あの後隙を見て逃げ出したものの、2・3日は警察が捕まえに来るのではないかと冷や冷やしながら過ごしたが、特に何もなく、あのことも事件としてニュースになるようなことは無かった。それで、警戒心もやや薄れたが、その気の緩みか夏だと言うのに風邪を引いたらしく、昨夜から微熱と倦怠感でベッドから出るのが億劫で、一日寝たままだらだらしていた。もっとも、普段から似たような生活をしているので、いつも学校帰りに押しかける美優は別段気にも留めなかった。
「これなんかも、ようございますよ」
「うわあ。効きそう!」
「そうでございましょ?」
「おもしろーい」
彼女とセールスマンが、親しげに話しているのを見て、胡散臭さが気になったのと若干の嫉妬で友朗はとうとうベッドから起きだした。起き掛け、頭にズキンと痛みが走ったが、その後若干フラフラする以外何ともなかったので、彼はゆっくりと二人のいる玄関先に行った。
友朗は、男の姿を見るなり吹きだしそうになった。
(喪●福造というより、スーツを着たハ●ション大魔王……)
男は友朗に気付くと言った。
「おやおや、お連れさんですか。私、笑顔のセールスマン、中目黒大吉と申します」
男はそう言いながら友朗に名刺を差し出した。友朗は名詞を受け取りながらその手を見て胡散臭そうに相手を見た。この暑いのに、薄いベージュの皮手袋をしている。
「ああ、すみません。この手ね、ちょっと手荒れがひどいもので……」
「そんなことはどうでもいからさ、オッサン。早く用を済ませて帰ってくれよ。オレ、昨日から具合悪くってさ」
「おや、それは悪うございますねえ」
中目黒はさも気の毒そうに言ったが、美優はどうでも良さげに言った。
「あぁ、そうやったと。いつもと変わらんけんわからんかった」
「美優、おまえな。ちったぁ心配してくれよ」
「具合悪くてもやることはやるんだ」
「あのなあ、あれはお前が……!」
「まあまあ、旦那さん」
「旦那じゃねえよ。こんなバカとツレになりたくねーからな」
「ポン大ダブったあんたにバカって言われたくねーよ」
「火に油を注いでしまいましたねえ。まあまあ、お二人とも穏便に。私は、皆さまにてぇ~んごくをお届けする、笑顔のセェルスマンでございますよ」
「わかったから、テキトーになんか売ってさっさと帰ってくれ」
「あなた、具合がよくないんだったら、これが良おございますよ。シャンブロウ・シードと言って、これを使えば元気いっぱい、ファイト一発」
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「ね、どうやって使うの?」
「タバコやストローで吸うのもいいですが、水で溶いたものを静脈注射が一番効果がありますよ」
それを聞いて、友朗が怪訝そうに訊いた。
「って、それ、Sじゃねーのか? 名前も似てるし」
「とんでもありません。その場限りで一切後遺症も依存性もございませんよ。なにせ、合法な植物の種から出来た、ただのハーブですから」
「おじさん、試してみた?」
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「あ~、おじさん、フーゾク行ったんだ」
「恥ずかしながら……」
「あ~、わ~った(わかった)」
友朗は、臆面もなくそういう話をする男に呆れながら、反面、そのハーブに興味を持った。
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「今回は試供品としてお代はいただきません。気に入ったら、メールしてくだされば、すぐに持ってまいります。お買い上げはその時からでけっこうですので」
「話がうますぎないか?」
「使っていただくとわかりますよ。それでは……」
仲目黒はそう言いながら、赤い結晶の粉の入ったビニールの小袋をふたつと注射器を1本友朗に手渡した。
「注射器もサービスしておきました」
「って、持ってるけど」
「針は新しい方がようございますよ。それでは、私はこれで……」
中目黒は立ち上がると、恭しく一礼して付け加えた。
「それでは、存分に天上の快楽をご享受なさってください。皆さまに天国をお届けする、笑顔のセールスマンでございました」
中目黒は胸に手を当て西洋風に挨拶すると、去って行った。美優は赤い結晶の入った袋を手に取って、ライトにかざした。
「キレイ。シャンブロウってなんだろ?」
「しらねーよ」
「調べよ」
美優はさっそくスマートフォンを手にして検索を始めた。
「なんかヤバそうなキレイ系女性のお化けでてきた。一種の吸血鬼かなあ。でもめっちゃ効きそうだよ」
そう言いながら、件の「ハーブ」の入った袋を改めて観察した。
「まるで血みたいな赤い結晶。ねえ、トモロー、もしあのおじさんが言ったみたいに効いたら、早速、友達も呼んでパーティーしよ!」
「ああ。でもな、オレ、今日ほんとに気分悪いから……」
「いいじゃん、おじさん言ってたじゃん。病気でも元気になるって」
「俺、寝ときたいっちゃけど……」
「だから、一緒に寝よ!」
「だからぁ~、ああ、もうどうにでもしてくれ。あ、腕とかバレるからダメだぞ」
友朗はそういうと、ベッドに倒れこむようにして横になった。
笑顔のセールスマンと名乗る男は、友朗の部屋から出ると再びドアに向かって一礼した。
「天国のお買い上げありがとうございます。まあ、あなた方が行くのは、天国か地獄かわかりませんけどね」
中目黒はそう言うと、すたすたと歩きエレベーターに向かった。
「あんな危ないもの、私が使う訳ないじゃありませんか。どうしてああいう連中はああいうものを使いたがるんですかねえ。解せませんねえ。まあ、私は稼がせてもらえるんで、長兄さまさまでございますけどねえ」
中目黒はそうつぶやくと、「ほっほっほ……」と笑った。その福々しい笑顔の奥には、なにか禍々しいモノが潜んでいた。
そんなことは露ほども思わず、美優は床に転がって楽しそうに何度も赤い結晶を灯りに透かして見ていた。
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