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第三部 第五章 微光
【幕間】ラブコメ
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怪しい人物を追って山の中に入ったギルフォードと由利子は、荒れた洋館の前に立っていた。
そいつはどうやら、そこに通じる地下道に逃げ込んだようだった。躊躇するギルフォードに業を煮やして由利子が言った。
「アレク、行くよっ」
言うや否や、彼女はさっさと歩き出した。しかし、ギルフォードの動く様子はない。由利子は軽くため息をついた。
「わかった。恐いならそこにいていいよ」
そういいながら由利子は携帯電話を見た。
「大丈夫、電話は通じそうやね」
そうつぶやくと、またギルフォードの方を見て言った。
「じゃ、そこで待っとって何かあったら電話して」
由利子はそのままさっさと地下道に下りて行った。
「やっぱり僕も行きます!」
ひとり残されて不安になったのか、ギルフォードは意を決して由利子の後を追った。
由利子はギルフォードが躊躇した理由を知っている。これは、彼の幼い頃のトラウマに通じているからだ。たしかに、自分がそんな目に逢ったら同じようになってしまうに違いない。
そう思いながら、用心深く地下道を歩いていた。そこに、駆け足で誰か近づいてきた。
「ユリコ、僕も来ました」
「大丈夫なの?」
「はい。外で待っているほうが、恐いです。やはり魔除けと一緒に居た方が……」
「誰が魔除けじゃい」
由利子がムッとして言った。失礼な男である。二人はしばらく一緒に歩いた。実際は、ギルフォードが半歩下がって歩いていたのだが。
しばらく歩くと、由利子が小声で言った。
「あのねアレク。人の背中に隠れるようにして、しかも、ちまっと私の右袖口を掴んでんじゃないよ」
「スミマセン」
「だいたい、私がこわごわアンタのシャツの裾をちまっと掴んでアンタの陰に隠れて歩くのがセオリーってもんだろ。だいたい、アンタの図体が私に隠れるわけがなかろーもん」
「だって、恐いんだもん。嫌なものが出てきそうで……」
「嫌なものって、例の蟲? だから待ってろって……」
「こういうところは、あの蟲よりも、Wが……」
「W?」
「えっと、日本語なら、K……かの字のつく……」
「葛西君?」
「一緒にしないでクダサイ」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ、カマキリ?」
「じゃなくて……」
「わかった、カタツムリだ!」
「それはカワイイです」
「可愛いのかよ。じゃあ、ええっと、カ……カブトムシ?」
「それは、あまり恐くありません」
「ちっとは恐いんだ。……じゃあ、え~っと、え~~~~っとぉ、あ、カタジロゴマフカミキリ」
「違います」
「じゃ、カノウモビックリミトキハニドビックリササキリモドキ!」
「って、わざわざそんな長い名前の虫を思い出さなくても……。よくヨドミなく言えましたね。それにその名前ってほぼネタ(※)じゃん」
「ごめんごめん。わかった。カマド……便所こおろぎだ」
「どうも、正式名称を避けてくださって」
「で、何で恐いワケ?」
「実は、子供の頃、悪さが嵩じて……」
「嵩じて?」
「オーストラリアの別荘の地下にある室に閉じ込められたんです」
「さらっと、セレブなこと言ったな」
「そこで、Wにたかられたせいです。ご存じないかもしれませんが、あっちのWはハンパなくでかいんです」
「へえ、そうなの……って、あれ?」
「出口ですねえ」
二人は、いつの間にか地下道を端まで歩いてしまった。地下道から出て振り返るとツタだらけの洋館の裏側が威圧的に立っていた。
「この家とは繋がってたわけじゃないのですか」
「通過するだけの道やったんか。で、ヤツはどこよ?」
「もう少し先に行ってみましょう」
しばらくすると、件の人物が首をかしげて地下道から出てきた。彼は、二人が追って来たので観念して物陰に息を潜めて隠れていた。ところが、その傍を、二人は話に夢中になって通り過ぎて行ったのである。
(何はともあれ、助かった。奴らが引き返してこないうちに退散しよう)
それは、降屋だった。相変わらすギルフォードのストーカーをやっているらしい。
「そろそろキワミちゃんに、またガセネタを提供しないとな」
彼はそうつぶやくと、足早にそこから去って行った。
■ウェタ
http://www.tbs.co.jp/doubutsu/ehon_106.html
■(※)標準名は「スオウササキリモドキ」
そいつはどうやら、そこに通じる地下道に逃げ込んだようだった。躊躇するギルフォードに業を煮やして由利子が言った。
「アレク、行くよっ」
言うや否や、彼女はさっさと歩き出した。しかし、ギルフォードの動く様子はない。由利子は軽くため息をついた。
「わかった。恐いならそこにいていいよ」
そういいながら由利子は携帯電話を見た。
「大丈夫、電話は通じそうやね」
そうつぶやくと、またギルフォードの方を見て言った。
「じゃ、そこで待っとって何かあったら電話して」
由利子はそのままさっさと地下道に下りて行った。
「やっぱり僕も行きます!」
ひとり残されて不安になったのか、ギルフォードは意を決して由利子の後を追った。
由利子はギルフォードが躊躇した理由を知っている。これは、彼の幼い頃のトラウマに通じているからだ。たしかに、自分がそんな目に逢ったら同じようになってしまうに違いない。
そう思いながら、用心深く地下道を歩いていた。そこに、駆け足で誰か近づいてきた。
「ユリコ、僕も来ました」
「大丈夫なの?」
「はい。外で待っているほうが、恐いです。やはり魔除けと一緒に居た方が……」
「誰が魔除けじゃい」
由利子がムッとして言った。失礼な男である。二人はしばらく一緒に歩いた。実際は、ギルフォードが半歩下がって歩いていたのだが。
しばらく歩くと、由利子が小声で言った。
「あのねアレク。人の背中に隠れるようにして、しかも、ちまっと私の右袖口を掴んでんじゃないよ」
「スミマセン」
「だいたい、私がこわごわアンタのシャツの裾をちまっと掴んでアンタの陰に隠れて歩くのがセオリーってもんだろ。だいたい、アンタの図体が私に隠れるわけがなかろーもん」
「だって、恐いんだもん。嫌なものが出てきそうで……」
「嫌なものって、例の蟲? だから待ってろって……」
「こういうところは、あの蟲よりも、Wが……」
「W?」
「えっと、日本語なら、K……かの字のつく……」
「葛西君?」
「一緒にしないでクダサイ」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ、カマキリ?」
「じゃなくて……」
「わかった、カタツムリだ!」
「それはカワイイです」
「可愛いのかよ。じゃあ、ええっと、カ……カブトムシ?」
「それは、あまり恐くありません」
「ちっとは恐いんだ。……じゃあ、え~っと、え~~~~っとぉ、あ、カタジロゴマフカミキリ」
「違います」
「じゃ、カノウモビックリミトキハニドビックリササキリモドキ!」
「って、わざわざそんな長い名前の虫を思い出さなくても……。よくヨドミなく言えましたね。それにその名前ってほぼネタ(※)じゃん」
「ごめんごめん。わかった。カマド……便所こおろぎだ」
「どうも、正式名称を避けてくださって」
「で、何で恐いワケ?」
「実は、子供の頃、悪さが嵩じて……」
「嵩じて?」
「オーストラリアの別荘の地下にある室に閉じ込められたんです」
「さらっと、セレブなこと言ったな」
「そこで、Wにたかられたせいです。ご存じないかもしれませんが、あっちのWはハンパなくでかいんです」
「へえ、そうなの……って、あれ?」
「出口ですねえ」
二人は、いつの間にか地下道を端まで歩いてしまった。地下道から出て振り返るとツタだらけの洋館の裏側が威圧的に立っていた。
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「そろそろキワミちゃんに、またガセネタを提供しないとな」
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